大英雄、日本に立つ
カツオなハヤさん
英雄帰還編
第1話 大英雄、働く
昔々、そのまた昔。まだ人が神と魔と共存していた時代。
多くの英雄が神々からの加護を受けて冒険を行い、迫り来る魔性の軍勢と戦いを繰り広げていた激動の時代においてただ一人、最強と謳われる男が居た。男の名は、ヘラクレス。大神ゼウスとアルクメネーとの間に産まれたギリシャ最大最強の英雄である。メネアの獅子やヒュドラ討伐を始めとした十二の難行の突破、オリュンポスの神々と地母神ガイアが産んだ
並の英雄では成し遂げられない偉業を幾度も乗り越えた不撓不屈の大英雄、そんな彼は今───
「ちょっとー、このタバコ違うんだけど!!もっとしっかりしてくれよ店員だろ!?」
「申し訳ございません!申し訳ございません!!」
──現代日本のコンビニで、冴えないサラリーマン相手にペコペコ頭を下げていたのだった。
「ああ、疲れた…何故私はこんなことをしているのだ……」
客に叱られてから数時間後、勤務を終えたヘラクレスはその巨躯を縮こまらせ、手にしたレジ袋をプラプラさせながらとぼとぼと歩いていた。生前では赤の他人に叱られるという経験は数える程度しかなく、英雄として活躍し始めてからは殆ど記憶に無かった。
それに加え、コンビニなる仕事を行うのが初めてだったのもあるだろう。例え大英雄と言えど、経験の無いことを行うのは疲れるものだ。
「それにしても、父は一体何故…私をここに派遣したのだ…?」
そう呟きながら、地平の彼方に沈みゆく太陽を見やる。同時に脳裏に浮かんでいたのは、自分がこの日本に向かうことになったあの日の出来事だった………
時は遡り、数ヶ月前。
「ふう…あと少しだ、それにしても一体何の用事だ…?まあ、私を呼ぶくらいだ。恐らく何処かに恐ろしい怪物が現れたのだろうな」
そう呟きながらヘラクレスは一人、長大な階段を登り続けていた。
ある人物に呼ばれ、ヘラクレスは巨大な山の頂上に伸びる階段を登っていた。
背後を見やれば、そこに広がるは無限に広がる雲海とそこをまるで泳ぐかのように飛翔する竜の群れ。そして階段の先を見やれば、そこにあるのは十三の巨大な山々であった。十二の山が円周上に配置されており、その中央に一際巨大な山が存在しており、階段はその巨大な山に向かって伸びている。それを登りながら、ヘラクレスは周囲の山々を見渡す。
その山々の頂上には目に映る物だけでも同じ特徴のあるものは無かった。ある山は煮え滾る溶岩が溢れており、別の山は青々とした緑が広がる大自然が存在し、中には頂上に荘厳な大理石造りの大神殿が建造されている山があった。
此処こそギリシャ神話世界の中心にして、神々の住まう居住地であるオリュンポス。
その中心に、ヘラクレスは向かっていたのだ。
階段を登り切った先に見えるのは、巨大な扉。並の人と比べれば巨漢と言えるヘラクレスでさえその扉と比較すれば豆粒程度にしか見えないだろう。ヘラクレスが扉に近付くと一人でに扉が開いていく。何度もその様子を見たヘラクレスはそれに驚きもせず、館の中に進んでいく。
「懐かしいな、此処も。来るのは数千年振りといったところか……」
遥か昔、まだ神代の頃。神々の末席に列した際は緊張の余り周囲を見渡すことすら叶わなかった。だが今は違う、己もまた成長出来たのだなと僅かな喜びを胸に抱きながら館内を見渡していく。
内部もまた荘厳にして華麗な装飾と、彫刻が飾られており天井からは暖かな光が注がれている。もしこの場に信奉者が入ったなら、余りの喜びに歓喜の涙を流しながら五体投地するだろうその場を、ヘラクレスは敬意を評しながら進んでいく。
内部を進んで数分、遂にヘラクレスは目的の地に到着する。巨大な玉座──如何なる素材で作られたか分からない金属と、無数という言葉すら陳腐な量の金銀財宝で装飾された品──に座る、一人の老人がヘラクレスを見やる。
老人、とは言ったもののその肉体はまるで若々しい青年のような身体をしており、皮膚には小さな青白い稲妻が走っているのが見える。
そう、この老人こそがギリシャ神話世界最強の神にして、十二神の王。雷と天空の覇者。大神ゼウスに他ならない。
「お久しぶりでございます、偉大なる神々の王ゼウス神よ。御身の命によりヘラクレス、只今参上しました。それで、一体如何なる御用命でありましょうか。このヘラクレス、御身の命令ならば例え巨神の群れであろうと我が弓と棍棒を以てして全てを粉砕してみせましょうぞ」
その姿を見たヘラクレスはその場で跪き、恭しく礼をする。自らの父にして、この世で最も尊ぶべき存在、神々の王であるゼウスと相対するという喜びを必死に押し殺しながら、如何なる理由で呼んだのかを尋ねる。
『久しいな我が息子よ、お前を呼んだのは他でも無い。お前に頼み事があるのだ』
