第三話〝泥の箱〟



 チカくんの揚々とした気持ちに引っ張られてそのまま北へ北へ、

帰ったらお母さんに怒られるかもしれないけど、帰らなければ怒られないんだ。

なんて、そんな考えも二人分のサクサクと枯れ葉を踏む足音に飲み込まれる。


「そうと決まれば食料を持ってくわ。

 家、このあたりなんだけど……ちょっとだけついてきて? 」

「え……いいけど……冒険することを家族に報告するの? 」


 チカくんの家は思っていたよりも早く着いた。

冒険者の兄……というよりも、ゴールドクラスのメガネを保有しているお兄さんがいる家だ。

私の家よりも大きかった。私のお母さんが作った服、買ってくれないかなーと思ってしまった。


「家族に報告? まさかぁ、こっそり行くんだよ。数日分の食料を持っていくから、ちょっと待ってて」

「あ、……うん。でもお兄さんバレたら怒られない? 」


 家族にバレたら怒られるという自分の体験談を引き合いに出しながら、

思わずチカくんに言ってしまった。すると、思いがけない返事が返ってきた。


「にいちゃんな……徹夜明けで今ぐっすりなんだぜ? 」

「え……あ……そうなんだ」

「さて、じゃあ準備できたし、行こうぜー」

「は、早っ……」


 どうやらこの家だと、あんまり気にしないということで、

多分お兄ちゃんが凄腕の冒険者だと、そういうのはないのかな……

ともあれ、自分の家との環境の差に驚きつつ、私達の偉大なる冒険の第一歩は始まったのだ。

急に決まった冒険だから、具体的な目的地なんて無いんだけどそれでも私は今、機嫌がいい。

チカくんのお兄さんのメガネの掛け具合も馴染んできて申し分ない。

本当にあの冒険者になったみたいだった。


「今からどこ行くの? 私ね磁石は持ってきたんだー」

「にいちゃんがこそっと教えてくれた洞窟がある。

 ……そこに行けば面白いものがあるんじゃないかって」

「おお~、いいですなぁ、面白そうですなぁ」


 チカくんが細い目で私を見てくる。しまった、調子に乗りすぎたかな?

ともかく磁石だけでは冒険は成り立たないということらしく、彼は場所を確認する手段を探す。

私は得意げにリュックの中を漁る。こういう時のために私は昨日準備してきたんだ。


「地図ならあるよ」

「おっ! やるじゃんか、これで随分楽ちんに……」

「小さいころに書いた落書きだけど」

「……」


 嫌な顔をされた。無茶を言わないで欲しい。

市場に行ったことのない人間が得られる村の外の情報だって限度があるんだって、

かなりいいかげんな地図であったことは確かだけど……

そもそも今日家出する予定なんて無かったんだもの。


「……い、いや、大体の地形はまぁ……酷いけど間違ってはいないし……

 何よりも、この地図……というか書き込めるような紙があることが大事だ。筆ある? 」


 筆というよりも、古い羽ペンならある。

フクロウの小さな羽のペンだからそんな立派な物じゃないんだけど……


「オレとにいちゃんの知ってることを書きこめば……その場しのぎだけど、使えると思う」

「わぁ……すっごい! チカくんなんでも知ってるんだね! 」

「まぁにいちゃんに比べたら全然だけどな」


 そっか。チカくんは冒険術だけじゃなくて、こういう知識もあるんだ。

私はすっかり感動して両手をふんふんと振る。

まだ冒険が始まって数時間なのに声が大きい私を見てうざったいと思っているように見えた。


「そんなことないよ!

 だって私、チカくんがいたからいつもは行けないようなところに行けるんだもん! 」

「……え」


 チカくんの目が丸くなる。きょとんとしたように目線が私の顔を見る。

歩きながら地図に書き込んでいた羽ペンが止まる。どうしたのかな。忘れ物?


「あー……うん。そっか、そうかもしれないな……」

「うん? 」

「なんでもないって」


 チカくんはどうしてだか早歩きになり、顔を隠す様に私の方を見ない。

私も早歩きになって追いかけるけど、チカくんはもっと早く歩く。


「あと、〝チカくん〟って言うなよ。同じくらいの歳だろ? 」

「私13歳」

「え……僕は、12……」


 もっと歩くスピードが速くなる。これ以上速いとメガネの視界から外れるから危険だ。

手を繋いじゃえば見失わないかな? なんて焦りながら思う。


「ふーん、じゃあチカ〝くん〟の方がちっちゃいんだ」

「なんだよ、お前だってさっき泣いてただろ? 」

「泣いてるのは関係ないよ」

「絶対ある! 」

「な~い~で~す~! 」


 そのまま、早歩きでどんどん進む。

目の前に広い池が見えたので、チカく……チカはそこにペタリと座る。

私も息を切らしていたので追いついて隣に座り込む。


「と、とにかく池があるんだから、飲み水を汲もう」

「飲めるかどうかわかんないじゃん」

「いいんだよこれだけ透明だったら飲めるに決まってんだー! 」


 凄い早口で言われたので、仕方なく飲み水を汲む。

もしかして私とチカって結構相性悪かったりするのかな?

