ショートショート置き場

枢木透

通気性の悪い教室

 日が傾き始める夕方手前、どこにでもある普通の高校、生ぬるい風が吹き込む教室に、二人の影がある。一人は10代後半の女性、制服を着ている。もう一人は水色のシャツを着た20代後半の男性、女生徒の教師だろうか、黒板へと文言を綴つづっている。

しばらくもしないうちに女生徒は授業に飽きたのか机に頭をつけた、額に浮かぶ汗を拭きながら、ジトっとした目を教師へ向ける。

「楠木先生、最近暑いですね」

 少なくとも、一度は受けたことのある内容を再び行う、補修というのは誰でも嫌にになるもので、活力もなくダラダラと板書をノートへと写していく。

「そうですね、もう6月後半ですからね」

 楠木と呼ばれた教師は振り向かずに答え、板書を続ける。しばらくの間、カッカッと黒板をチョークが走る音と、項垂れた女生徒の暑さに唸るが聞こえるばかりで、時間が過ぎていく。その数分後、女生徒はまたもや教師へと雑談を投げる。

「先生は夏休みは何するんですか」

教師は一通り板書が終わったのか、今度は女生徒へと向き直り、教卓に教科書を置きながら質問に答える。

「君たちの書類整理と……まぁ後は家でゴロゴロかな」

「味気ないですね」

 女生徒の動きは魯鈍で、いかにも面白味のない解答が返ってきたと言わんばかりの面持ちである。その事に気づいてか気づかずか教師は女生徒の席へと近づきノートの出来を確認する。やはりと言うか、彼女のノートは白紙に限りなく近い状態だった。

「由奈さん、君も補修で味気ない夏休みを過ごしたくなければ、指を動かすことですよ」

 ノートへトントンと指を置きながら、教師は咎めるように眉を下げる。

 すると女生徒は教師に対して苦虫を噛み潰したような表情で「雑談も許さないなんて、心の狭い大人ですね」とつまらなさそうに零す。

 それに対して教師は女生徒の不満をサラリと流し、代わりに薄く笑いながらこう口にする。

「私は大海のように広い心を持っていますよ、まだあなたの成績を1にしてないですからね」

「ありがとうございます楠木大明神様〜」

 ははぁと両手を高く上げてゆっくりと落とす仕草を何度かした後、ひょこっと顔を上げるとそこには反省とは程遠い、何かを含んだ笑みを浮かべていた。その表情を見て教師も頭を振りながらふぅとため息を吐き、「調子のいい子供もいたものですね」と半ば呆れたように呟いて、教壇へと戻る。

「先生まで、私を子供扱いするんですか?」

 その言葉に不満があったのか、女生徒はそっぽを向きながらブーブーと口を窄める。

「テストで赤点を取らなくなったなら、やめてあげますよ」

 教師はふふっと笑いながら、女生徒に意地悪な目を向けている。

「嫌な大人ですね」

 そう女生徒がまたもやジトーっとした目を向けて非難する。当の教師はどこ吹く風と受け流しながらまたチョークを取り、黒板へと書き始める。

「はいはい、さてと授業に戻りますよ」

「はーい」

 女生徒のその言葉を皮切りに、授業は再開した。まだ生ぬるい風が弱く教室を通り過ぎ、女生徒の髪を少しだけ揺らした。

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