ゼウスが口を開いたその瞬間、空間全体が激震した。宇宙すら焼き尽くすことの出来る神々の王の力は、ただ言葉を放つだけでこれ程の圧を放つのだ。
「喜んでお受け致します、それで頼み事とは?」
だがヘラクレスはそれに臆することも無く答える。十二の試練、
「あの、ゼウス神よ……頼み事は…?」
『いや、ちょっと待ってなヘラクレス。今思い出すから……二、いや三十分待って欲しい』
「え、あっ…はい」
待ち続けて、1時間。
「父上!?あの、思い出せないならそう仰ってください!私またこっち来ますから!!」
『いや待ってくれヘラクレス、ほんともーね喉の先まで出かかってるのよ!あと少しで思い出せそうだから!!』
「…ええいっ、ヘルメス神よ!ヘルメス神は居られるか!?」
先程までの威厳はどこへやら、必死に頭を抱えてうんうんと悩んでいるゼウスから目を離し、大声でヘルメスを呼ぶ。
ヘルメス、伝令の神にしてゼウスの言葉を地表に届ける役目を持つゼウス第一の臣下である男なら或いはと思ったのだろう。だがその思いは無惨にも打ち砕かれた。
「申し訳ございませんが、私めも存じ上げません。ゼウス様は、他者に知られることを恐れていらしていました。それ故に私にもその事は告げられておりません」
ヘラクレスの叫びを聞いたのか、玉座の裏から現れたヘルメスはそう告げる。
「ぶっちゃけ申し上げますと、ゼウス様が思い出されない限り誰にも分かりません」
「なん、だと……」
その事実にヘラクレスは力無く項垂れる。ゼウスの様子を見る限り、思い出すのには相当な時間がかかるだろう。だが、ヘラクレスは直ぐに対応策をいくつか思い浮かべる。
「分かった、これから私はムネーモシュネー神の神殿に向かう。かの女神なら失われた記憶を思い出させることも可能だろう」
「承知致しました……と、言いたいところですがそれは叶わないでしょうな」
「は?」
ヘルメスの不穏な言葉に疑問符が浮かぶ、何故叶わないのだ?確かにムネーモシュネー神の神殿はオリュンポスから離れてはいるが、行けない距離では無いだろう。だがその謎は直ぐに解明された。
『良い、何ら問題は無い。例え我が記憶が思い出せなくとも向かうべき先は覚えている。ヘラクレスよ、お前はこれよりヘリオスの館より遥か東。そこに広がる都市にして役目を待て。役目はヘルメスにより伝えさせる』
「お待ちをゼウス神よ、ヘリオス神の館より遥か東とは!?あの館こそ東の最果てでは無いのですか!?」
『否、ヘラクレスよ。この世界はお前が思うより遥かに広いのだ。その思いを捨てる絶好の機会が来たと識れ』
直後、館内に雷電が迸ると同時に天井に巨大な穴が生じていく。何だこれは…?そう思った瞬間ヘラクレスは穴に向かって吸い込まれていく。
「う、うぉぉぉぉぉ!!?父上!?父上ぇ!?」
掴むものすら無い為、自慢の剛力で浮かぶ身体を支えることも出来ずに戸惑うヘラクレスを見ながらゼウスはニヤリと笑みを浮かべて
『案ずるな我が息子よ、お前ならきっと大丈夫だ。お前なら必ず成し遂げられると信じている』
「いやだから何を成し遂げればァァァァァァァァ!!!?」
その言葉を最後に、ヘラクレスは穴に吸い込まれてその姿を消していた。残ったのはゼウスとヘルメス、二柱の神のみだった。
「ではゼウス様、可及的速やかにおといだされるようお願い致します」
『うむ…あ、やべ。今のやり取りで全部忘れちゃったじゃん…。どうしてくれるのさヘルメスよ』
「では思い出されなければ、今後の夕飯は牛の骨だけに致しましょう」
『えっ』
二柱の今後の夕飯メニューのやり取りは数時間に渡って続いたそうな。
そして、現在──
ヘラクレスは働いているアルゴーマートの川口店から歩いて40分程にある小さなアパートに着いた。
「ふう、漸く着いたか……やはりどうにかして移動手段を手に入れるべきか?」
流石に今後も歩き続けるのはどうかと思い、移動手段を更新することを考える。今の時代は楽だ、自転車やバイクといった見たことのない手段が手軽に手に入る。まだ給料は出てないが、出たらいずれは…と考えながら107号室─今、彼が住んでいる部屋の扉を開けた瞬間
「ヘイヘイヘーイ!!ロキっち!カバーカバー!!」
「はいはい任されて!あ、お帰りヘラクレス君!!今天照ちゃんとSPEXやってるんだけど君もどうかな!?」
「あ!ヘラっち頼んでたバーゲンダッツ買ってきた!?買ってきてなかったら祟るかんな!!?」
部屋で騒ぐ同居人、いや同居神の叫びを聞いたヘラクレス。ああ、何故……何故、
「何故私は、こんなことをしているんだ………」
そう呟きながら、自らの不運を呪ったのだった。
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