異世界探偵なまがり
風見☆渚
童謡『もりのくまさん』で起こった話
ここは、辺り一帯どこを見ても廃墟ばかりが並ぶゴーストシティ。
もちろん、人はおろか生き物の気配もどこにもない。
そんな奇妙な場所へ、一人の少年がスッと消えるように入っていった。
少年が進む先は、数ある廃ビルの中でも比較的まともに見える5階建てのビル。
見た目通り造りも古く、エレベーターなんて豪勢な設備があるわけがない。
当たり前のようにカツカツと階段を上がり、自分の家に入るように3階にあるオフィスに入った。
オフィスの入り口脇には、『なまがり探偵事務所』と雑な手書きの簡単な張り紙が張られている。
ガチャ——
「ちょっとーー!超遅いじゃん!!
あんたジュース買ってくるのに何時間かかってるのよ!」
事務所の中心に置かれたソファーで、真っ赤な靴を履いたおかっぱ頭の少女が偉そうに座っている。目を細めながら少年を睨みつけ暴言を吐いているが、少年は気にする事なく手に持っていた袋からジュースを取り出しソファー近くのテーブルに置いた。
「はいはい。それはそれは申し訳ございませんでしたっと。
こんな場所から近くのコンビニに行くのも大変なんだよ。
境界線のワープゲート使っても意外と時間がかかる・・・って聞いてないか。」
おかっぱ少女はテーブルに置かれたジュースと手持ちのお菓子を頬張ると、近くに置かれていた漫画をペラペラと読んでいる。
ため息交じりに自分もと袋から取り出したジュースを一口飲んだところで、デスクの上にある古びた黒電話が鳴った。
ジリリリリジリリリリ——
「はい。こちらなまが・・・・・・うちに高齢者はいねぇよ!」
ガチャン!
苛立った少年は、手に持つ受話器をたたきつけるように勢いよく電話を切った。
「どったの?」
「仕事の電話だと思って出たら『俺だけどさ』って。」
「キャハハハハハ!マジでウケるwww
ひーあーお腹痛い。くっくっく」
さっきからちょくちょく少女にバカにされている少年は、名曲一斗。
中学1年ではあるものの、この事務所の代表という事になっている。
そして、おかっぱ頭の赤い靴を履いた少女は、山田花子(仮)。
本人も自分の名前がわからないので、一斗が(仮)として付けた名前である。
ジリリリリジリリリリ——
「ひぃーはぁーほんとお腹痛い。くっくっくwww
ほら、また電話なってるよ。くっくっくっwww」
「わかってるよ。
はい、こちらなまがり探偵事務所。
どうされました?
はい。はい。わかりました、細かい話はそちらへ行ってから聞きますね。」
ガチャン
「じゃぁ俺は仕事行くけど、花子(仮)はどうする?」
「ん~・・・暇だし行こうかな。」
「じゃぁ、すぐに行くからタブレットとデジタルウォッチを忘れんなよ。」
「わかってますよーだ!かずとじゃないんだから。」
慣れた手つきで仕事の準備を整えた二人は、最上階にあるオフィスへ向かった。
廃墟ばかりのゴーストシティにある事務所で名曲一斗が受けている仕事は、昔々から耳にする童話や歌謡曲、わらべ歌など名曲と言われている世界に行き、その世界で起こる事件を解決するという探偵の真似事をしている。
この世ではない異世界へ行き事件を解決する名曲一斗を、名曲界隈の異世界で暮らす住人達から“異世界探偵 なまがり”と呼ばれている。
花子(仮)は、慣れた手つきでタブレットのアプリを起動させると、ドアの向こうが光だした。
名曲が隙間から眩しい光が漏れだしているドアを開けると、そこは木々が生い茂る自然豊かな世界が広がっている。
「あ~・・・うん。自然しかない・・・
で?今回はどこなのここ?」
「タブレットは問題なく起動しているようで良かった。
ここ?ここは“もりのくまさん”の世界だよ。」
「あ~、はいはい。うん、納得。
女の子と熊が楽しく歌って踊るってアレでしょ?
