オルティヴ・オンライン~キャラメイクで見た目に全振りしたら、現実まで引っ張られた件

謙虚なサークル

第1話プロローグ

幼い頃、俺――神谷優斗は母親に捨てられた。

父は離婚後すぐに飛び降り自殺し他界、そんな父を母は情けない! 男じゃない! と激しく罵倒していた。

しかも俺がそんな父に似ているのが気に食わなかったようで、家庭内ではそれはもう酷い扱いを受けた。

母が再婚してからは特に酷くなり、養父の虐めも加わって痣の絶えない日々を送ったものだ。

食生活も酷く、犬の餌を食べさせられたこともあるし、家族の残飯を腹がはち切れるまで食べさせられたり、逆に数日間食事を与えられないといった無茶苦茶な食生活を送らされ、逆らえば当然のように暴力を振るわれた。

養父との間に生まれた弟は俺より五つも歳下だが、話しかけても無視してまともに取り合おうともしてくれない。

偏った栄養バランスのおかげで身体は醜く太り、顔は吹き出物だらけ。

背筋は歪み、顔色は悪く、髪を切る金も与えられない。

そんな俺を母はもはや見ようともせず、中学になる頃には家の離れの物置小屋へと押し込められた。

完全に放置された俺は、そこでバイトをしながら学費を稼ぎながら生活することとなったのである。



「おいデブ! カツサンド買ってこいや!」


ドガッ! と俺の背中を蹴り付けてくるのはクラスの不良、海堂だ。

中学時代は小学生を鉄パイプでボコボコにしてカツアゲしたり、更には押し入り強盗や放火など、少年院に何度も入れられる程の手のつけられない奴だ。

親から虐められ卑屈にしか生きられなくなった上に、不摂生で醜く太った俺は彼のイジメのターゲットになっている。


「もー、やめてあげなよ。可哀想じゃない。キャハハ」

「キャー! 海堂くんカッコイー!」


それを見て楽しげに笑う取り巻きの女子たち。

強い者に媚び、弱い者を嗤うことが彼女たちにとっての数少ない娯楽なのである。

地面に這いつくばりながら俺は、どうにか言葉を返す。


「い、嫌だよ……だって前の分のお金もまだ返して貰ってないし……」

「あぁん!? ケチくせぇなお前はよ。そのくれぇ貸しといてくれや。友達だろが!」

「そーだよぉ。友達のお願いを断るなんて、神谷ってばサイテー」

「そんなんだから友達の一人もできないんだよ。オタクヤロー!」

「あーしもジュース欲しいなぁー」

「俺、コーラ」「ジンジャエール」「ポカリで」


集まってきた取り巻きたちが、俺に蹴りを入れながら次々と勝手放題注文してくる。

このまま時間が過ぎれば、そのうち授業が始まるはず。

それまで頑張って耐えるしかない。


「おいデブ、そんな亀みてーに蹲ってたら昼休みが終わっちまうだろ。ほら、さっさと買いに行く……ぞっ!」

「あうっ!?」


首根っこを引っ掴まれて、無理やり起き上がらせられる。

相変わらずものすごいパワーだ。一度立ち向かったことがあるが、手も足も出ずにボコボコにされてしまった。

そのまま廊下に連れ出され、逃げられないように肩を掴まれながら購買へと歩いていく。

と、目の前に先生が通りがかる。


「……ッ! 先生! 助け――」


呼びかけるが、先生はあからさまに視線を逸らす。

関わり合いになりたくない、そういった顔だ。


「よぉー先ちゃんちわーっす」

「あ、あぁ……」


気まずそうに返事をして逃げるように去っていく先生。

助けを求めるように後ろを向こうとした俺の腹、海堂が思い切り打ちすえる。


「おげぇぇぇっ!」

「あんまナメたマネしてんじゃねぇぞブタくんよぉ? あぁ? 助けて貰えると思ったのか? おめでたいやつだな。お前を助けてくれる奴なんか誰もいねェーよ!」

「う、うぅ……」

「わかったら大人しく従っとけ? 安心しろや。イジメとわからねぇように先公の前くれーは仲良くしてやっからよ。ヒャハハ!」


海堂には殆どの先生も怯えており、誰も手出ししようとしない。

わかっていても……助けを求める手を振り払われるのはとても、傷つく。


「悪りぃな。順番譲ってくれや」

「う、うん……」


購買に並んだ行列に俺を無理やり割り込ませると、俺を購買のおばちゃんの前に立たせる。

並んでいた生徒たちの視線を受け、針のむしろとなった俺は諦めたように財布を取り出し、頼まれたものを購入するしかない。


「こ、これとこれと……これ下さい……」

「あんた、そんなに食べられるのかい?」

「そぉーなんすよ。こいつだからこんなデブで!」

「……ぷっ」