コポコポと植物の殻を布で巻いた水筒の中に水が入っている。

もうしばらくかかりそうだから、片手で救って水を飲む。うん。飲めそう。


「……ねぇチカ~」

「うわぁ、びっくりした! 急に呼び捨てかよ! 」

「え、だって〝くん〟呼びは嫌だって」

「そーだけどお前……」


 もう少し大きな水筒にした方が良かったかな。1つしかないから二人分には足りない。

もう少し沢山の水をここで飲んでおくのが得策だと思ったので、

私は手ですくって水を飲もうとした。けどやっぱりやめた。カチンと来たからだ。


「チカだって〝お前〟って言わないでよ」

「……だって」

「だってじゃない。ルカでいいよ」

「……ルカ、」

「うん」


 もやもやが晴れたことを確認して私はゴクリと遠慮なく飲む。

まだお互いがどういう人なのかわかっていないからなのだろうけど、

チカは私のことを戸惑いながら不思議そうに見ている。

そりゃ、女の子に色々言われちゃった男の子だから、

気にくわなさそうにむっくりと納得してなさそうな顔を浮かべているときもあるけど、


「あのさ……」

「なに? 」

「さっきは、ありがとう」


私は言葉の意味が分からなかったからどういうことかを尋ねる。


「冒険したくって、ずっと近くのにいちゃんの真似ばっかりしてたんだけど……

 身長とか、知識とか、走る力とか……全然追い付けなかったから……」

「どういうこと? 」

「わ、わかんねーならいいよ! 」


 水筒に入れるはずの水はもう、これ以上入りきらないくらい沢山入っていた。

それに気づかずに私は無意識に言った。


「わかるよ。チカくんはずっと近くのお兄さんのことを見てたんでしょ? 」

「違……そうだけど……ルカはどうなんだよ。兄弟とかいねーのかよ」


話題を変えられちゃったような気がするけど、気にしないで答える。


「兄弟はねー……いないんだ。ずっとお母さんと暮らしてる。

 お父さんはいるんだけどね。あんまり喋るのが得意じゃないみたいで……

 だから、1人の時はずっと遠くの景色を見るようにしてるの」

「見えないのに? 」

「まぁ、ね~……遥か向こうに、もしかしたら綺麗な景色があるのかなって」


 近くのお兄さんばかり見てきたチカと、遠くの景色が見えればいいのにって思ってた私、

なんだかあべこべなんだ。もしかして本当に相性が悪いのかな……

いやいや、こんなことで気弱になってたらダメだ。


「……水筒」

「あ、そうだった」



……行かなきゃ



※※※



 そのまま数時間、日が暮れる寸前のところまで歩き、私たちは例の洞窟までたどり着いた。

大昔にはマジックアワーと呼ばれるその夕方と夜の境目の時間帯の、

元の景色さえ知らないまま歩いてきた私たちには、

ゴツゴツとした空洞に吸い込まれるすきま風を肌で受け止めながら、

音がとめどなく反射して飲み込みそうな闇の合間に足を踏み入れた。

そのなんとも言えない洞窟は、月に一度冒険者が採掘をしてきた場所でもあり、

私たちの最初の目標地点だった。私の絵本とは関係があんまりないかもしれないけど、

見つかるお宝によっては、次の目的地の手がかりになるかもしれない。

それに洞窟の中であれば雨風も凌げるし、一夜を明かすには丁度いいだろうと思ったからだ。


「ここが……市場の珍しい物がほりだされてる洞窟……」

「シルバーメガネの冒険者なら1日で往復できるんだって」

「へ〜、往復ってことは……私たちまだ折り返し? 」


 ひぇ~、やっぱり鍛えてる冒険者は足腰が違うんだと驚きながら、

私はメキキダケの元の土をベリベリと剥がす。

1日でかなり遠いところにまで来たと思っていたけど、

大人やプロからすれば大したことが無かったという事実に、俄然、やる気になってきた。

メキキダケは土壌と接している部位が損なわれたら、そこの成分を補うために菌が活発になる。

使い捨てで一晩しか使えなくなっちゃうけど、強く光ってくれる。


「え? もう使っちゃうの? 勿体ない! 」

「洞窟に行くんでしょ? 夜の洞窟だったら使わなきゃ」

「今から入るの? 朝まで待てばいいじゃん! 」


 身体は疲れてるけど、水分は沢山取ったし、何よりもさっきのプロの冒険者の話を聞いて、

居ても立っても居られなくなったのだ。


「そもそもこの洞窟はもう殆ど掘り尽くしたってにいちゃんが……

 夜にはキリコウモリも出るし……」

「ヤダ! もしかしたら何かあるかもしれない」


 私はチカの言葉も聞かずに、ぬるぬるとした岩に足をかける。

夜の洞窟では、冒険者用ではないメガネなのだから当然、足を踏み外しそうになる。

チカは私の後ろについてくるが、どうにも慎重になっている。

でも、このワクワクが止められない。自然に足が動いてしまうのだ。


「あのな? 洞窟のどの岩にお宝が眠っているかっていうのは、

 経験でわかるんだってにいちゃんが言ってたんだ!

