第4話「透明人間」
冬子の店『じんぞう堂』のメニューはシンプルである。
『整体30分 3,000円』これだけであった。
しかし、あらたに、
『導引 1,000円』と言うメニューが増えた。
❃
「鉄拐さんに、導引のお客様がきたら1,000円がそのまま取り分になります」
「たった千円か!? このわしが直接指導してやるんだぞ! 1万円でも10万円でもいいんじゃないか?」
「無理です。千円でもお客様がくるかどうかですよ」
鉄拐仙人と冬子が店の中で話している。
「病気になったら治療費はかかるし、仕事も失うかもしれないのに、導引の価値を分かっておらんな……」
「しかたないんです。現代は、病気になったら病院に行って、薬か手術で治すというようになっているんです。病気を治してくれる人は医師だけなんです。昔のように祈祷きとうで治したりしないんです」
「導引使いは、もはや用済みか……なげかわしい……」
「なにかのはずみでブームになれば、忙しくなるかもしれませんよ」
「ユー○ューブで導引を教えるか?」
「やるのは勝手ですけど、わたしは写さないでくださいね」
「冗談だよ、わしはスマホなんか持っとらんわ! ホームレスだったからな……」
❃
お客様がやって来た。
二十代後半の女性。
初めて店に来たお客様だ。
「どこか気になる所はございますか?」
冬子がたずねる。
「肩がこるのと頭も痛いです」
「わかりました。肩と頭をもみましょう」
肩と頭の施術をする冬子。
鉄拐仙人は店の隅で椅子に座わり、冬子の施術を見ている。
施術が終わり、お客様は帰ろうとしている。
「お嬢さん、導引していきませんか?」
鉄拐仙人が声をかける。
「導引ってなんですか?」
お客様は導引を知らなかった。
「あなたの顔には、悲しみがこびりついている。それをほぐす方法じゃ」
「顔に悲しみ……こびりついてますか?」
お客様が冬子の方を見る。
「あっ、え、ええ……そう言われたら……」
困りながらも、鉄拐仙人の言ったことを肯定している。
実際、お客様は悲しげな顔をしていた。
「その、導引というのをすると悲しみが消えるんですか?」
「心の悲しみはしらんが、顔の悲しみは、やってれば、そのうち消えるだろう」
「それなら、その導引というのをお願いします!」
「導引と言うのは、自分でするものだ。掃除のように毎日こまめにやるといいぞ」
鉄拐仙人はお客様に顔の導引を教える。
「まず、手のひらを擦り合わせて温めてから、ひたいを指でなでる」
「こうですか?」
「そう、ゆっくりと大きく。次は目の周りをもむ、これは指先でやるんだ」
「こうですか?」
「そうだな、眉毛はなでると抜けるので軽く揉むだけじゃ」
鉄拐仙人が目の周りの骨を意識して優しくもむやり方を教えた。
「次は鼻だ。こうやって、人差し指どうしで挟んで上から下になでるんだ」
「こうですか?」
「そうだ」
「次は、ほほだ。歯をいーと開きなが指の腹で上に上げるようにもむんだ。悲しみが続くとここが固くなるから、悲しげな顔を治す一番大切な技だ」
「わかりました。こうですか?」
「ほほだげじゃなく、歯を噛み締めていーと口を開きながら筋肉を上に上げるようにもむんだ。ここが固くなると心も悲しくなる」
「次は口だ。くちびるを左右にもんで、歯ぐきを顔の上から押さえるんだ」
「こうですか?」
「まあ、そんなもんだな……口元は上に上げといたほうがいいな」
一通りの顔の導引を教えた。
「ありがとうございました。実は私も顔が悲しいと思っていたんです」
「何か悲しいことがあったのか?」
「仲の良かった同僚が結婚して会社を辞めちゃって、話し相手が居なくなっちゃったんです」
「うん、それで……」
「私、同僚がいなくなって悲しくて悲しくて、先輩は私と会話もしないで仕事のミスばかりを言うんです。後輩は挨拶しても顔を下に傾けるだけで、私は会社では透明人間みたいなもので、他の皆んなも挨拶はしてくれるんですが、話しかけてくれる人はいないんです。お弁当も一人で食べてて、もう会社も辞めちゃおうかと思っているんでる」
「……大変だな」
鉄拐仙人は、あまり興味がない話しのようで、ただ頷いてお客様の話しを聞いていた。
話したいことを話し終わると、スッキリしたのか、顔つきも明るくなってお客様は帰っていった。
「鉄拐さん、あれは、悲しみを取る顔の導引なんですか?」
冬子がたずねる。
「悲しい事が続くと顔の筋肉も弱る。おかしなものを見て笑うだけでもいいが、顔を揉むのが早いだろう。親がきびしかったり、無関心だったり、とても笑えないような家庭環境も多いだろうが、なんとか笑顔になれるようになれば人生は変わるだろうな……」
❃
「店長、今日は特別な日だ。お昼は、奮発して『大エビ天蕎麦』にしてくれんか?」
「えっ!? 別にいいですけど、特別な日ってなんですか?」
「それは、大エビ天蕎麦を食べてから言う。わしは、あのデカいエビ天が心残りでな……」
❃
大エビ天蕎麦をたいらげた鉄拐仙人。
「さて、大エビ天も食ったし行くか!」
「鉄拐さん、どこかに行くんですか?」
「あぁ、わしは、お前を仙界に連れて行くために、お迎えに来たんじゃ。からかうつもりで働かせてくれと言ったが、ちょっと遊びすぎたな……」
「仙界?」
「そうじゃ、お前は仙界で修行して仙女になるんじゃ」
導引使い、鉄拐仙人 ぢんぞう @dinnzou
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