大江戸妖怪町
岡本梨紅
プロローグ
「お母さん、ほめてくれるかな」
澪は赤いランドセルを背負って、手には100点と大きく書かれたテストの答案用紙を持って、田園風景が広がる道を軽い足取りで歩いていた。澪が住む神城の町は、平凡でのどかなで、人々の繋がりが強い町だ。
ついこの間、学校で国語のテストがあり、澪はそのテストで、唯一の満点を取った。先生にも、クラスメイトたちにも「すごいね!」と言われ、澪は照れ臭かった。
いつも両親は新しく生まれた妹を気にかけている。澪も妹が嫌いなわけじゃない。澪はもう10歳。赤ちゃんのお世話がどれだけ大変かわかっているつもりだ。だから、学校から帰宅したら、全ての家事をこなしていた。でも、たまには自分を見てほしい。褒めてほしいとも思うのだ。
「ただいまー!」
澪は家の鍵を開けて、帰宅を知らせる声を上げると、玄関で靴を揃えてから廊下を進む。途中にある洗面台でよく手を洗ってから、リビングに続くドアを開けた。同時に、母が2階から疲れた顔で降りてきた。
「あぁ、澪。帰ったのね」
「ただいま! ねぇお母さん見て! わたし、クラスで一人だけ満点だったの! ねぇ、お母さ「うるさい!」」
バチンッ ドタッ
澪は何が起きたかわからなかった。ただ、答案用紙が目の前に落ち、自分が倒れていることと、頬が熱を持ち始めたのがわかった。
「やっと赤ちゃんが寝たところなのよ! そんな大声を出したら起きちゃうでしょ⁉ 夜泣きが酷くて、お母さんは疲れてるの!!」
「ご、ごめん、なさい……」
その時、2階の寝室から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
「あーもう! 起きちゃったじゃない! 澪のせいだからね‼」
母は澪を叱りつけて、2階の部屋に戻った。
母の姿が見えなくなってから、澪はボロボロと涙をこぼした。
「ヒック、ヒックッ。なにを、したら、ほめて、もらえるのかな……」
澪は立ち上がり、涙を拭くが泣き止むことができない。
(このままじゃ、またお母さんに怒られる)
澪はランドセルを背負ったまま、家を出た。自分が声を上げて泣けば、より妹が泣き、母に怒られると思ったからだ。
「わたし、がんばってるのに……。お料理も、お母さんは赤ちゃんのお世話で手がはなせないから、やってるもん。お洗濯だって、おそうじだって、やってるのに……」
澪は呟きながらもボロボロと涙をこぼす。手でどれだけ拭っても溢れてくる涙に、余計に悲しくなってくる。
ふと、澪は赤い塗装が剥げた古い鳥居の前で足を止める。辺りはもう夜にさしかかり、満月が顔を見せていた。森の奥には、真っ暗な闇が広がっている。
この森のことは、地元では有名で、通称『神隠しの森』と呼ばれている。戻ってくる者もいれば、永遠に帰ってこない人もいるとか。だからこそ、「森には絶対に入るな」と強く言われている。でも、今の澪は誰にも会いたくなかった。それに、自分はもう愛されることはないと思っていた。
「お母さんたちには、妹がいる。もうわたしはいらない存在……」
そう呟いて、澪は鳥居をくぐり、ゆっくりと森の奥に姿を消した。
「ただいまー」
仕事から帰ってきた父は、玄関に澪の靴がないことに、真っ先に気づいた。
「澪?」
父は急いでリビングのドアを開けた。この時間は、澪が料理を作ってくれている最中のはず。でも、キッチンに澪の姿はなかった。ただ、リビングには澪の国語の答案用紙が落ちていた。
「あなた、おかえりなさい」
そこへ、2階から赤ちゃんを連れて、母親が降りてきた。
「おい! 澪はどこだ⁉」
「え? 料理をしてるんじゃ「馬鹿を言うな! 玄関に靴がなかったぞ! それにこれがあるってことは、一度は帰ってきているんだろう⁉」
お父さんは澪の答案用紙を母親に突きつけた。それを見て、彼女は自分が澪に何をしたかを思い出し、顔を真っ青にした。
「わ、私、澪のこと……っ」
「とにかく、警察に連絡するからな!」
外はすでに真っ暗だ。自分たちだけでは探せない。父親はすぐに警察に連絡をいれた。警察は総動員で澪を探したが、塗装が剥げた鳥居の前で子どもの小さな足跡が見つけ、森の中を捜索するが、澪の足取りはまるで神隠しにあったかのように、プツリと途絶えていた。
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