デート(仮)――3

 カップルシートに座った俺と月花は、ふたりしてカチコチになっていた。


 定員二名のベンチみたいな形状をしたカップルシートには、互いを遮る肘置きがない。触れようと思えばすぐにでも相手に触れられる造りになっている。


 そのことが、隣にいる存在を余計に気にさせていた。


「ま、漫画とかラノベでよく出てくるけど、まさか自分が座ることになるとは思わなかったな」

「そ、そうだね」


 俺も月花も互いの顔が見られず、まだなにも映っていないスクリーンのほうを向いている。ただ、かすかに声が上擦っていることから、月花が赤い顔をしているのはわかった。月花も同じく、俺が赤面していることに気づいているだろう。


 それきり俺と月花は黙りこくり、モジモジと身じろぎしたり、チラチラと互いをうかがったりしていた。会話はなかったが、気まずさは微塵もなく、甘酸っぱい雰囲気が漂っている。


 本当に恋人ができたら、いつもこんな雰囲気を味わうことになるのかな?


 相変わらずスクリーンのほうを向きながら、そんなことを考えた。





 体が強張こわばるほど緊張していた俺たちだが、映画がはじまると意識がそちらに向き、徐々に気にならなくなっていった。短い会話をするくらいの余裕も生まれている。


 穏やかな空気感を楽しむなか、いよいよ映画が山場にさしかかった。


 思わず俺と月花は身を乗り出す。


 チョン、と俺たちの手が触れ合ったのはそのときだ。身を乗り出した際に手の位置を変えたのが原因だろう。


「「ひゃっ!?」」


 俺と月花は揃って小さな悲鳴を上げ、パッと手を引っ込めた。


「ゴ、ゴメン、月花」

「う、ううん。わたしのほうこそ、ゴメンね」

「い、いや、大丈夫」


 それぞれが謝るなか、映画がはじまる前に感じていた甘酸っぱい雰囲気が、俺たちのあいだに広がっていく。手が触れ合ったことで、自分たちはカップルシートに座っているのだと再認識したためだ。


 スクリーンのほうに顔を戻すが、先ほどのようには集中できない。俺の意識は完全に月花へと向いている。


 その折り、月花の指先が、遠慮がちに俺の手に触れた。


 ドキンッ! と鼓動が跳ねる。だが、今度は手を引っ込めようとは思わなかった。


 い、いまの俺たちは恋人同士なんだし……こういうたわむれも、いい、よな?


 内心で言い訳めいたことを思いつつ、俺からも月花の手に触れる。ピクンッ、と震える白魚みたいな指。けれど嫌がる素振りはない。


 俺たちは探り合うように、相手の気持ちを確かめるように、互いの手に触れた。チョンチョンと指先でつついたり、スリスリと手の甲で撫でたり、ニギニギと手のひらで握ったり。もちろん、月花は真っ赤な顔をしているし、俺の顔も熱くなっている。


 それでも俺と月花のスキンシップは少しずつ大胆になっていき――ついに指を絡め合わせて、恋人繋ぎになった。




 同時、スクリーンに濃厚なキスシーンが映し出される。




 気まずいなんてものじゃなかった。


 俺と月花は恋人繋ぎのまま固まる。そんな俺たちを置いてきぼりにするかのごとく、映画はラブシーンへと突入していく。


 タ、タイミングってものがあるでしょうよ! なんで恋人繋ぎをした直後にこんな過激なシーンになるかなあ!?


 心臓がバクバクと早鐘を打っている。繋いだ手から鼓動が伝わらないか心配になるほどだ。おそらく、月花も俺と同じ気持ちだろう。


 だがしかし、俺も月花も絡めた指を解こうとはしなかった。気恥ずかしさより、互いを感じたい思いが勝ったからだ。

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