面倒を見ていた幼なじみが高校デビューした。そんな彼女が健気に世話を焼いてくれる
虹元喜多朗
プロローグ
「雛野、よかったらうちの班に入らないか?」
それは中三の頃。修学旅行の班決めをしていたときのことだ。
俺――
小柄で中肉の雛野は、腰まで届く黒髪を持ち、前髪も両目を隠すほど長い。ひどい猫背であることも相まって、『どんより』という擬音が似合う空気感を醸し出している。
雛野は極度の引っ込み思案であり、まともにひとと話すことができないせいで常にボッチ。容姿・空気感・性格のすべてが『陰』に属しているためか、周りから『喪女』と呼ばれていた。
もちろん、所属しているグループなんてあるはずがない。あぶれてしまったのはそのためだろう。
そんな雛野に声をかけたのは、ひとえに彼女が俺の幼なじみだからだ。
雛野の親と俺の親は昔から仲が良く、その影響で俺と雛野はよく一緒に遊んだ。
思春期に入り、異性と仲良くするのをためらうようになったため、中学に上がる頃には雛野と疎遠になってしまったけれど、ひとりぼっちになっているのを放っておけるほど俺は薄情じゃない。
「お。よかったな、雛野。雛野を頼んだぞ、赤川」
教卓から班決めの様子を見守っていた担任が、これ幸いとばかりに乗っかってくる。
耳を澄まさなければ聞き取れないほど小さな声で、雛野が不安そうに
「いい、の? 迷惑じゃ……ない?」
「大丈夫大丈夫。いいよね、みんな?」
雛野を安心させるためにあっけらかんとした顔で答え、振り返って班のメンバーに確認をとる。
「……まあ、いいんじゃないか?」
「放っておくわけにもいかないしな」
どこか曖昧な笑みを浮かべながら、彼らが頷く。
話がまとまったので、俺は雛野を手招きした。
「こっち来なよ。どこ回るか決めよう」
控えめに頷き、見るからにおどおどした様子ながら、席を立った雛野がこちらに来る。
ほんのわずかだけ唇を動かし、雛野が囁くように言った。
「……ありがとう、赤川くん」
「いいって」
俺はニカッと笑ってみせる。
残念ながら、このときの俺は気づけなかった。
俺と雛野以外のメンバーが、面倒くさいと言わんばかりの顔をしていたことに。
結果から話すと、このときの俺の行動はいまでは黒歴史になっている。
俺たちのグループに紛れ込んだ雛野は異物以外のなにものでもなく、付き合いのない俺以外のメンバーは、腫れ物を扱うように彼女と接するほかになかった。
必然、班行動のあいだ、漂う空気は常に微妙なものになっていた。
彼らは雛野を班に入れることを承諾してくれたが、決して歓迎してはいなかったのだ。
彼らが俺の意見に賛同してくれたのは、雛野を拒むと悪者になってしまうと考えたからなのだ。
これはマズいことをしたな、と冷や汗を掻いていた俺は、たまたま彼らの陰口を耳にしてしまう。
「赤川のやつ、面倒なことをしてくれたよな」
「かっこつけたかったんじゃね? まあ、悪目立ちしかしてなかったけど」
「せっかくの修学旅行だってのに……迷惑だよな、ホント」
ズシン、と胃袋が重くなったような感覚は、いまだに忘れられない。
この苦すぎる経験から俺は学んだ。
でしゃばってもろくなことはない。目立たず、控えめに、無難に生きるのが一番だと。
◎ ◎ ◎
それから時が経ち、翌年の四月。
高校の入学式のあと、俺のクラス――一年二組では自己紹介が行われていた。
各生徒がひとりずつ自己紹介をしていくなか、ある女子生徒の番がやってきた。
立ち上がった女子生徒にクラス中の視線が集まる。
男子も女子も、等しく目を奪われていた。
しかたないだろう。その女子生徒は、キラキラ輝いていると勘違いしてしまうほどの美少女だったのだから。
庇護欲をそそる小柄な体。
ミルク色の肌は見るからにツヤツヤ。
星空を写したような黒いセミショートヘアは、サイドがオシャレに編み込まれている。
優しげな垂れ目はさながら黒真珠で、リップが塗られた唇は花びらのよう。
ピンと背筋が伸ばされているため、クリーム色のカーディガンを押し上げる、豊かな胸の膨らみが一層強調されている。
彼女に見とれるクラスメイトのように、俺はあんぐりと口を開けていた。
ただし、俺が呆然としている理由は、彼ら彼女らとは若干異なる。
柔和な顔立ちに緊張を滲ませながら、すー、はー、と深呼吸したのち、女子生徒が口を開いた。
「……は、はじめまして、雛野月花です。仲良くしてくれたら、嬉しい、です」
そう。彼女は、中学時代に『喪女』と呼ばれていた、俺の幼なじみだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。