ここではない、どこかへ行きたいと願ったばっかりに……。

 小学校生活五年目。小学生で言うと、高学年、と言われる学年。

 周りは、習い事だ、塾だと忙しそうで。

 塾にも習い事にもいかずに、いつも読書をしてばかりの私はなんだか、クラスでは浮いた存在になってしまった。

 先生に問題の答えを聞かれても、意見を求められても、「分かりません」だったり、周りに意見を合わせるだけの私。

 そんな私だから、いつの間にか、先生にも声をかけられなくなった。

 でも今日。急に先生が私に声をかけてきた。

 聞いた人全部に、「分かりません」をもらった先生が、仕方なくって感じで。

 それがとても久しぶりだったから、声が出なかった。

 答えない私に、先生は大きなため息をついた。

 それが、とても悲しくて。ただただ、地面を見つめた。

 このまま、誰にも見えなくなって、消えてしまいたい。

 そう思った。

 

 異世界ファンタジーの小説ばかりを読んでしまうのは。

 きっと、ここじゃないどこかに行きたいから。

「キミのことが必要だよ」

 そう言ってくれる、こことは違う、どこか。

 行けるはずがない、そう分かっているけれど、願ってしまう。

 今の自分にさよならして、もっと強くて、かっこいい自分に。

 そんな自分になれる場所に行きたい。

 そう、願うから。

 物語を読んでいる時だけは、忘れられる。

 自分の意見が言えない自分も。

 誰かと目を合わせるだけで怖い、臆病な自分も。

 物語の中なら私は、無敵で、勇者。

 空も飛べるし、魔法も使える。

 一番好きな物語は……そうだ。


 学校から帰る時、ふと思い出した。

 こんな沈んだ日には、読みたい物語がある。

 昔、お父さんがよく読んでくれた物語。

 『勇者の記録』というその本は、ノートに書かれた物語。

 どこの本屋にも売っていない、ただ一つの物語。

 私は小さいころからその本が、大好きだった。

 『勇者の記録』のことを思いだしたことで、私の歩みは、軽くなった。


♦♦


 家に帰ると、すぐにお父さんの部屋に来た。

 『勇者の記録』は、お父さんの部屋の、本棚にあったはず。

 そう思って、本棚を見る。だけど、本は見つからない。

 部屋のあちこちを、探してみたけれど、見つからない。

 思わず、床に座り込んでしまう。

 学校で嫌なことがあったんだから、家でくらい、いいことがあったって、いいはずじゃん。なのに。なのに、どうして……。


「ああ、ここじゃない、どこかに行きたい……」


 そう呟いた時だった。


「「ガシャアアアアンッ」」


 大きな音がした。後ろを振り返ると、部屋の壁に取り付けてあった、鏡が落ちて割れてしまっていた。


「ちょっとずれてたら、私にあたってたかも……」


 そんなことを考えると、少しだけ寒気がした。

 とはいえ、このままにしておくわけにもいかない。


 部屋にあったタオルを手に取り、鏡の破片を拾い上げようとした。

 すると、鏡に映るものが目に入った。


「え……」


 鏡の破片に映りこんでいたのは、緑の草原。

 周りを見回してみるけれど、緑をしたものなんて、ない。

 それに、鏡に映る空の色は、水色だけど、窓の外はオレンジ色。


 こんなこと、あるはずない。そう思った。

 だけど、目の前で、は起きている。


 もし、私の考えていることが現実になるとしたら。

 もし、ここじゃないどこかに、この鏡の破片がつながっているなら。

 そこへ、行きたい。

 そう思った。

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