第32話 ドレス(レナード視点)

アイリスにドレスを贈りたいと思ったのは、純粋にお詫びの意味もあったのだが、それよりも下心が勝っていたのは事実だった。


自分が贈ったドレスを着た姿を見てみたい。彼女に喜んで欲しい。単純にそう思っていたのだけれども、自身の申し出が、逆に彼女を困らせる事になってしまって、レナードは胸を痛めていた。


自分の身分の高さを恨めしくも思った。


ドレス一つでアイリスが酷く困惑してしまったので、レナードは先程の自分の提案を取り下げることにした。彼女にドレスを贈るこのような機会が次にまた有るかは分からないが、彼女の困っている様子をこれ以上見ている方が辛かったのだ。


けれどもドロテアがコチラを見て一瞬ニヤリと笑うと、レナードが言葉を発しようとしているのを静止して、代わりに彼女が、この場を取り仕切りだしたのだった。


「貴女の考えは分かったわ。私に任せなさい。ルカス様、今直ぐここに服飾職人を呼んで、何着かドレスを持って来させて下さいませ!」

ドロテアはアイリスを宥めると、何やら妙案があるようで、毅然とした態度で説明を続けた。


「いいこと、これからやって来る服飾職人は私にドレスを持ってきます。代金はレナード様持ち。私に迷惑をかけているのだからそれくらい当然ですわよね?!」

「あ……あぁ、それは勿論構わないが……」


レナードから言質を取ると、ドロテアは満足そうに頷いて、そして言葉を続けた。


「それで、私のついでに、貴女もドレスを選びなさい。これは私からの命令です。いいわね?!」

「わ……分かりましたわ……」


ドロテアの勢いに圧倒されて、アイリスは素直にこの話を受け入れた。この方法ならば、レナードがドレスを贈ったのはドロテアという事になるし、ついでのアイリスは目立たなくなるのだ。


これで、アイリスのドレス問題は解決の目処が立ったのだった。



それからドロテアは、ルカスに早めに国王陛下へ仮面舞踏会の件を進言するようにと促し、アイリスには手持ちの宝飾品を持って来るようにと指示を出した。

なのでアイリスとルカスの二人は、ドロテアに言われた事を行う為に直ぐに部屋を出て行った。

そして二人が退室するのを見届けると、ドロテアはレナードに話しかけたのだった。


「レナード様、ちょっといいかしら?」

ドロテアはわざと二人を退出させたようだったので、何か彼女から人に聴かれたくない話があるのだろうとレナードは察した。


「カーリクスは部屋に残って居てもいいのかい?」

「カーリクス様は関係ないから居ていいのよ。それに、私と貴方が二人だけで部屋いるという事実を作りたくないから、むしろ居てもらわないと困るのよ。」

「それもそうだね。」


異性と二人だけで部屋にいるのはあらぬ誤解が流布されてしまうかもしれないから、絶対に部屋で二人きりになってはいけない。

自分も、ドロテアも、幼い頃からそういった類の注意は幾度となく受けていたのでそう言ったことへの配慮は敏感だった。


「それで、なんの話だい?君がルカスを遠ざけてまでする話なんだから、とても重要な事なんだろうけど。」

ソファに座り直すと、改めてドロテアの方を見た。彼女がルカスの事を慕っているのは知っているし、いつも何とかしてルカスの側に居ようとしている彼女が、自分から彼を遠ざけたのだ。今から話す事はとても重要な事に違いない。レナードは少し緊張しながら言葉を待った。


「えぇそうよ。私にとっても、貴方にとっても、とても重要な事よ。」

ドロテアは前置きをつけて勿体ぶりながら本題を告げた。

「単刀直入に言うわ。私たち手を組むべきなのよ。」

にっこり微笑みながら、彼女は堂々とレナードにそう提案したのである。


しかしこれには、レナードも戸惑うしかなかった。

「……単刀直入過ぎて、意味が全くわからないな。」

そう、重要な事はまだ、何一つ話していないから、ドロテアの考えが何一つ分からないのだ。


レナードが困惑しているのを見ると、ドロテアは、察しが悪いわねといった呆れたような目を向けて、レナードが理解できるように分かりやすく指摘をしてやったのだった。


「貴方、アイリス様のこと、気に入っているでしょう?」

「どうしてそう思うんだ?!」

「簡単なことよ。普段貴方はドレスなんて贈らないからね。分かりやすすぎるのよ。」

「そ、そうなのか……」


ドレスを贈る行為は一般的に好意のある相手にしか贈らないというのは知っていたが、お詫びなどというそれらしい理由も付けたし、決してこの好意は気付かれないだろうと思っていたが、こうもあっさりとドロテアに見破られるとは思ってもみなかった。


「まぁ、あの様子だと本人には全く伝わってなさそうですけどね。まったく、感謝してよね。私の機転が無かったら、レナード様のドレスをあの娘は受け取らなかったでしょうからね。」

「……そうだな……」

別に彼女に気づいて欲しかった訳では無いが、ドロテアから向けられた同情のような目が、なんだか胸にズシリと来るものがあった。

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