第47話 御令嬢たちの密談
「アイリス様!無事なんですの?!」
カリーナに運び込まれた医務室で治療をしてもらい、手当を終えてベッドで横になっていると、勢いよくドロテアが飛び込んできたのだった。
「ドロテア様……、はい、無事ですわ。」
アイリスは弱々しく笑った。
痛み止めを飲んでいるとはいえ、縫ってもらった傷口は、まだズキズキと痛むのだ。
「そう……あまり大丈夫そうに見えないけど、先ずは無事でよかったわ……」
そう言ってドロテアは、アイリスの事をそっと抱きしめた。
「ドロテア様……」
「良かった。貴女が居なくならなくて本当に良かった……」
彼女からは自分は良く思われていないと思っていたから、思いもかけずドロテアから優しい言葉をかけられて、アイリスは胸が一杯になった。
(ドロテア様が私の身を案じてこんなに心配してくれるなんて……)
暖かい気持ちが胸に溢れてきて、ドロテアの事を前より好きになれそうだなと思い始めたのだが、その考えは、次の彼女の言葉で止まってしまったのだった。
「だって貴女が居なくなったら、私レナード様の婚約者候補の筆頭から外れられないんですもの。」
「……ドロテア様……?」
彼女の言っていることの意味が分からず、呆気に取られたのち、アイリスは怪訝そうにドロテアに呼びかけてみたが、彼女は益々意味が分からない事を話したのだった。
「だって、レナード様は貴女の事を気に入っているわ。だから彼が望んで貴女が受け入れたら、晴れて私は殿下の婚約者候補から外れられるのよ。そうしたら、ルカス様もきっと、ちゃんと私のことを見てくださる筈だわ。」
「待ってください。話が飛躍し過ぎていませんか……?殿下が私の事を気に入っているだなんて……」
ドロテアの話に、アイリスは頭を抱えた。
そんな、ありえない事を前提に話をされても、ドロテアが望むようにはいかないだろと分かっているからだ。
アイリスは困惑しながらも誤解を解こうと、興奮気味に話すドロテアと対話を続けようとした。
けれども、ドロテアの勢いは止まらなかったのだ。
「レナード様のは、分かりやすいわよ。普通、いくら庭といった開けた空間でも、夜に異性と二人で会ったりしないわよ。私も、レナード様も、幼い頃からそういう事は避けなさいと徹底的に教育されているのよ。」
「それは私が殿下に月明かりの下でしか掛けられない魔法を使う為に仕方なく……」
「それに、貴女だってレナード様の事、慕っているでしょう?」
「そ、そんな恐れ多い……確かに、レナード殿下は素晴らしいお方で尊敬はいたしておりますが、それが恋慕かと言うと……」
「尊敬だけで、ここまでの行動が取れるものですか?!」
ドロテアからのこの指摘に、アイリスはどきりとした。
それは考えないようにしていた感情。
胸の奥に芽生え始めていたこの気持ちは表に出していない筈だった。
だって、次の満月の日が来たら、この役目は終わって、自分はここから去らなくては行けないのだから。
領地に戻って、以前と変わらず領民の為に働いて、そしてゆくゆくはサーフェス領に益となる縁談を受けるのだ。
田舎の貧乏伯爵の娘と、王太子殿下との縁など領地に戻ったら、プッツリと切れてしまうだろう。だってそれだけの関係なのだから。そんな事は分かっている。
捕われていた時に、ドアが開いて助けに来てくれたレナードの顔を見た瞬間、安堵とか嬉しいとか、言葉で言い尽くせない暖かい感情が流れたのは確かだった。
それに、毎夜の二人だけのあの時間。アイリスも、レナードも、気兼ねなく素の自分でお互いの事を語り合うあの時間が、何よりも尊いと思っていた。
けれどもこれは期間限定なんだから。
そう言い聞かせて、自分に線引きをしていた。錯覚しそうになるが、自分とレナードでは本来住む世界が違うのだ。
「もう、煩わしい事なんか考えずに、自分の気持ちに素直になりなさいよね、私みたいに。だって貴女はこんな……大きな怪我を負ってまで尽くしているのに……」
そう言ってドロデアはアイリスの頬にそっと手を添えて慈しむように彼女を見つめた。起点は自分本位な考えであったかも知れないが、ドロテアの瞳はアイリスの事を心から心配そうに見つめていたのだ。
「ドロテア様」
「何よ。」
「ご心配有難うございます。」
彼女の気遣いに気づいたアイリスは、ニコリと笑った。城では同性からは嫉妬や妬み等の悪意しか向けられていなかったので、彼女のこの自分を心配してくれる気持ちが本当に嬉しかったのだ。
「べっ、別に貴女の事を心配してた訳じゃ無いわよ。」
想定外に満面の笑みでアイリスから感謝をされて、ドロデアは顔を赤らめた。それから、照れ隠しなのかつっけんどんな態度を取って、アイリスから目を逸らしたのだった。
そんな姿もとても可愛いらしかった。
初めの頃は、敵意を向けてきたドロテアを苦手と思っていたが、その考えは今やすっかり変わった。
彼女は少し変わっているけれども、心優しい素敵な女性なのだ。
わざわざお見舞いにまで来てくれて、自分の事を励ましてくれたドロテアの事を、アイリスは前よりもっと好きになった。
そして、
(こんな素敵な人あのルカス様には勿体ないのでは無いか)
と、そんな事も思ったのだった。
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