人形の髪が伸び続けるので手入れをしてたら溺愛されました。

あばら🦴

第1話

 なにか暑苦しいような気がする。ベッドで横になっていた僕はその違和感で目が覚めた。

 まぶたをゆっくり開けると、目の前に黒い髪で覆われた頭頂部が見える。目が悪いのでよく分からないが、まるで人の形の何かが僕の横に眠っているようだった。さらに少女の吐息のようなものまで聞こえてきて、心当たりが無いものだからまだ夢から覚めてないのかと疑った。


(メガネ、メガネ……)


 僕は身体を起こし、手の届く位置に置いてあったメガネを取って装着する。くっきりと見える視界で、得体の知れない女の子が僕の横で眠っていた。


「う、うわ! うわあぁあ!?」

「ん……? あ、健人けんとくん、おはよう」

「お、おはようじゃなくて、だ、だだだ、誰ですか!?」

「もぉ〜。いつも会ってるでしょ?」


 女の子はそう言って身体を起こすと、ベッドを這って僕の腕にベッタリくっついた。何故か今の時代に似つかわしくない着物姿だ。

 自身の細い腕を僕の右腕に絡みつかせ、そして肩に頬ずりをする女の子の行動に僕は赤面してしまう。


「あの、ど、どちら様でっ、ございまひょうか!?」

「そんなに固くならないでよ。ふふふ」


 そう囁いて妖しく笑う彼女に僕の背筋は凍った。まだ部屋の明かりを付けていないのもあって、なんだか怖い! それが第一印象。

 黒を基調とした綺麗な花柄の着物を着ていて、スラリと伸びた髪は触れてはいけない宝石のような漆黒の輝きを帯びている。そしてやや大人びた可愛らしい顔立ちをしているが、ニンマリと笑った目と口元にはゾクリとする恐ろしさがあった。


「本当に分からないの? 私のこと」

「ぜ、全然分からないんですが!? し、知り合い、なんですか?」

「そんなもんじゃないよ。寂しいじゃん。ひどいなぁ」

「い、いえ、その……! そもそも、女の子と関わったことも無いはずで、本当に知らなくて……」

「私は健人くんのこと、なぁ〜んでも知ってるのになぁ」

「えっ!?」

「例えば、健人先生の新連載『業火なる剣』とか」


 彼女は得意げに語ったのだが、僕が漫画を描いてることは家族にすら知られてない、僕だけが知る秘密のはずだった。


「な、ななな、なんで知ってるの!?」

「ふふふ。なんでだと思う?」


 またしても耳元で囁かれて僕はくすぐったさでゾクゾクさせられる。彼女の落ち着いた声色は安心させるようで、それでいて僕を引き込もうとする危なさが秘められているように感じた。僕の右手が彼女の両手の指で遊ばれ、僕は強烈な恥ずかしさを覚える。


「あの、と、とりあえず、離れてもらっていいですか?」

「やだよ。私ね、こうするのが夢だったんだ」

「ぼ、僕が持ちそうにないんですよ!」


 すると、ドタドタと階段を上がって僕の部屋に来る足音が聞こえた。気づいた時にはすでに遅く、ガチャリと部屋のドアが開けられてしまう。

 入ってきたのは母さんだった。焦る僕と目が合う。


「ちょっと、健人! 朝から騒がしいよ! どうしたのよ」

「い、いや違うんだよ母さん! この子はその、なんていうか、僕も本当に知らなくて……!」

「はぁ……? よく分からないけど、騒ぐのも大概にしなさいよ。早く顔洗って歯ぁ磨いてきなさい」

「えっ……?」


 僕が戸惑って言葉を失ううちに、母さんはドアを閉めて下の階へ向かったようだ。


「ど、どういうこと? まるで見えてないみたいな……」

「うん。私の姿は健人くんにしか見えないよ」

「あの、本当に何者なんですか……?」

「もぉ〜。なんで気づかないのかな? いつも見てくれてたのに。この髪も、この着物もさ」


 言われてみれば、どこかで見たような着物の柄をしていると気づいた。そして記憶を手繰り寄せ―――


「あっ! に、人形の着物!」

「正解。思い出してくれて嬉しいなぁ。ふふふ」


 ――――――


 僕の三個上の幼なじみかつ、近所の寺の住職の一人息子である拓也たくやことタク兄が高校を卒業して大学の寮に住むことになった。別れの挨拶のために寺に訪れた時、タク兄は僕を秘密の場所まで連れてってくれた。

