人魚姫の伝説

樺純

第1話


15年前


俺は家族で遊びに行った海で溺れた。



魚に夢中になって泳いでたら足がつかない所まで来てる事に気づき、パニックになりもがいて…苦しくて…怖くて…沢山の海水を飲んだ。



まるで海の中に引きずり込まれるような感覚で息ができなくて、暗い海の中へ落ちていき身体の力が抜けたその時…



俺は海に差し込むキラキラと光る太陽を見上げながらもうこのまま死ぬんだな…そう悟った。



薄れゆく意識の中、海の流れに身を委ねる事しか出来なくなった俺は不思議なものを見た。



それは上半身が人間で下半身が魚の美しい人。



いや…美しい魚というべきか…



あぁそうだ…あれはきっと人魚だ……



その人魚は心配そうな顔をして俺に「大丈夫だよ…ここにはもう来ちゃダメ…」そう呟き俺の唇を塞ぎ、空気を送り込むと俺はそのまま意識を手放した。



次に目を覚ましたときには病院のベッドの上で、真っ青の顔をした母ちゃんが涙を浮かべて俺の手を握っていた。



「母ちゃん…俺…人魚姫みた…人魚姫が俺を助けてくれたんだ…」



8歳になったばかりの俺が言うことなんて誰も信じてくれず、あれはおとぎ話だとみんなは笑いながら言った。



でも…俺は見たんだ。



あれは間違いなく人魚姫。



その美しい人魚姫はいつしか俺の心にずっと棲みつき、年を重ねるごとに人魚姫への俺の想いも成長していった。




現在



「コウ?一緒に海に行こう!」



そう誘ってくるのはバイト先で仲良くしてくれているニヒトくんとヨシくん。



2人は海釣りが趣味でいつも休みの度に釣りへと一緒に行っていて俺をいつも誘ってくる。



K「2人で行ったらいいじゃないですか〜」



俺はスマホを弄りながらそう言った。



N「お前、趣味ないんだろ?」



ニヒトくんはそんな俺に肩を組みながらそう言う。



Y「ハマるかもしれねぇんだから騙されたと思って一回釣りしてみろよ。」



釣りの楽しさを俺に知って欲しいと言って2人はいつも釣りについて熱く語ってくるが、俺にはイマイチ釣りの楽しさが分からない。



K「俺…子ども頃、家族であの海行って溺れた事があるんですよね…だからわざわざあの海に行きたくないんですよ…」


N「泳ぐわけでもないんだから大丈夫だよ?」


Y「楽しみだな。」



二人はそう言って俺は行くとはひと言も言っていないのにニヒトくんもヨシくんもノリノリで、何故かその流れで海に行く事になってしまった俺は…



数日後



K「気持ち悪い……」



久しぶりに乗った船で船酔いに襲われた。



Y「大丈夫か?コウ…」


N「あんな飯食ってから船乗るから気持ち悪くなるんだよ〜」



船酔いに苦しむ俺そっちのけでニヒトくんとヨシくんは釣りを満喫している。



俺はその横で座り込み顔を船から出して何も出ないのにおえ〜と海に向かって吐いていた。



ダメだ…このままだと俺マジで死ぬわ…



息苦しさから身につけていたライフジャケットを外し、締め付けられるような苦しさから解放される。



それでもまだ、気持ち悪さに付き纏われる俺はギラギラと照らされる太陽に目が眩み…



そのまま倒れ込むようにキラキラと光る水面に吸い込まれた。



チャポンと小さな音だけが自分の耳に入り海の低い唸り声が俺の聴覚を奪う。



身体を動かそうともがいてみても俺の体は海底に沈んでいく…



苦しくて…



怖くて…



沢山の海水を飲んだ。



息ができなくて身体の力が抜けた時…



俺はもうこのまま死ぬんだな…そう思った。



そういえばこの感覚…子供の時にも味わった…



あの時は美しい人魚姫が俺を助けてくれたけど…



あれはおとぎ話の世界で。



もう大人になってしまった俺をおとぎ話に出てくる人魚姫はきっと助けてはくれないだろう。



しかし…薄れゆく意識の中…俺は目を疑った。



ユラユラと揺らぐ水面にふわっと浮かんだ美しいシルエット。



俺はあまりの恐怖感から幻覚を見ているのだろうか…?



その美しい顔にはどこか見覚えがあり…



そして、それは確信に変わる。



今、俺の目の前にいるのは俺がずっと想い続けていた人魚姫だと。



人魚姫は俺を見つけると俺を強く優しく抱きしめ



「会いたかった…」



そう呟くと俺の唇を塞ぎ、俺の身体に空気を送ると俺はそのまま意識を手放した。




つづく

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