窓際のモブAは純情過ぎる天使様に戸惑う
ところで僕は最近少女漫画を愛読している。
なんでかっていうと少し前に2.5次元ミュージカルに出演した時、原作の少女漫画を調べてからというものその面白さに気づかされたからだ。
よく知らない人は少女漫画=恋愛漫画って単純に結び付けるだろうし、まあ間違ってはないんだけど少年漫画がバトル物や推理物、スポーツ物にもちろんラブコメとかジャンルが様々あるみたいに、少女漫画も恋愛要素をメインに置いてるだけでジャンル自体ははめちゃくちゃ多い。
読者に目新しさを覚えてもらうために色々と工夫するのは男女向けとか老若向けとか関係ないってわけ。
作品自体のジャンルだけじゃなく、登場するイケメンヒーローや恋愛シチュエーションにしても先人が試行錯誤してきた膨大なパターン蓄積がされてて、ある程度の『お決まり』ってやつが出来上がっている。
で、ここからが話の本題なんだけど、そういうお決まりパターンの中にヒーローがヒロインの顔についた食べかすやクリームとかを取って食べるって展開がある。
相手にそんな気はないけどヒロインだけがドキドキしちゃうやつだ。
長いこと連載してる少女漫画ならどこかしらのシーンには使われているありふれたシチュだけど――なんか今の状況ってそれっぽくないか?
「み、湊斗くん。なんで、私の食べ……」
顔を真っ赤に染めて怒っているのかわなわなと震えている姉大路先生を前に、僕はそんなことを考えていた。
けど現実逃避はしてられない。
この状況じゃ言い訳するのも無理だし、もうとにかく謝るしか。
「すみません! いつも妹にこうしてるので、つい。先生にどうこうしようとか、他意があったわけじゃないんです!」
恥も外聞もなく潔く頭を下げた。
顎クイとか壁ドンみたいな人気シチュだってリアルで赤の他人にやられたら「キッツ」ってなるみたいに、漫画と現実は勝手が違う。
もし僕が女の子だったら絶対にゴメンだ。
姉大路先生だって怒ってるか、もしくはドン引きしてるかの二択だろう。
「……先生?」
しかも姉大路先生の返事はすぐには来なくて、それだけ不機嫌なのかとおそるおそる様子を窺ってみると――
「そうだったんですか……なぁんだ。あはは、ごめんなさい私ちょっと早とちりしちゃって。次からは気をつけてくださいね、湊斗くん?」
予想外に先生は怒ってはいなかった。それに距離を取られている感じもしない。
なぜだか少しがっかりしてるように見えるけど、それ以外はいつもの姉大路先生だ。
身構えていた分だけ肩透かしを食らった気がして、だから思わず疑問を口にしてしまった。
「え、それだけ?」
「どうかしましたか湊斗くん。なにか気になることでも」
「いやだって気持ち悪くないですか、ふつう。恋人でもない男にこんなことされたら」
姉大路先生は感情が素直に表情に出ちゃって、顔を見ればおおまかにだけど考えてることが筒抜けになるような典型的な嘘をつけないタイプだ。
「気持ち悪いなんて思わなかったですよ? ちょっとびっくりはしましたけど」
「びっくりって」
「はい。…その、23歳にもなって変かも知れないんですけど実はいままで男性とは縁がなくって。なのに湊斗くんがあんなことするからドキドキしちゃいました。えへへっ」
だからこの言葉も嘘じゃないってのは分かる。
怒るどころか嬉しそうにはにかんでいるしさっきのことを気にしてないのは明らかだ。
でも普通、こういう反応になるもんだっけ?
「そ、それよりもご飯をいただきましょう! せっかく雫ちゃんが作ってくれたんですし」
「ですね、まだ食べかけですし」
姉大路先生の反応に少し引っ掛かっていた僕だが、促されるまま椅子に腰を降ろした。
まあ最悪なのは先生に変態扱いされて関係がギクシャクしちゃうことだったから、僕の取り越し苦労で終わる分にはなんの問題もない。
てっきりやらかしたとばかり思ってたけどようやくほっと胸を撫で下ろして――でも、さっぱり食事は進まなかった。
というのも、
(……見られてる)
箸を握っている僕の指先、あとは口元か。
じいっと突き刺さるような視線をそこに感じる。
部屋の中には二人しかいないんだし視線の主が誰かは言うまでもなく。
ちらっと顔を上げると、こっちを凝視していた姉大路と目が合った。
「あの、なにか?」
「ふぇっ!? い、いえっ。なんでもないです!」
慌てて目を逸らした姉大路先生の頬にはまだ赤みが残っていて、けどそれはさっきの出来事が尾を引いているからじゃなさそうだ。
こういう時に自分がもっと鈍感だったら楽に生きられるのになーと思わずにはいられない。
だけど月城ミナトとして多く人たちから見られてきた経験が、嫌が応にも自分に向けられる視線の意味を理解してしまう。
それが嫉妬とか悪意だったり、逆に善意や好意だとしても。
「……先生、いっこ聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか?」
「大したことじゃないんですけど、さっき異性と出会いがないみたいなこと言ってたじゃないですか。先生美人なのに意外だなーと思って」
「わ、私が美人っ!? そそそ、そんなことないですよぅ! ……湊斗くんったら人をおだてるのが上手いんですから、もうっ」
少し探りを入れてみると姉大路先生は分かりやすいほどに喜んでいた。
彼女のルックスなら美人や可愛いだなんて今まで飽きるほど言われてきただろうしやっぱり間違いない。
どうもさっきのがきっかけで、姉大路先生は僕を『男』として意識しているみたいなのだ。
流石にあれだけで好いたり惚れたりってことはないだろうから、気になってつい目で追ってしまうくらいだとは思うけど。
にしたって幾らなんでもこの人、
こんな絶滅危惧種レベルの恋愛赤ちゃんな美人なんて周りの男共が放っておくはずないと思うんだけど、先生の答えを聞いて僕は納得した。
「私、幼稚園から大学までずっと女子校だったんです。なので身の回りに男性がいたこと自体がほとんどなくって」
「あれ、でも
「それがおじさまが――あ、理事長先生のことなんですけど、男性に不慣れな私を想って手を回していたみたいで。なので男性の教員の皆さんから必要以上に気を遣われているといいますか、少し距離を置かれているといいますか……」
「あ~……そういう」
まさかの理事長先生が原因だったとは。
姪っ子感覚で可愛がってるんだろうけど、経験させなさ過ぎるのも危ういと思うんだけどなぁ。それこそ今みたいになるから。
まあ、でも先生の綺麗な所作とか幼稚園から大学まで女子校通いの純粋培養具合といい、大手私立校の理事長と家族繋がりの縁があるってあたりも姉大路先生の実家ってたぶん結構な名家な匂いがするから過保護になるのも仕方ないのかも。
兎にも角にも問題なのは、僕と姉大路先生が『生徒』と『先生』ってだけの関係から『気になってる相手』と『先生』に変わってしまったことだ。
これが一時的なものなら全然いいけど、これからずっとってなると困る。
「そういえば、こうして男の子とふたりきりでご飯を一緒に食べたりお話するのも湊斗くんが初めてでした。うふふっ、湊斗くんっていつも私にハジメテをくれるサンタさんみたいな人ですね♪」
そう幸せそうに笑う姉大路先生とは対照的に、僕の心は梅雨の明けない曇天模様の空みたいに重かった。
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