 薄暗くて木の匂いが濃く、どこか気味の悪い部屋の中には六個の棚があり、そこにはいくつかの人形が不規則で置かれている。


「タク兄、ここはなんなの? 初めて来る……」

「普通連れてくる場所じゃないからな。ここは寺に持ち込まれたいわく付きの人形を保管する場所だ」

「えっ、呪いの人形ってこと? そういうの早く言ってよ! なんで僕を連れてきたの?」

「一つ扱いに困る人形があってな。俺が離れてる間、ちょっと見てて欲しいんだ」

「ま、待ってよ! 怖いんだけど!」

「安心しなよ。大したもんじゃない。ただちょっと管理に困るっていうか、他の人形よりよく動くんだ。あと抜け毛が酷くてそこらじゅう毛だらけになる」

「ダメじゃん!」

「父さんも母さんも忙しいから髪の掃除は俺がやってるし、動いた時とかはいつも俺が探しに行くんだけど、俺居なくなるだろ? 両親も相手してる暇がないからちょっと頼むよ。四年くらい」

「普通に長いし! ちょっとどころじゃないよ!」

「な、お願い! お前にしか頼めないんだよ……! よしみだと思ってさぁ!」


 そう言われると断れなくなってくるのが僕の悪い癖だ。今ここでタク兄のお願いを無下にすると薄情者だと自分自身で思ってしまう。

 それに、タク兄は友達のいない僕に親しくしてくれる人だ。断るのは気が引けた。


「分かったよ……」

「ほんと!? ありがとな! それで、これがその人形なんだけど―――」


 タク兄が取ったのは、花柄の黒い着物を着た異様に髪の長い日本人形だった。呪いの人形という恐ろしさがあったのだが、一目見た時僕は素直に美しいと思えた。


 タク兄の言う通りその人形は動き回る。主にそれは目を離した隙であり、眠っている時が一番動きやすい。

 人形の回収自体は気味が悪かったが、人形の造形が気に入っていたから不思議と嫌にならなかった。

 さらに一週間後、回収した時に気づいたことがあった。貰った日から明らかに髪が伸びているのだ。そういえば抜け毛があるとか言ってたな、と思い出す。

 その日から人形の回収と髪の手入れが日課となった。

 それが一年半前のこと。高校に入学してからも毎日欠かさず手入れをし、時には学校でぼっちな僕の愚痴を人形に話したりもしていた。


 ――――――


「その……日本人形さん……で、よろしいんでしょうか?」

「そう。厳密には、人形の中にあった魂が私なの」

「ど、どうしてそんな姿になったんですか……?」

「私はね、あと少しで呪詛が完全に消えるから、何日かしたらあの世に行くんだって。だから最後に健人くんとお話に来たんだ」


 内容は信じ難いが、母さんがこの子を見えてないように振る舞ったのも充分信じ難い。なので意外にもすんなり信じられた。


「それよりもさ、いつもみたいに話しかけてよ。かしこまった言い方じゃなくて」

「い、いや、そんな、とても僕には―――」


 すると女の子は僕の右腕に絡ませていた片方の手を、僕の左肩へと動かした。彼女の右腕が僕の胸元に当たっている。

 密着され包み込まれた感触にまた恥ずかしさで赤面する。彼女の息遣いが耳に直で入ってきた。


「いつもみたいに話さないと、ぜ〜ったいに許さないよ?」

「ひぃっ! わ、分かったよ……! え、えっと、その……」

「いつもの名前で呼んで?」

「……エリ、ちゃん……」

「んふふふ。健人く〜ん♪」

 

嬉しそうに僕の名前を呼んだエリちゃんとは対照的に、僕は(とり殺されるんじゃないか……?)という恐怖を彼女から感じた。

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