第10話 長広舌

 やはり当たりが分かるというのは本当なのだろうか?

 僕は混乱しつつ質問する。

「この話がどういうことなのか分かりますか?」

「実に凡庸だな。まあ、退屈しのぎにはなった。ところで、少年、未成年は競馬は禁止されている。この若さで道を踏み外すとは実に嘆かわしいな」

「違います。僕じゃありません。友だちのお兄さんのことだって説明したじゃないですか」

「そうは言うがね、人は外聞をはばかる相談事は他人に起きたことにしがちなものさ」

 そこまで言うとクククと笑った。

「さて、少年を揶揄うのはこれぐらいにしよう。何かこの後に、私と話すより楽しい予定があるようだしね」

 円城寺さんは壁に掛けられた時計の方に頭を振る。

 つい時間を確認していたのを目ざとく見つけていたらしい。

「いえ、そんなことは……」

「まあ、いいさ。高校生も色々と忙しいだろう。それでだ、少年もこの話が胡散臭いとは思っているのだろう? メールが送られてきている当事者ではないから、それなりに冷静でいられるだろうしな」

「はい。未来が分かるといわれても素直に信じられません」

「でも、ではなぜ当たるのかが分からず疑問というわけだ。ということは、少年、君は占いもあまり信じないタイプかな?」

「そうですね。あれは、話術だと思っています。誰にでも当てはまることをそれらしく言っているのに過ぎないのじゃないかと」

「若いのに冷めているなあ」

「いけないでしょうか?」

「いや、単なる感想だ。話が逸れたな。君の考えでは、占いなら会話術でなんとかなるが、レースの結果を当てるのは別というわけだ。試みに問うが、もし少年宛にメールが送られてきたらどうした?」

 頭の中でその様子を想像してみる。きっと他の迷惑メールと同様に読まずに削除するだろう。

「無視したと思います。円城寺さんも言うように未成年の僕にはそもそも使いようのない情報ですから」

「わざわざここで本を借りようとするほど懐具合が寂しい割には堅実だな。まあ、誰か成人の知り合いに馬券の購入を頼むという手もあるが、自分で馬券を買えないというのは確かに手間ではあるか」

 円城寺さんはカウンターに身を乗り出した。

「さて、濡れ手に粟で金が手に入ると味をしめた人間の話をしよう。人は見たいように見るし、信じたいように信じる生き物だ。他人のことであれば冷静になれることもあるのに、我が事となると物事を都合の良いように捕らえてしまう。自分にだけは望外の幸運が訪れたと錯覚するというわけだ。よく気をつければ幻覚ということが分かりそうなものだがな。今回の話で言えば、二つの点で疑問を感じるはずだ。まず、未来が分かるという時点で、普通の感覚をしていれば噴飯ものだ。だが、一方でそれが虚偽であるという論理的な証明は難しい。無いことの証明はすべての事象を検証する必要があるからね。しかし、現実としてすべての事象の検証というのは費用と時間がかかりすぎるし、検証したものが本当にすべてであると証明するのもまた難しい。いわゆる悪魔の証明というやつだ。ここまではいいかい?」

「はい。なんとか」

「それに百年後の予測は無理でも、二十四時間後の特定の事象については予測ができるかもしれない。ラプラスの悪魔は、すべての要素を取り込んで計算し未来を知る存在と定義されている。すべての事象は無理だが、例えば気象予報の分野に限ってしまえばラプラスの悪魔は存在すると言ってもいいレベルに近づいているだろう。ということで一点目の競馬の結果を確実に予想しうるかに関しては、百歩譲って、結論を保留しよう。しかし、二点目は致命的だ」

