第43話 絶体絶命

翌日になっても、事態は何も変わっていなかった。


(必要最低限生活が出来る物は揃っているけどね……)

アイリスは手持ち無沙汰でベッドに腰を下ろしていた。

人質といっても部屋の中では好きに動けるし、人間らしく過ごす事は出来てはいるが、する事が何もなく監禁され続けるのはやはり辛かった。


この日は、本当に何にも動きがなかったのだ。


昨日一人になりたいと言ってからは、カリーナは食事を届ける時以外は部屋にやって来なかったので、話し相手も居ないし、嫌な感じの侯爵も部屋を訪れなかったので、アイリスは一人部屋の中で、何もせずに時間の経過をただ待つしかなかったのだった。


(よく知らない人と部屋で二人の気疲れの方がまだマシだったかしら……?)


あまりに退屈で、カリーナが側にいてくれた方がマシだったかなとそんな事を真剣に考えてしまった。


***


動きがあったのは監禁されてから三日目だった。

カリーナが昼の食事を届けてくれた後だったので、時刻は午後であっただろう。


いつまで続くか分からないこの監禁に、アイリスはどんどん疲弊していっていた。一人部屋で心細い気持ちに負けないようにお祈りしていると、部屋のドアがガチャリと音を立てたのだった。


(カリーナ?いえ、でも彼女が昼の食事を届けてから、まだそんなに時間が経っていないはず……)

アイリスは注意して訪問者が入ってくるドアを見つめた。


(もしかして助けが来たのかしら?!)

そんな期待を持ちながら、ドアを見つめた。


しかし、そんなアイリスのそんな希望は直ぐに打ち砕かれてしまった。

部屋に入ってきたのは、バートラント侯爵だったのだ。



「誠に残念ですが、交渉は決裂しました。貴女には死んでもらいます。」

部屋に入ってくるや否や、侯爵はわざとらしく大きくため息をついて見せて、実に残念だという風に演技をしながら、とんでもない事をアイリスに告げたのだった。


「はい、そうですか……って、そんなの受け入れられるわけありませんわ!!」

「貴女に拒否する権利はありませんよ。」


顔は笑っているのに、その目は大変冷たくて、温かい血が通ってるようには見えなかった。バートラント侯爵が、人では無い得体の知れない生き物に感じられて恐ろしかった。

アイリスは思わず後ずさった。彼の目から本気であると分かったからだ。


「貴女の犠牲が必要なんですよ。この国の為にも、娘の為にも。まぁ、名誉だと思って死んでください。」

短剣を構えた侯爵は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままであったが、恐ろしい事を口走ってアイリスに突進してきたのだった。

部屋の隅に追いやられていた彼女は、咄嗟に逃げる事が出来なかった。


否、彼女は逃げなかった。


堂々と侯爵と対峙して、その突進を真正面から受けようとしたのだった。


キィィィィィィィィンッ


そして大きな音が部屋に響いた。


アイリスの胸に短剣を突き刺そうと勢いよく突進してきた侯爵が、見えない力によって弾き返されたのだ。


(今だわっ!!)

アイリスは床に転がった侯爵の横を抜けてドアに向かって走った。今なら鍵が空いているので外に出られるのだ。


ドアはすぐそこ。

アイリスは手を伸ばして外へ出ようとしたその時だった。

床に這いつくばったままの侯爵に足首を掴まれて、彼女もまた床に倒されてしまったのだった。そして、そのまま部屋の中央付近まで引き戻されてしまった。


「なんだ、今のは?!」

「わ……私には強力な防御魔法がかかっているのです。だから私に害なす事は止めてください!!貴方が今みたいに傷付きますよ?!」


月の加護の魔法は一度しか攻撃を弾かないので、アイリスのこの発言はハッタリであったが、そんな事は言わなければバレないので、アイリスは語気を強めて侯爵を牽制した。

これで諦めてくれる事を願って。


「そうか、サーフェス家は確か古の魔道士の家系だったな、油断した。」

「そうです!!分かったなら諦めて引いてください!!」

アイリスは掴まれた足を必死にばたつかせて、なんとか侯爵の手から逃れようともがいたが、力の差はどうにも出来きず、抵抗虚しく床に組み敷かれてしまった。


「顔を見られて、色々知られてしまっているのに、どうしてこのまま解放できようか?」

「……だ、誰にも言いませんわ……」

「信用できるか。物理的に喋れなくするのが一番安全だ。」


侯爵は血走った目でアイリスの首を押さえつけた。もはや、彼女の助けを請う声は届きそうになかった。


(月の加護は先程既に発動してしまっているし、どうしよう……)


侯爵の手には短剣が握られている。

それがゆっくりとアイリスの首元へ近づいてくる


絶体絶命だった。


「助けて……」

アイリスは涙目になりながら、声にならないくらい小さな声で呟いた。


その時だった。

部屋のドアが力強く開けられて、人がなだれ込んで来たのだった。

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