第3話 祭壇の向こうにいた人

 箱庭では朝、昼、夕そして夜が等しく訪れる。この状態はなんら現実と変わらない。ただ変わっていることといえば――

「またあなたですか」

「よっす!プリチー猫ちゃんだよ♡」

「あげる餌はありませんので」

 喋る生き物が存在しているということだろうか。

「なあに、騒がしいんだけど……」

「蒼さん」

 屋敷の中央階段から降りてきた人物――箱庭の主である蒼は、眠たげな顔をしながらこちらへやってきた。

「またあの猫が来まして……」

「いいじゃない、少しクッキーあげたって」

 そう命ずる蒼に逆らえることを紅也はできなかった。紅也はため息をつきながら、渋々と台所からおやつ用にとっておいたクッキーを数枚喋る猫にあげた。猫はその場でむしゃむしゃと平らげると、お礼を言って去っていった。

「嵐のような猫だ……」

「今回はちゃんとください、って言ったから良しとする」

 前回、この屋敷に来た時は黙ってクッキーを盗んでいき、さらには風呂まで利用していった。それもあって紅也は警戒していたのだが、蒼が良いと言ったのでそう従ったまでだ。

「で、蒼さん。さっきのでクッキー無くなりました」

「マジで」

「マジです」

 蒼はがっくりと肩を落とした。今日のおやつの主役がいなくては、と大層落ち込んでいる。

「じゃあ、お店まで買い出しに行って頂戴」

「わかりました」

 蒼の命令を聞いて、紅也は菓子類を提供している店へ向かうことにした。


 屋敷から出て数十分。お店が並ぶ街がある場所へやってきた。そこには色とりどりの花や、人々の生活に欠かせない食品と日用品など自由に売り買いをしている場所だ。現実で言えば「商店街」というものに近いだろう。箱庭世界にもそういった場所が存在しており、この世界に住む人々は皆、ここで衣食住のものを得ている。

 紅也は目的のクッキーが売ってある菓子店へ赴く。大きな通りの先にある広場付近に店を構えており、看板は地味だが味は確かな菓子店だ。蒼はここの菓子を好んでおり、お茶の時間ではいつもここの菓子を食べている。そしてここを好んでいる理由がもう一つ――

「よお、紅也さんよ。元気か?」

「あ、ははは……。はい、元気です」

 長い黒髪を後ろに一つに束ね、さらに束ねた部分の根本から円を描くようにまとめた髪型が特徴的。一目見たら忘れられない威圧さと、明らかに菓子店に似合わない男らしさ満点の服装をした見た目を持つ少女が、店先に立っていた。ただ立っているだけじゃなく、仁王立ちで紅也を待ってましたといわんばかりに立っている。

「で、何だ?買いに来たか?」

「はい……その、いつものクッキーをください。ああ、それとマカロンも」

 はいはい、と少女は手際よく紅也の注文した品を取っていく。それを紙袋の中へ入れていき、カウンター越しにそれを渡した。

「ありがとうございます」

「まいどあり。……で、だ。紅也さん、ちょっくらアタシの用に付き合ってくんないかな?」

「へ?」

 突然の申し出に紅也は思わず変な声を出してしまった。この少女――ネロは、ろくでもないことしか企まない少女だ。付き合えば何かに巻き込まれるのは必須。しかも彼女は武器といわんばかりに鍬を持って振り回すという、少々特殊どころかかなり厄介な人物である。

 その時、からんと扉にかけてある鈴が鳴る。

「ネロー、やっほー」

「お。ロズか、丁度いいところに来た!」

 桃色の髪色が可愛らしく、ウェーブのかかったセミロングヘアーの髪型をした少女が後ろに一人現れた。

「ロズさん」

「あー、紅也さんだーこんにちは」

 微笑む顔も可愛い少女のロズが来店してきた。彼女もまた、蒼の友人だ。紅也はいいところに来たといわんばかりに、胸を撫でおろす。彼女ならきっとネロのいうことを食い止めてくれるだろうと思ったからだ。

「いいタイミングに来たな、ロズ。今から紅也さんと一緒に探索しに行くぞ」

「え、はあ!?ちょっとどういうこと、ネロ!?」

 ロズも思わず驚き、そして紅也は横で項垂れている。ああ、巻き込まれるのは絶対だ、と。ネロはそんな二人の襟を掴み、店から出ていった。店番は?と紅也が問うと、大丈夫だろといい加減な回答をし、紅也はさらに頭を抱えた。

 ネロとロズ。この二人は蒼の友人であるため、ないがしろにはできない。紅也はたまにそんな二人に振り回されることが多い。

 紅也は否応なしに、ネロの言う探索へと連れていかれるのであった。


 ネロと共に向かったのは「眠りの森」と呼ばれる場所だった。そこは、一度入ったら出られない、入ると眠りの妖精に誘われて眠らされるなどといわれている場所ではあるが、実際はちゃんと出られる仕様になっていることを紅也は知っている。

「いやー、この間さー探索にいったらよ、めっちゃ面白そうなもんみっけたんよ」

 ネロに連れてこられた二人は後ろでぜえはあと息を切らして疲れていた。ネロは全力疾走で森まで来たものだから、体力のない二人には辛いものだった。

「何を……見つけ、たんですか……?」

 息を切らしつつも、紅也はネロに問いかけた。するとにやりとネロは笑い、いつの間にか所持していた鍬を勢いよく振り回す。

「幽霊を見た」

「幽霊?」

 彼女の話曰く、この間「眠りの森」にて一人で探索をしたそうだ。そこで森の中を隅から隅まで探索をしていると、不思議な祭壇を見つけたという。珍しいものだと思い、彼女はそこに近づくと――