 円城寺さんは指を二本立てた。

「仮に競馬の予測ができる超能力やAIを持つ者がいたとしよう。その場合でも、なぜ縁もゆかりもない市井の一般人にその情報を教える必要がある? 貴重な情報は秘匿するのが自然だよ。本当に未来が正確に予測しうる人間がいると知ったら切り刻んでもその仕組みを暴きたいという国家や組織はごまんとある。自分の健康と幸せのためにも黙秘が適当だよ。そこまで考えが及ばないとしても、競馬は人気が出れば出るほど払い戻しが少なくなるシステムだ。他人に教えることで自分の利益も減ってしまう。ここから導き出される結論は、勝ち馬が確実に分かるというメールが嘘ということになる。必ず儲かるとうたう投資用のマンションの営業電話と一緒さ。そんなに確実なら電話を掛けてくることなく自分で買えばいい」

「嘘だというのはなんとなく分かります。でも、それじゃあ、なんで当たるんでしょうか?」

「簡単なことさ。同じことは私でもできる」

 自信たっぷりに言い切る。え? 円城寺さんってそんな特殊能力の持ち主なの?

「デタラメを言っているだけだから」

「え?」

 あっけに取られてしまった。これだけ長々と説明した答えがこれなの?

 僕の顔を見た円城寺さんは機嫌を損ねたように目を細める。

「そうだな、より単純化したモデルで説明しよう。少年のクラス全員に対して、私がこれからサイコロを振って出る目を当ててみせると宣言する。そして各人には一から六までが均等になるように予測値として提示するんだ。ここでサイコロを振る。六人に一人は当たるな。二回目は当たった人間にだけ同じことをする。元の人数が三十六人以上なら、最低でも一人は当たる。このとき、生徒がお互いの様子が分からなければ、その一人は、私が未来が分かると勘違いするかもしれない。手口としては昭和の時代に競馬場の周辺にいた予想屋と同じだ。今回のメールはそれをより大規模にしただけなんだよ。目的はもちろん金だ。たぶん次の情報から有料になる。一人一万円として百人釣れれば百万円だ。当たった人にはさらに増額した手数料を要求する。こうして最後の一人が外れるまでを繰り返すのさ。日本では個人の携帯電話保有率は八十パーセント以上あるそうだよ。単純計算で一億台だ。この規模でメールを送ることができたら相当数を騙せるだろうな」

 長広舌で口の中が渇いたのか、コホンと空咳をした。

 円城寺さんはカウンターの下からペットボトルを取り出すと水を口に含む。

 ごくりと飲み下すと僕に問いかけた。

「これが私の答えだ。まあ、大きく外してはいないはずだが。少年はどう思う?」

「そうですね。恐らく正しいと思います。少なくとも、それ以上に説得力のある答えはないでしょう」

「まあ、正解を知りたければそのメールの送り主を問い詰めるしかないだろうな。ただ、質問のメールを送ったところで正直に答えるはずもないがね」

「それで、どうやったら、このメールの受け手に詐欺まがいの話だと納得させられるでしょうか?」

 円城寺さんはフフッと笑う。

「私の推論をそっくり話して聞かせてもまず無理だろうな。あらゆる可能性を排除して残ったものが真実と言っていい。ただそれが飲み下せない人も多いだろう。先ほども言ったが、人は都合が良ければ嘘でも信じるものだし、見たいと思うものしか見ない生き物だ。だから、痛い目を見なければ理解をしないだろうね」

「そうですか……」

 ついつい残念そうな声になってしまう。

 円城寺さんはしばらく黙っていたが口を開いた。

「謎解きは終わったので、これはサービスだ。凡人に嘘だと知らしめるには真実よりも、よりそれらしい嘘の方が有効かもしれない」

 それから対処方法案を教えてくれる。

 お礼を言いつつ、僕は最後のお願い事をした。

「あの。この謎で本の貸出に少しは融通をきかせてもらえないでしょうか?」

「そうだな。ちょっと退屈していたところだったから、大目にみてやろう。少年、貸出期限を一週間延ばしてやる」

「ありがとうございます。それで、その少年呼びなのですが、僕には……」

 円城寺さんはパッと開いた手を突き出す。

「名前を言わなくていい。君の名前に私の記憶力を僅かでも裂く価値があるとは思えない。少年で十分だ。では、もういいだろう。帰りたまえ」

 そっけなく犬でも追いやるように手を振られてしまった。

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