第20話器物破損にならなくてよかった

「早く! こっちです!」


階段の奥から慎也の声が聞こえてくる。

いつの間にかいなくなっていたかと思ったらどうやら人を連れて戻ってきたようだ。


「な、なんと……?」


ようやく階段を登ってきた中年店員、胸元のプレートに店長と書かれている。……は、目の前の光景に驚きの声を上げている。

あー……そりゃまぁ驚くよなぁ。

ていうか俺、もしかしてやりすぎただろうか。

かなりの大立ち回りをしたせいでテーブルや床には傷や凹みが付いているし、おまけに壁には大男が突っ込んでいるのだ。

控えめに言って大惨事、修理費とかなりかかるだろうなぁ……


「これは、君がやったのかい……?」

「え、えぇまぁ……」


弁償とかさせられてしまうかも……戦々恐々としていると、詩川さんが店長さんに掴みかからんばかりの勢いで言う。


「神谷くんは悪くありません! 私たちを助ける為にやってくれたんです!」


それに日向さんや浩太、他の皆も続く。


「そうだそうだ。悪いのはこいつらだよ! 勝手に入ってきたんだぜ!」

「こっちは正当防衛よ! 大体向こうは四人、神谷くんは一人で彼らを倒したんだから!」


店長さんは皆の言葉を真摯な表情で聞き終えた後、俺の手を取った。

そして大きく頭を下げて言う。


「ありがとうっ!」

「……へ?」

「彼らは時々ウチに来ては、他のお客さんに迷惑をかけていてね。もちろん何度も注意したが全く辞める素振りはなく、おかげで客足が遠退きつつあったんだよ。警察に言っても中々対応して貰えなくて本当に困っていたのだ。……だが君のおかげで助かった。礼を言わせてくれ」

「あのー……部屋とかボロボロにしちゃいましたけど……」

「なぁに! このくらい気にしないでくれ。どうせ直そうと思っていたところなんだ」


どんと胸を叩くと、店長さんの大きな腹がボヨンと揺れる。

……よかった。弁償とか言われたらなけなしの金がなくなるところだった。

俺たちは顔を見合わせ、安堵の息を吐く。


「……それより相談なんだが、時々でいいからウチに来てくれないか? 彼らがまた来た時に、君を見ればすぐ逃げ出すだろうからさ。勿論、料金はいらないし、友達も一緒でいいから。頼むっ!」


両手を合わせ頼み込んでくる店長さん。

皆と顔を見合わせると、頷いて返してくる。


「……わかりました。俺でよければ」

「本当かい!? じゃあこれ、タダ券だから受け取ってくれ。なくなったらまた言ってくれよ。好きなだけあげるから」


三十枚程の無料券を受け取り、俺はカラオケボックスを後にするのだった。



「ふぅむ、見事なものだ……」


神谷たちが帰っていくのを、すぐ隣の部屋でタバコを吹かしながら見送る影。

影の主は竜崎太一郎、その人であった。


あの後神谷家に捕まった竜崎は、どうにか誤魔化して脱出。

制服から優斗のいる学校を特定したものの中にまでは追いかけていくことは出来ず、校門でずっと待っていたのである。

だが気付かれて逃げられ、仕方なく追った先がこのカラオケボックスというわけだ。


「しかし芸能人の張り込みもやっていた俺の気配に気づくとはな……」


元は芸能記者をやっていた経験もある竜崎は、その腕でいくつものスクープをすっぱ抜いていた。

そんな自分がただの学生に気付かれてしまうとは……ショックな反面、優斗のポテンシャルの高さに嬉しくも感じたものだ。

しかしすぐにそれは大幅に更新される。

友人との時間を邪魔してはマズかろうと考えた竜崎は隣の部屋を取り、そこで時間を潰すことにしたのだ。

耳を澄ませていると友人たちの歌声が聞こえてくる。

……なるほど悪くない。素人学生にしてはまぁまぁだ。それでも事務所でトレーニングに励めば、十分使い物になるはず。そんなことを考えていた彼の耳に入ってきた声――


「こ、これは――! 古いアニソン故にわかりにくいが声の質、艶、何より全てが調和しているかのようなバランス感! 勿論練習は必要だが、元々持っているものが違いすぎる……まさに天性の才! 素晴らしい……やはり俺の目に狂いはなかった! ……しかし優斗と一緒に歌っている女性も見事なものだな。顔次第ではアイドルも目指せそうだ。これだけの歌唱力があれば男女グループも狙えるか……?」


ブツブツと呟きながら考え込んでいると、不意に物騒な音が聞こえてくる。

外を覗くと何やら不良連中が優斗たちの部屋に押し入っているようだ。

女性がヒトカラをしているとナンパ目的で男が勝手に入ってくる、という話は聞いたことがあるが、男たちもいただろうに。

これから売り出す予定の優斗を傷物にされては困る。とはいえ相手はかなり屈強そうな男たちだ。いざとなったら武器を使って……カバンに入れていたスタンガンを探していると、ドカッバキッと激しくぶつかるような音が鳴り響く。

見れば優斗が男たちを一方的に叩きのめしているではないか。


「なんという運動センス……! それに喧嘩に必須とも言える度胸を持っている。これらはハイレベルのダンスをする際にも必要不可欠、そして練習では中々得られない技術でもある。全く、どこまで俺を驚かせてくれるんだあの子は……!」


ポカンとしている間に戦いは終わり、店長らしき人物が優斗に礼を言っていた。

すっかり出ていくタイミングを見失った竜崎は、ソファに座り込むと、タバコに火をつける。


「ふっ、とりあえず才能任せに売り出そうと考えていたが、これだけの逸材となるとしっかり準備して大々的にやる必要がありそうだ。となれば上と話をつけてからでも遅くはないか。既に家は知れているのだし、今日のところは無理に追いかけることもないだろう。稀にいるんだよな。くくく、素晴らしいぞ優斗くん。君を売り出すことこそが俺の使命なのかもしれんな……!」


竜崎はタブレットを開くと、心の底から楽しそうに作業を始めるのだった。


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