おばちゃんは苦笑しながら、俺に買い物袋を渡してくる。

何人かは俺が虐められていることに気づいているのだろうが、声をかけるようなことはしない。

やはり誰も俺を助けてはくれないのだ。

帰りがけ、海堂は俺を殴って財布を奪う。


「んだよ。金持ってんじゃねぇかクソが。嘘ついた罰だ。俺が貰っておいてやるよ」

「だ、ダメだよ! それは今月分の食費で……」

「バイトしてんだろ? ケチケチすんな! つかそれ以上食ってもっとデブになったらどうすんだよ! 協力してやろうってんだから感謝しろ!」


俺の財布から紙幣を全て抜き取ると、空になった財布を投げ捨てる。

慌てて拾おうとする俺から買い物袋を奪い取り、一人で教室に入っていった。


「おおーい、俺の奢りだ! 食え食え!」

「サンキュー海堂くん。やっぱ頼りになるぜ」

「あれ? 神谷は? 買い物はあいつに頼んだんじゃなかったっけ?」

「しらねー。サボって帰ったんじゃね? ギャハハ!」

「ほんと使えねー奴だよアイツは!」

「ねぇねぇ、明日からGWでしょ? どっか行こうよ」

「そうだな! クラスのみんなで海でも行くかぁ!」


教室からは楽しそうに笑う声が聞こえてくる。

屈辱だ。なんでこんな思いをしてまで学校に行かなきゃいけないんだ。

誰も助けてくれない。涙がこぼれ落ちてくる。


――優斗、お前は誰からも頼られる、優しく強い男になれよ。


父さんが遺してくれた言葉が胸に響く。

そんなこと言われても無理だよ。こんな目に遭って平気な顔はできないよ。父さん……!

実家から追い出され、祖父母を失い、学校でも酷い目に遭わされる……

俺の居場所なんてどこにもないのかもしれない。


「……はは、強く、優しく、そして頼れる男……か」


あまりの皮肉さに思わず呟く。

そうしようと思った。でもこんなもの、力がなければ何の意味もないじゃないか。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


俺は絶叫を上げながら、逃げるように学校を立ち去るのだった。



プルルル、プルルル、とスマホの鳴る音が聞こえてくる。

だが無視だ。どうせ海堂からの呼び出しだろう。

しょっちゅう俺を呼び出してタカろうとしているのだろう。

時折休みの日でも呼び出され、海堂らの遊びにかかった金を支払わされ、何もない時はサンドバックにされた。

そんな呼び出しには到底出る気にはなれない。とはいえ無視したらまた学校で虐められるのだが……明日からGWだし、その間顔を見せなければ忘れてくれるだろう。そう思いたい。


「はぁ……死にたい」


ゴロンと横になりながら声を漏らす。

手にしたスマホをはバイトや学校からの連絡用に買った格安のものだ。

クラスメイトはLINEグループを作っているらしいが、俺には一度として誘いは来たことはない。

ぼんやり眺めていると、ゲームのCMが流れてきた。


『水と風の世界を冒険者になって駆け抜ける! まるで現実のようなリアルな世界に没頭する人続出中! VRMMOオルティヴオンライン! 本日14時サービス開始!』


オルティヴ・オンライン……あ、これ父さんがすごい好きだったオルティヴ・サーガのオンライン版か。

懐かしいなぁ。小さい頃、父さんとよく遊んだのを思い出す。

剣の形をしたコントローラを振り回して敵を倒すという運動神経を求められるゲームで、二人して部屋中を走り回りながら遊んだっけ。……あの頃は楽しかったなぁ。

そのVRMMO版か……今作も身体を使うゲームなのだろうか。太ってしまった今の俺でも出来ないかもな。


ネットで軽く調べてみると、どうやらVRメットという脳波をスキャンして考えただけでキャラクターを動かせるらしい。

筋肉に刺激がある為、ダイエットにも最適とか書いてあるが……まぁこういうのは眉唾程度に思っておいた方がいいだろう。


「でも中々面白そうだな。明日からGWだし、やってみようかな」


今は13:30、今からVR用のメットを買いに行けばオープンと同時にプレイできるかもしれない。

でもこれを買うと今月の食費がなぁ……ま、多少の貯金はあるし、その分働けばいい話だよな。

――それに父さんとの思い出のゲームをやれば、沈んだ気持ちも少しは紛れるかもしれない。

そうと決まれば善は急げ、俺は近所のイディオンにVRメットを買いに走るのだった。

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