 土の盛り上がりや、金属と雨から出てくる錆のニオイ……岩の成分……

 この洞窟はもう50年以上ずっと冒険者が採掘してきてる、

 〝ありそうな場所〟はもう殆ど掘り尽くしたんだ!って……

 だから焦る必要なんてないんだって、戻ろうぜ? 」


 チカは私の知らない知識で、この洞窟にはもう珍しい物はないかもしれないと教えてくれる。

でも、それはあくまでも可能性の話であって、私のこの胸の高鳴りとは関係……きゃッ!

私は限りなく四角の形をした岩穴の中に足を滑らせて尻もちをついた。

〝限りなく四角い岩穴〟……ということは、誰かが採掘をした跡であった。


「ったく、大丈夫かよ!

 な? いっただろ? その穴は昔の冒険者の先輩が掘った跡なんだ。

 岩に名前と功績も彫ってあるだろ? ……100年前の缶詰を発見したんだってさ」

「うん……大丈夫……あ、れ?」


 後からジャンプして岩穴の中に入ってきたチカが、メキキダケで岩肌を照らす。

苔やザラザラした砂の塊で見えにくくなってはいるが、

17年ほど前に、100年以上前の缶詰(?)を掘り尽くした、と彫ってあった。

ふと、私はさっきチカがジャンプしたことで地面に出来た〝くぼみ〟を見つけた。

私たちはそんなに体重があるわけじゃないのに、こんなくぼみができるとは思えなかった。

私は真下を、掘ってみた。リュックの中のスコップで、


「お、おい……何してんだよ」

「こんなにくぼみができるって、変じゃない? 」

「別に……洞窟の下に空気の層か、柔らかい土があるんじゃないか? 」

「……なんとなくだけど、違うと思う」


 チカはまだ、私みたいにワクワクはしていないんだと思う。

チカは知識を持っているから、私の行動が無駄だとわかってしまうからだ。


「出てくるとしても……缶詰の……蓋とか……」


 この高揚感はなんなのだろう、この感触……空洞にしては……大きすぎるような……

私のスコップが抜けなくなった。底の岩が硬くて刺さった?

違う。〝柔らか〟くてぬかるみに飲まれたのだ。……泥だ。


「プロの冒険者は宝物が見つかりやすい場所がわかるって……言ったよねチカ」

「うん……だからここはもう、ずっと昔に掘り尽くされてるんだ」


 泥に覆われた巨大な空洞が一気に溶けて、床が抜けるかのように、

洞窟の底の、四角い岩穴の、更に下の地面が、崩れていく。


「じゃあさチカ……100年前に眠っているお宝の……真下に……

 更に地中深くにお宝があったら……プロの冒険者の経験でも、わからないんじゃない? 」

「そんな無茶苦茶な偶然……でもまさか……」


 私は水筒の水を全部、その最後の乾燥した土にドバドバとかける。

土は泥になり、足場を支えている硬い土が一気に柔らかくなる。

グチャグチャと水と泥が下に落ちるとともに、私とチカは下まで泥の滑り台のように流された。

100年以上前のお宝の缶詰の採掘跡の下に、500年以上前の……空間があった。


「なにこれ……」


 そこは異常な空間だった。何もかもが非常に硬く、そして直角だった。

規則正しい直線の造形物や、直線状の深くて長い〝溝〟……

〝溝〟の下では2本の平行な……またも金属の棒がずーっと、

メガネでは見えない距離まで伸び切っていた。


「ほら見てチカ、500年前の文字だよ」

「あちゃ~、コレな、〝カンジ〟っていう文字なんだぜ?

 多分、流石のにいちゃんでも読めない……あ~あ、ここまでか~」


 チカが諦めそうになった、その時だ。

私は気が付いた。〝カンジ〟の上に……小さく文字がふってある。

そう。〝ふりがな〟というもので……これなら、……読める。





『地下鉄』





「チカ……テツ……」


私の目の前にある、その空間は、……〝チカテツ〟という名前の〝泥の箱〟だったのだ。


「すっげぇや……この泥の箱……見たこともない色の組み合わせだ……」

「うん。……ところどころ錆てるけど……綺麗……」


 2人で一心不乱に、その泥の箱を触り続けた。

それ以外の文字も色々あったのだが、〝カンジ〟が多用されていてとても読めない。

そして、それだけではなかった。


「そこにいるのは誰だ!? 」


振り返ると、耳の長い男が、弓矢を構えて立っていたのだ。


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