不完全なコスプレ彼女は甘えたい

風戸輝斗

第1話 ぶれぶれな騎士様

//SE:玄関の扉が開く音


「お、おじゃましまっ……!」


「いったぁ~、舌噛んじゃいましたぁ~」


「……緊張してるように見える?」


「……その、未だに慣れないんです。せんぱいの家に上がることに」

//小声で


//SE:廊下を歩く音


「せんぱいがわたしにえ……えっちなことをしてこないことはわかっています」

//『えっち』だけ声が裏返る


「せんぱいは恋人になってから3か月が経っても手をつなぐことでやっとの、小学生みたいな恋愛倫理観をもっているかわいいひとですから」

//少し呆れたように


「……かわいいって言われると恥ずかしい?」


「ふふ、せんぱいのそういうトコがかわいいんです」


「かわいくて、やさしくて……今日だって、わたしの急な頼みにせんぱいは嫌な顔ひとつせず答えてくれました」


「好きですよ、せんぱい」


「~~っ!」

//悶える


「ちょっ、せんぱっ、このタイミングでかわいいは反則ですっ」


//SE:慌ただしい足音


「は、早くお部屋にいきましょ!」


「えへへ、せんぱいにかわいいって言われちゃった」

//ぼそっとつぶやく


「……ん、なにか言ったかって?」


「ふふ、ないしょです」

//いたずらっぽく


………。


……。


…。


//SE:部屋の扉が開く音


「失礼しま……うわぁ~きれい」


「せんぱいのお部屋は相変わらず整理整頓が行き届いていて綺麗です」


「わたしが掃除する機会が訪れなさそうでちょっぴり残念ですけど」


//SE:通学カバンを床に置く音


「ふぅ。今日は通学カバンが教科書でぱんぱんの日なので、先輩にコスプレ道具を持っていただけてすごく助かりました」


「肩、痛めていませんか?」

//心配する


「……ふふ。これくらいどうってことない、ですか」


「お礼にわたしのお着替えでも見ますか?」

//からかう


「なんて冗談ですよ」


「ふふ、先輩ってば顔を真っ赤にしちゃってかわいいです」


「ではお着替えするので、少しだけ部屋の外で待っていただけますか?」


「……え、覚悟はできた?」


「ちょ、ちょっと待ってくださいせんぱいっ、その……い、いまのは冗談で……」

//焦る


「……え、冗談?」


「~~っ!」

//悶える


「そ、そのからかい方はイジワルですせんぱいっ!」


「わ、わたしだって、覚悟はとっくにできてるんですから……」

//ぼそっとつぶやく


………。


……。


…。


「今日は金髪碧眼騎士の衣装だ。どうだ、似合っているか?」

//演じている間は、常に自信に満ちた口調で


「……凛々しくてカッコいい。普段からその姿でいればいいのにって?」 


「ふふ、馬鹿もの。こんな姿をクラスメイトに晒そうものなら、恥ずかしさのあまり不登校になってしまうぞ?」


「せんぱいだけですよ、わたしのこんな姿を見せるのは」

//素に戻り、優しい声色で


「んんっ、では気を取り直して撮影といこうか」


//SE:シャッター音


「ふふ、撮影する姿が堂に入ってきたな」


「……あれからもう3ヶ月か」


「あの頃のことは鮮明に覚えている。担当のカメラマンをしてくれていた幼なじみが引っ越し、かといって新しいカメラマンを探す勇気を出せず、けれどもフォロワーのためにコンスタントに画像をあげなくてはならないという状況だった」


「あの出来事をきっかけに辞めるという道もあった。フォロワーのためなんて、如何にもプロのような言葉を口にしたが、ボクは多大なフォロワーを抱えるネット界隈でそこそこ有名な、ひとりのコスプレ好きな少女にすぎない」


「しかし一瞬たりとも辞めようと思わなかったのは、ボクが本気でコスプレを愛しているからだろうな。だから公園でひとり自撮りを続けた。衣装、撮影、加工、投稿、それらの過程をすべてひとりで行う日々が続いた」


