溶けて行く水死体

ニュートランス

水死体

僕は長い畦道に立ち、無限に広がる田んぼとそれを囲む山々を眺めていた。

そこに人は少しもいない。

ここは広島県の山奥。安芸高田町

「熱い」

今日こんな田舎に来たのは他でもない、祖母が死んでその土地を譲り受ける日だからだ。

祖母は広大な土地を所有しており、そこは全て棚田になっている。

元は祖父の土地だったが、祖父が去年行方不明になってからその土地は祖母のものになった。

祖母は祖父が続けてきた稲作をとだやしたくない使命感からか稲作をしようと意気込んでいたがとうとうそれが難しいことに気づいたらしい。


祖母の行方が消えた。


それに関して思うことはない。ただ祖母の唯一の親族として貰える土地はいくらするのか、ただそれだけを考えていた。

祖母はうるさかった。祖父から土地を受け継いでからと言うもの、僕を稲作の後継者として育て始めた。

それが嫌だった。毎日農作業の繰り返し。

祖父が生きていた頃からそうだったが、僕に稲作は向いていない。

だから田舎の僅かな情報を頼りにコンピュータの勉強を始めた。

そして去年、僕は東京の大学に行くこととなった。

僕は祖母の制止を振り切り、大学に通った。

学費は全部自分で出した。近くで唯一の酒屋で安い賃金で働き、残りは奨学金を借りる。

祖母の力は借りれない。

そして昨日、僕に連絡が入った。

祖母が行方不明になったと。

僕は幼い頃に両親を亡くし、祖父母が僕を育ててくれた。だから親族は僕だけ。

必然的に土地は僕のものになるだろうと思った。

こんな田舎だが土地は広い。今は学費でお金が必要だから、直ぐに売って少しでもそれの足しにするつもりだ。

そうそう、僕にその電話をくれた人間。

近所に住んでいた山田涼介という人らしい。

山田という人は祖父母と仲が良かったらしく、行方不明なのが発覚してから唯一の親族である僕に電話をくれたというわけだ。

山田、といえば聞き覚えはない。僕が出て行った後に引っ越してきたのだろうか。

その山田にここで待っているよう電話で言われた。近くには村唯一のバス停がある。

村に行く途中、倒木で道路が塞がれており、僕は乗っていた車を脇道に止めて村へは歩いてきた。歩いていた時に気づいたが、ここは僕がきた時よりもかなり薄汚れている。

地面には苔が広がり、岩がゴロゴロと転がっている。

それはそんなものかと容認できたのだが、ここに来るまで人と誰1人すれ違ってないのだ。

僕がいた時でさえ不気味だったのに今はより不気味だ。

土地を売ってこんな所早く抜け出そう。

そう山田を待っていると、僕は無性に喉が渇いていた。

持ってきた200mlペットボトルの水はすでに底を着き、それでも太陽は眩しさをやめない。

山田はまだなのかと悪態をつきながら、僕はふと近くに水があることに気づいた。

田んぼに溜まっている水だ。

今は夏。棚田にはこれでもかという程に水が溜まっている。

水は濁っていて飲めたものじゃないが、背に腹は変えられない。

僕は田んぼに顔を近づけて濁った水を啜った。


「ん・・・・・・」


口に広がったのは水ではなく、鉄分の多く含んだ何かという味だった。

この味を僕は知っている。

そんな時、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。

やっと山田さんがきたのかと後ろを振り向こうとしたが、どうやら様子が違う。

「@@@さん、@@@さん」

と僕の名前を永遠と連呼している。

僕は一瞬にして恐怖に包まれた。

「@@@さん、@@@さん、@、@、@、サンウ」

僕の体は動かない。今直ぐにでも逃げ出したいが腰が抜けて動けないでいた。


妖怪の類なのか。いや、僕は化学しか信じない。そんな事象はこのように存在しない。

僕はそう自分に言い聞かせ、勢いで後ろを向いた。

そこには誰もいない。


「ほら! 妖怪なんて存在しないんだ!」


僕はその時、おかしな声をあげていたと思う。

後ろに誰もいない事を確認すると、僕は震える立ち上がって車の方へと走ろうとした。

(土地はもういい。こんな君の悪い場所2度とくるか)

その瞬間、背後から足音がし始める。

僕は慌てて辺りを見回すが、誰も見当たらない。

ただ足音だけが「ざ、ざ、ざ」音を立てながら近づいていた。

「誰だよ、誰なんだよ! 」

僕は叫び、そして無我夢中で車へと走った。

足音は時間が経つにつれ増えて行く。

僕は後ろを振り向く事なくとにかく走り、倒木が倒れているところまできた。

足音も追ってこない。逃げ切ったのだ。

僕は「山田4ね! 」と連呼しながら倒木をくぐり、車を確認すると、車に何かが書かれてある。

それに僕の車には遠目でもわかるほどに苔で覆われていた。

何があったのか、僕は車へと近づき、車のボンネットに書かれた文字を見た。


「!:」、^ckxk」

読めるはずがない字なのに読めてしまう。

それに字はあの田んぼに流れていた水と同じような色をしていた。

僕は怖くなり、車の鍵を開けて中へ入る。

「もうなんなんだよ! 」

直ぐにでも逃げるため僕は車のキーを指して時計回りに回す。

なのに一向にエンジンがかからない。

「かかれかかれかかれかかれ! 」

ふと車内から外を覗くと黒くモヤモヤとしたものもこっちへ向かってきている。

それの通った道には濁った、さっきのような水が付着していた。

「ああああ! 」

何回もキーを回していた時、途端にエンジンがかかった。

「やった! 」

そう喜んだも束の間、僕の体は車の鍵を持っていた手の部分から液状化して行った。


これには身に覚えがあった。血と、水と、土の液体。

祖母が毎日、村の田んぼに置かれてある小さなお社にこの水を奉納していたっけ。

僕はそんな事をフラッシュバックしながら、僕の体はドロドロの液体と化した。



-村にあった資料

この資料は連絡が途絶えた事を心配した隣の村の人間の調査である民家から見つかった文献である。

──『チ、スコシ、ツチミズ、オオクノエキ

毎日社ニ奉納スベシ。

山ノカミゾコナイネムル。オコシテハナラナイ』

古びた絵とセットで書かれている。


隣村の村人はそれらを持ち帰り、警察に届けた。

次の日、関わった村人は全員消息を絶った。

それらに共通する事項として、消息を絶った人の家にはドロドロとした液体が広がっていたという。


-最後に、昔話でもしようか。

「時は江戸前期、ある村に2人の男女がいた。男は小作人で、女は村一番の地主の娘だった。その地主は自分より身分の低いものを酷く見下しており、少しでも気に触る事をして殺される人もいたらしい。しかし誰も彼に逆らえない。彼はこの村の大部分を支配しており、従わないとこんな山奥では生きていけないのだ。そんな地主の娘と男が結ばれるわけもなく、男は結婚を切り出した当日に地主によって殺された。彼の遺体は田んぼに投げ捨てられた。その日、村にいた43人全て死んでいた。彼は村全体を祟り、神とも言えるような力で次々に村人を殺していった。死体はドロドロで、全ての死体が田んぼの中に浸かっていたという。彼と同じように。そんな彼の祟りの噂は隣村へ直ぐ伝わり、2度とこんなことが起きないよう祠社が建てられた」


@@@「封印は解かれたよ、彼の祟りはいずれ世界を覆う。これを閲覧した《君も》、だ」







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