第150話 馬鹿にはできない。だが、大馬鹿でないと・・・
私が高校1年生の時のこと。
養護施設のある男性児童指導員。
現在は某福祉施設の施設長をされているらしい。
さてその方と、ある時、連合赤軍の話になった。
確か、あさま山荘事件の裁判が報道されたときだった。
かの職員さん、当時高3で大学受験の折。
リアルタイムで、テレビや新聞で知ったってことね。
ひとしきり話が進んで、彼は、おもむろに言い出した。
あのようなことは、馬鹿にはできない。あれだけ名乗って物事をやるには、理論がいる。理論の理解できない馬鹿にできるわけがない。
なるほどなるほど。だが、問題は、そこから。
彼は、少し間をおいて、こう述べた。
だが、大馬鹿でないとできないぞ。
それもそうだ。
大いに賢い人はそんなくだらないことにそもそも目を向けないし、中途半端に賢い程度なら、恐ろしくて逃げだすのがオチ。馬鹿はそもそも御指摘通り。
しかし、大馬鹿であれば、あそこまでやってもなまじ以上の信念もあろうから、やれてしまうってことなのだと。
今の私は、そういう理解をしております。
馬鹿にはできないが、大馬鹿であれば出来てしまう。
総括すれば、ええ、総括です。
総括すると、こういうことになりますね。
もっとも、総括と称しても人を殺すわけではないですから。
かくして、オチになったような、なってないような。
でも、世の中って、そういうこと、結構あるような気がする。
機の聖、もとい、気のせいなんかじゃ、ないはずだ。
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