「寂しくて恥ずかしかったよ」

//苦笑しながら


「公園で小さな子から冷めた目を向けられるのは、なかなか胸にくるものがあった」


「そんなときに、せんぱいと出逢いました」

//素に戻る


「カメラマンになるから付き合ってほしいって言われて……」


「ふふ、まさか自分に二次元みたいな告白をされる日が訪れるとは夢にも思っていませんでした」


「けど、それよりもせんぱいがわたしの正体を見抜いていることに驚きました」


「学年がひとつ離れているのに、せんぱいは学校では空気も同然のわたしの素の姿を知っていて……」


「かわいいコだなってずっと気になってた?」


「ふふ、そうだったんですか」


「ならもっと早く話しかけてくれればよかったのに」


「あのときは驚き以上に喜びがありました。わたし、学校では筋金入りのぼっちですからね。素の自分を見てくれる誰かがいるって知れたことが、すごくうれしかったんです」


「わたしを選んでくれてありがとうございます、せんぱい」


「せんぱいと巡り合えて、わたしは幸せです」

//満面の笑み


「すいません。カメラのシャッター音が聞こえるたびに恥ずかしくなるので、思い出話をして気を紛らわせていました」

//苦笑しながら


「……衣装と魂が別ものだから、コスプレしてる彼女じゃなくて、かわいい彼女を撮ってる気がする?」


「ふふ、3ヶ月前まで初心者カメラマンだったのに、すっかりせんぱいもプロみたいなことを言うようになりましたね」


「せんぱいは、かわいい彼女を撮るのはいやなんですか?」

//不安げに


//SE:遠くから近づく足音


「もっと撮ってほしいです」


「せんぱいとわたしだけの特別な思い出のアルバム、作りたいです」


「せんぱいは作りたくないんですか?」

//耳元で囁くように


「んんっ、すまなかったな。ここからは役を演じることに集中するとしよう」


//SE:立ち上がる音


「っ! きゅ、急に近づいてどうし……しゃ、写真を見てほしい?」


「な、なんだぁ。びっくりしたぁ」

//素に戻る(下一文も同じ)


「てっきりせんぱいがき…………な、なんでもないですっ」


「……うん。今日も上出来だ。日に日に写真を撮る技術が向上しているな」


「……何度も撮っている内にうまくなった、か」


「いつもありがとう。常々感謝しているよ」


「と、これだけ写真が撮れていれば充分だな。今日はここらで終いとしようか」


「……なんだ名残り惜しそうな顔をして」


「ボクの衣装がもっと見たいのか?」

//からかう


「……え、もっと近くで見たい?」

//驚く


「……わかった。ではこちらに来るといい」

//悩むような間をおいて


………。


……。


…。


「さっきから綺麗綺麗って、せんぱいは……んんっ、君のボキャブラリーではそれが限界なのか?」


「……ふふ、うれしいですせんぱい」

//素に戻る


「もっと褒めてください。せんぱいに褒められるの大好きです」


「昔から服作りが好きだったんです。ママが服飾の仕事に就いていることもあって、わたしは幼い頃から服に、そしてマンガ家のパパの影響で二次元の世界に興味を抱いていました」


「そう考えば、わたしがコスプレイヤーになりたいって思うのは、必然だったのかもしれません。コスプレをすれば、わたしはパパもママも感じることができますから」


「……浴衣は作れるのかって?」


「はい、できると思いますけど……わたしの浴衣姿が見たい?」


「いっしょにお祭りに行きたい?」


「い、行きましょうせんぱいっ!」

//興奮しながら(下二文も同じ)


「わたし、パパとママ以外の誰かとお祭りに行ったことないんですっ!」


「ぜ~ったい、約束ですよ?」


「……さっきからキャラがぶれぶれだねって?」


「ふふ。それはせんぱいが、ありのままのわたしに話しかけてくるからですよ?」


「せんぱいはありのままのわたしよりも、演じているわたしのほうが好きなんですか?」

//甘えるように


「えへへ、せんぱいはからかうとすぐ照れちゃいますね。ほんとかわいいです」


「……最後にこのキャラの決め台詞で締めくくってほしい?」


「わたしは構いませんけど、あまり気分が良くなるものではないと思いますよ?」


「……わかりました」


「せんぱいがやってほしいと言うのでしたら、その要望にお答えしましょう」


「んんっ、あ~こほん」


「では、いきますね?」


「愛いヤツめ。安心しろ。骨の髄まで君はボクのものだ。誰にも渡さないよ」


「……え、もう1回?」


「いいですけど、怖くないですか? この独占欲というか……」


「え、そこがいい?」

//驚く


「な、なるほど? そういう見方もあるんですね」


「……もっと近づいて耳元で囁いてほしい?」


「わかりました。ではでは、隣に失礼して……」


//SE:服のすれる音


「愛いヤツめ。安心しろ。骨の髄まで君はボクのものだ」

//耳元で囁くように(下一文も同じ)


「ず~っといっしょですよ、せんぱい」

//甘々な声音で


「んんっ、まったく同じ台詞では芸がないと思ったので、別バージョンのものを用意してみました」


「……え? このキャラにこんな台詞はない?」


「この作品を知ってる?」


「~~っ!」

//悶える


「そ、そそそういうことは早く言ってくださいぃぃ!」


「……さ、さっきのは聞かなかったことにしてくれませんか?」


「その、場の空気にあてられてつい口を衝いて出てしまったものなので」


「……けど、全部本音ですよ?」

//上目づかいで見上げる


「せんぱい、これからもわたしの隣にいてくれますか?」

//不安げに


「……ふふっ、わかってますよ。せんぱいがそのつもりだっていうことは」


「いつまでも、わたしをせんぱいの特別でいさせてください」


「で、ではっ、制服に着替えるので少しだけ廊下に……」

//恥ずかしさを誤魔化すように


「絶対に振り向かないから部屋にいさせてほしい?」


「ふふ、しょうがないせんぱいですね」

//うれしそうに


//SE:近づく足音


「こんなコトを許すのは、世界でただひとり、君だけなんだからな?」

//耳元で囁くように

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