第10話 王太子との対話
(一体、何を話したらいいのだろうか……)
アイリスは対面に座るレナード相手に困惑していた。なんとお声がけしたら良いのかが、全く分からないからだ。
しかし、そもそも目下の自分から声をかけるのは無礼だと思い直して、アイリスは自分が話すのではなくレナードが口を開くのをじっと待った。すると、ルカスの退室を見届けて椅子に座り直したレナードは、アイリスに向けて謝罪の言葉を口にしたのだった。
「すまない、アイリス嬢。ルカスも決して悪い奴では無いんだ。ただちょっと頭が硬すぎて、人の機微に疎いと言うか……」
「おやめ下さい、殿下が謝ることなど何もありません。」
アイリスは頭を下げそうになっているレナードを慌てて止めた。
確かにルカスの言動には思うところはあったが、けれどもそれはルカス自身の問題であり、いくら主君であるからといって、彼が頭を下げる必要など無いし、王族に頭を下げさせているなんて万が一他の人に見られでもしたら、どんな誤解を受けるか考えただけでも恐ろしかったので、アイリスは慌てて彼の謝罪を遮ったのだ。
すると、そんなアイリスの様子から、レナードは自分が王族である事で彼女が萎縮してしまっている事に気づいて、少し考えるような素振りをした。
それから、彼は申し訳なさそうに笑うと、アイリスに自由に思った事を発言して良いと許可を与えたのだった。
「ここには君と私しか居ないから、ここでの見聞きは不問にする。だから、君も素直に思っている事を話していいよ。」
レナードのその言葉にアイリスは少しだけ緊張を解く事ができた。そして、彼は目下の者をきちんと気遣えるお優しい方なのだなと、我が国の王太子の人柄に改めて強く感銘を受けたのだった。
「それで、君は本当にルカスの言うように、私の側に使えると言う事を納得して引き受けているのかい?」
「……王族に仕え支えるのは貴族の勤めですから。王太子殿下がお望みであれば、私はそれに従うまでですわ。」
伏せ目がちにアイリスは答えた。この件に全て納得しているかと言われたらそうではないが、それでも、今答えた事に嘘はなかった。
「それに、この問題がいかに大変な事なのかも分かっているつもりです。王太子殿下の今のお立場では、少しの隙も見せられないと言う事も……」
少し言いにくそうにアイリスは言葉を続けた。
レナードは王位継承権第一位の王太子ではあるが、彼の立場は余り良いとは言えなかったのだ。
同じ歳の腹違いの第二王子であるアーネストを王太子に推す勢力が勢いを増しており、既に生母が亡くなっていて、後ろ盾が少ないレナードは少しでも隙を見せたら、そこを突かれて足元を掬われかねない状況なのだった。
(アーネスト殿下も優秀な方だと言うお噂は聞いているけれど、彼が推し進めるのは中央集権。もし、アーネスト殿下が国をお継ぎになったら、ますます地方は衰退してしまうのではないだろうか……)
そんな懸念を考えながら、アイリスは一年前の領地での祭りを想い出していた。
年に一度サーフェス領で行われる幻月祭は、その年に十五歳になる領地の娘の中から選ばれた数名が月の女神の化身として中央の広場に組まれた櫓の上で舞を踊り領地の繁栄と安寧を願うという、アイリスも子供の頃から毎年楽しみにしている領地最大の行事だった。
そして、去年は月の女神の化身の役目をアイリス自身が担ったのだが、櫓の上から踊りながら人々の様子を眺めた時に、年々活気がなくなりこじんまりとしていく幻月祭の様子に気づいて、何とも言えぬ寂しさと、このままでは人がどんどん居なくなってしまうのでは無いかという恐れに胸がざわついたのだ。
(もしここで、レナード殿下が王太子から引き摺り下ろされて、アーネスト殿下が王位を継ぐことになったら、きっと地方領地は今より益々衰退してしまうのではないだろうか……)
そのような考えが頭を過ぎって、アイリスはこの国の地方領地の未来を案じて、遂に覚悟を決めたのだった。
「私はしがない地方の伯爵令嬢です。なので政治のあれこれは分かりませんが、けれども、殿下が地方の事を気にかけて下さっているのは存じております。」
アイリスはレナードを真っ直ぐに見つめると、凛として自分の意思をハッキリと伝えた。
「これは、サーフェス家ではなく、あくまで私個人の意見ですが、私は殿下はこの国をより良い方へ導いてくださるお方だと思っております。殿下が地方視察を積極的に行い、王都との格差が広がっていく地方の領地をなんとかしようと動いていらっしゃる事は有名です。サーフェスの領地の衰退を憂いている私にとっては、だからレナード殿下に地方を救って欲しいと思っているのです。なので、この国の未来を担う大切な殿下のお力になれるのならば、口付けの一つや二つ、いくらでも協力致しますわ。」
堂々とそう宣言したアイリスの言葉に、嘘偽りは無かった。色々と腹に落ちない事はあったものの、レナードの今までの功績と、その人柄に実際に触れて、彼の為にならばと覚悟を決めたのだ。
そして覚悟を決めたアイリスは強かった。納得できない事も全て飲み込んで、彼女はスッキリとしたような顔で微笑んでみせたのだった。
「……有難うアイリス嬢。貴女の決意と私への評価を大変嬉しく思うよ。」
アイリスの言葉にレナードは一瞬驚いた顔をして、それからとても嬉しそうな笑顔を見せた。
自分の意見を堂々と話すアイリスは、今までレナードの周りにいた、媚を売るだけの令嬢達とは明らかに違って見えて、このしっかりとした御令嬢にレナードは少し興味を惹かれたのだった。
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