「半透明のじいさんが立っていたんだ」

「ええー!?ネロ、幽霊みた、の?」

 ネロは自信満々にああ、見たさと答える。

「それで、なんで私と紅也さん連れてきたの?」

「都合が良かったから」

「……まさか怖かったとかじゃないよね?」

「……」

 ロズが問いかけた瞬間、ネロは静かになった。快活に動き回る彼女にも、弱点があったようだ。それは幽霊という存在。ネロは次第に冷や汗を見せるようになっている。

「それで僕とロズさんを誘ったと」

「……さっきの菓子、いくつかサービスで入れてるから。ほら。な……」

 やれやれ、と紅也はため息をついた。自分が駆り出されるお代が含んでいるのなら仕方ない、と。ロズは横で不服そうにぶつぶつと文句を言っていたが、こちらも仕方ないといって諦めて付いていくことにした。

「じゃあいくぞ、二人とも!謎のじいさんを見つけに!!」

 紅也は謎の老人と聞いて、少しだけ気になっていた。この箱庭世界で今までになかったイベントが起きている。もしかしたらネロが見たそれも突発イベントの一つなのかもしれない、と思いながら。


 「眠りの森」は入ると霧がいつの間にか辺りに広がっている。これが眠りの効果がある霧だと言われている。実際には眠くはならないのだが、この森を怯えた子供たちがいつの間にか言い伝わってしまった一つだろうと考えられる。

「あー、鬱陶しいな霧」

「仕方ないでしょ。そういう森なんだから」

 三人ははぐれないように、と互いの姿が見える距離を保ちながら森を歩いていく。ネロ曰く、森の奥深くにその祭壇を見かけたという。

「本当にあるの?その祭壇……」

「あるんだって!んで、そこで……見たんだからよぉ……」

 やはり謎の老人について怖いのか、語尾が弱くなっている。紅也は思わぬところでネロの弱点を知ってしまったな、と心の中でつぶやいた。蒼が知ったらきっと笑っていそうだな、とも思いつつ。

 森の中をしばらく歩いていると、濃かった霧が次第に晴れてくる。視界が鮮明になり、まっすぐ歩いていくとそこにネロの言っていた祭壇があった。祭壇とはいえ至る部分が朽ちており、周囲や祭壇は草で生い茂っていた。

「ここだここ!ここで見たんだよ」

 ネロは興奮気味にそういうと、祭壇の周りを歩き始める。紅也も怪しいものはないかとゆっくりと周囲を見ていた。

「なんか不気味なんだけど」

「……そう、ですね」

 その祭壇周囲だけ上空から陽が差しており、神々しい雰囲気はあるのだがどこか不気味さも同居していた。まるで人を寄せつけないような空気を出していた。

「なーんもないし、出てこねーし。帰るか」

「飽きるの早いがな!」

「だって、なんもねーし!?それに……さっさと帰らないと店番……」

 ネロは青ざめた顔でぼそりとつぶやいた。やはり店番を放置していたのだな、と紅也は苦笑いをした。

「それじゃあ、帰るかー」

 紅也はふと去り際に祭壇の方へ振り向くと、光の中から何か人のような形を捉えた。人の形は次第に一人の人物へと変化していく。一瞬、誰なのかはわからなかったのだが、紅也は与えられていた赤鳥 紅也の記憶を辿り、それだとわかった。


――空庭 藍一郎氏だ。


 あの光の中で微笑んでいる老人は、蒼の祖父その人であった。ひとつ瞬きをすると、蒼の祖父と思わしき人物は消えていた。

(どうして、あの人が……?これもまた『報告』しなければならない、か)

 屋敷に戻ったらすぐさま報告をしなければ、と紅也は先ほどあった出来事を頭の中で記録した。


 森から抜けると、ネロは駆け足で店の方へと戻って行った。別れ際の言葉ひとつもなく。それを見て、ロズは大きなため息をつく。

「ごめんなさい、紅也さん。迷惑かけてしまって……。ネロの代わりに謝らせてもらいますね」

「い、いえ……僕は別に構いませんよ。それに蒼さんのおやつも手に入りましたし……。あ、お詫びに屋敷へ来ませんか?蒼さんがロズさんのこと、会いたがってましたから」

「本当!?じゃあ、屋敷に行こうかな!」

 さっきまで重い表情だったロズは、花を咲かせるような笑顔で嬉しそうにしていた。彼女の家は花屋なので、まさにその言葉が似合うなと紅也は心の中で思った。

 二人一緒に屋敷へ戻ると、屋敷の中で仁王立ちをしながら待っていた蒼がいた。

「遅い」

「す、すみません蒼さん……。あの、ネロさんに捕まってしまってですね……」

「そーそー。だから勘弁してあげて、蒼ちゃん」

 二人が一緒にそういうのなら、と蒼はそんな二人を笑顔で許した。

「ロズもいるし、今日はちょっとしたお茶会にしましょうか」

「やったー!お菓子とお茶~!!」

 二人は屋敷の庭へと仲良く向かっていった。こうしてみると、箱庭の主とはいえ年相応に見える。少女同士、気が合うのだろうと紅也は後ろ姿を見守った。

 お茶の準備といいつつ、紅也は自室へ戻る。そして先ほどあった出来事を外の世界へと伝えるために、記録したものと映像を送る。

「この箱庭では、何が起こりつつあるんだろうか」

 紅也は自室の窓をそっと見る。庭先で楽しそうに会話をしている蒼とロズがいた。

「僕は、どうしたらいいと思う?『赤鳥 紅也』……」

 紅也は迷っていた。蒼をこの世界から脱出させるのが、果たして良い事なのだろうか、と。


第3話 END

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