第30話 作戦会議
「まぁ、あのお方が例の御令嬢?とてもそんな風には見えないですが、随分としたたかな方なんですのね。」
アーネストに呼び出されてからたった一日で、アイリスはよからぬ噂話の渦中に取り込まれてしまっていた。
昨日、アーネストに呼び出されて部屋に二人きりで居た事が、ある事、ない事尾ひれをつけて城内に広まっているのだ。
「一体どのような手を使って殿下に取り入ったのかしら。おぞましいわね。」
「信じられませんわ!レナード殿下に気にかけてもらっているのにアーネスト殿下にも媚を売るなんて。」
レナードの侍女というだけで、前から良くは思われていなかったのだが、そこに更にアーネストとの噂話まで加わってしまい、女官の居住エリアをただ歩いているだけなのに、針のむしろを歩いているようだった。
「私アーネスト殿下に図られましたわ!何とかして下さい!!」
レナードの執務室に着くや否や、アイリスは目の前にいたルカスにそう詰め寄った。
昨日アーネストと一緒にいたのはあの部屋で対話した数分間のみだし、入室退室も、もちろんアーネストとは別々だった。
にも関わらず、このような噂が一晩で広まると言うのは、誰かが、意図的に噂を流したとしか考えられないのだ。
「貴女が迂闊だったのでしょう?何でついて行ったんですか?」
「殿下がお呼びですって言われたら仕方ないでしょう!」
「兎に角、第二王子派までは情報をコントロール出来ませんから。諦めて下さい。」
「あぁ、もう!私の評判最悪だわ!……私だけなら良いけど、兄にも影響が出ないかしら……」
そう言ってアイリスは頭を抱えた。自分だけならまだ良いが、アイリスの評判が、城勤めをしている兄フランにまで迷惑をかけないかそれが気がかりであった。
「本当にすまない……君を巻き込んでしまって……」
「……殿下が謝る事ではありませんわ。契約ですから、……これも仕方ありませんわね……」
申し訳なさそうに、レナードが謝罪の言葉を口にするので、アイリスはどこか諦めたような笑顔でそう言った。
当初予想してたより、自分の評判は最悪なものになってしまっていたが、こうなったらもうどこまで悪くなっても同じだろうと、アイリスは大きくため息をつくと、開き直る事にしたのだった。
「それで、その……。本当にアーネストとは何も無かったのか?その、向こうから言い寄られたりとかは……」
アイリスの様子を伺いながら、レナードは言いにくそうにそう訊ねた。
「何ですかそれ、殿下まであのような噂を信じるのですか?!」
「ち、違う、そうじゃない!」
心外だといった表情で声を上げたアイリスに、レナードは慌てて否定した。
「ただ、あいつは狡猾で、私が嫌がりそうな事を仕掛けてくるからね……。君が嫌な思いをしていないかと思って……」
「大丈夫ですよ。昨日話した事が全てですから。ただ、やはりアーネスト殿下は私の事を怪しんではいますね。呪いの事はまだバレていないとは思いますが。」
「そうか……それなら良かった。」
アイリスの説明を聞いて、レナードはホッと胸を撫で下ろした。
「まぁ、その事は一先ず置いておいて、それよりも目先の問題です。三日後にある国王主催の夜会をどう乗り切るのかコレの方が問題です。その為に集まってもらったんですからね。」
ルカスの仕切りで、アイリスのこの問題は一旦打ち切りになった。今日の本題はそれではないのだ。
三日後に開催される国王主催の夜会は、前々から決まっていた事なので、どうしても避けられないイベントなのだ。この危機をどうやって乗り越えるのか、それを話し合うために部屋にはアイリス以外にドロテアもこの場に呼ばれていたのだった。
「……正直に言おう。出来ることなら出席したくない。」
心底嫌そうな顔で、レナードはそう言った。
「何を言っているんですか、殿下の為に開かれる夜会何ですからね。」
「全く頼んでいないのだが?!」
「仕方ありません。殿下はもう十七歳なのに未だに婚約者が決まっておられないのですから。国王陛下なりの親心なのでしょう。」
「分かってるよ。早く婚約者を見つけろって、最近特に五月蝿いからね。」
けれどそんなお節介は勘弁してくれと、レナードはげんなりとした顔でそう言ったのだった。
そんなレナードの様子をチラリと眺めると、ルカスは今度は完全に自分には関係ないと思って傍観しているアイリスの方を向いて一通の封書を取り出したのだった。
「それで、コレが貴女の招待状です。」
アイリスは自分は侍女として何処かで待機してる位の役割だろうと思っていたので、ルカスから渡された想定外の夜会の招待状に思わず驚きの声を上げてしまった。
「えぇっ?!私も出るのですか?!」
「当たり前ですよ。伯爵家以上で、健康で、政治的思想に問題がなく、王太子殿下と釣り合いが取れる年齢の、婚約者のいない令嬢なのですからね。」
「確かに、全部当てはまってますけど……」
まさか自分が王宮の夜会に出席するなどと夢にも思っていなかったのだ。
「当日は、ドロテア様と貴女とで、殿下をしっかりとガードして下さい。ダンスも出来れば貴女たちが交互に殿下のお相手となって……」
「……ちょ、ちょっと待って下さい!殿下とダンスなんて嫌です!!」
突然告げられた、自分の役目をアイリスは反射的に拒絶してしまった。これ以上目立つような行動は取りたく無かった。
多くの御令嬢がその婚約者の座を掴みたくて熱い視線を送っている王太子殿下と夜会でダンスを踊るだなんて、反感を一身に集めてしまうだろうと容易に想像出来るのだ。
「嫌……なのか?」
「当たり前じゃ無いですか、これ以上目立ちたくありません!!」
「そ……そういう意味か……」
アイリスから即答で、自分とダンスを踊る事を断られたレナードは、思わず傷ついて聞き返してしまったが、彼女の真意が自分を拒絶したのでは無いと分かると、静かに安堵の声を漏らしていた。
「なるほど、要は貴女が目立たなければいいのですね?」
「それはそうですけど……」
ルカスは、珍しくアイリスの要望を聞き入れようとしていて、なにやら思案を始めた。そして、妙案を思いついたのか、パッと明るい顔をすると、自信満々にアイリスの希望を叶える方法を語った。
「分かりました。当日は仮面舞踏会となるように進言してみましょう恐らく派手好きの陛下のことですから乗ってくると思います。それで髪の色も変えれば、誰も貴女だとは気付かないと思います。」
それは、ルカスから出て来る提案としては、本当に珍しくアイリスの希望を叶える最良の案だった。
確かに仮面をつけて髪の色も変えてしまえば、アイリス・サーフェスとして注目される事は無いだろう。
けれども、それならば……と、
アイリスはより、レナードが安全になる方法を思いついたのだった。
「それは確かにそうですけど……でも、それでしたら、その方法で背格好の似た殿方に仮面を付けて髪色を金に染めて、影武者の立てれば、そもそも殿下が不必要に人前に立たなくて済むのではないでしょうか?」
そう。それならばレナード自身に代役を立てて、彼本人がそもそも表舞台に出ない事の方が一番安全ではないか。アイリスはそう気づいたのだ。
「なるほど……確かに……一理ありますね。」
アイリスの発言に、ルカスは再び検討を始めた。何がレナードにとって最良となるのかを。
「分かりました。それでしたら私が殿下の代わりを……」
「そんなのダメですわ!!」
その大きな声に、その場にいた全員が驚いて声の方に注目した。
ルカスが、自分がレナードの影武者を務めると発言しようとしたのを、今まで静観していたドロテアが、大きな声で遮ったのだ。
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