それにしても、ここって歌詞の通りというか、道の端にとにかく花がたくさん咲いてる感じなのね。
ところで、今回の報酬はちゃんともらえるの?」
「わからないけど、食材はたくさんもらえると思うよ。
熊肉とか。ククッ」
「それ、笑えないから。」
太陽の日差しをたっぷり浴びて大きく育った木々に囲まれた花咲く森の道を抜けると、そこには小さな小屋がぽつんと1軒建っている。
どうやら、ここに今回の依頼者がいるようだ。
コンッコンッ——
名曲がノックし中へ入ると、一人の少女が震えながら部屋の隅で小さくうずくまっていた。
「君が、童謡『もりのくまさん』に登場する女の子で間違いないね?」
「・・・はい。」
暗がりの影でひどく怯えた様子の少女は、名曲達と目を合わせようとしない。
少し距離を取りながら、名曲は少女に問いかける。
「童謡の歌詞だと、ある日出会った森のくまさんに落とし物を拾ってもらって仲良くなるはずだったと思うんだけど、何があったのか話してもらえる?」
「知っていると思いますが、最初は私も熊に驚いて逃げました。
ですが、くまさんは落とし物を私に届けてくれただけで・・・
でも、その落とし物、私のじゃなかったんです。
誰のかわからないまま受け取っちゃいましたが、捨てるわけにもいかず結局ずっと持ち歩いてるんです。
たぶん、その時のくまさんは私に何かをする気はなかったはずだと思うんです。」
「“はず”、というのは?」
「はい。その後、くまさんは何度も私の持ち物を届けてくれるようになったんですが、その回数があまりにも多くて気味が悪くなったんです。
なので、隠れてくまさんの様子を見てたんです。
そしたら・・・くまさんが私の家の鍵を普通に開けて中に入って、しかも私の私物を少しずつ持ち出していたんです。」
「あ~・・・完全に狂ストーカー化しちゃったんだ。」
「花子(仮)ストレートすぎる。もっと言葉を選べよ。」
「いいんです。本当の事なので・・・
それから怖くなって、誰にも言わずこの家に移ってきました。
でも、3日前から視線を感じるようになって・・・
屋根裏の窓から玄関の方をのぞき込んだら、くまさんがドアの隙間からのぞき込むようにしている姿を見てしまって。
私・・・それから外に出るのが怖くて・・・
知り合いから聞いた探偵さんなら、きっと何とかしてくれるかもと思って連絡したんです。」
「とりあえずその知り合いが誰か気になるが、確かに俺の事で間違いないよ。
うちは名曲と呼ばれる曲の中で起こる事件、いわゆる異世界で起こる事件を専門に解決する仕事してるからね。」
「なんとかしてください!
私、私・・・怖くて、怖くて・・・うっうっ」
さすがにかわいそうになった花子(仮)は、泣き崩れる少女を抱きしめる。
落ち着いたのか、少女はソファーに座ったまま花子(仮)の肩を枕に眠ってしまった。
よほど疲れていたのか、少女の起きる気配がない。
少女をそのままにする事も出来ず、結局二人も朝を待つ事にした。
花子(仮)は少女と一緒にぐっすり眠ってしまったが、くまさんの不可思議な行動が気になった名曲は外を眺めている。
朝になり目を覚ました少女の顔色は、昨晩よりも少し良くなっているように見える。
ゆっくり眠れたのは、二人が一緒という安心感があったからだろう。
「さて、じゃぁ仕事するか。
まだ怖いかもしれないけど、くまさんと出会った場所まで案内してくれないかな。
俺たちが一緒にいるし、何かあれば花子(仮)もいるから安心して。」
少女は花子(仮)の腕に強く抱き着き離れようとしないが、小さくうなずき名曲の後についてくる。
名曲と花子(仮)は少女の証言を元に、“くまさん”と“少女”が出会った場所へ向かい、花咲く森の道を進むと少し広い場所に出た。
まずは現場検証。
事件現場を見ない事には話しが進まない。
「・・・ここです。」
花子(仮)にしがみ付いたまま、少女が小声でつぶやく。
一通り辺りを見回した花子(仮)は、小首をかしげている。
「でもさ、そもそも変じゃない?」
「確かにな。」
「襲いかかろうとしたんならわかるけど、第一声が逃げろって意味わかんない。」
「それに、追いかけてきてまで忘れ物的なモノを渡す行動も理解できない。
しかも、本人のものじゃないという勘違いまでしてな。」
「最後は一緒に踊りましょう。でしょ?
こわっ!マジでなんか変な薬やってるとしか思えないでしょ。」
「それだ!花子(仮)、大手柄だよ。
お手柄ついでに、花咲く森の道の途中にはなかったあの白い花を調べてくれ。」
「あ、え?
なんかよくわかんないけど、わたしってすごい?
すごいよね!」
「わかったわかった、すごいよ。
だから早く調べてくれ。」
「しょうがないなぁ。
私がいないとダメなんだ・か・ら♪」
花子(仮)がタブレットで調べた、道端に咲く白い花。
それは、異世界でしか咲かない花で、その花粉には幻聴や幻覚、高揚感や脱力感とった麻薬に似た効果を持っている事が記されている。
白い花はどの異世界でも咲いているが、効果そのものは生息している名曲内の世界で暮らす登場人物達にしか効果を発揮しない。
その為、名曲はもちろん、花子にも白い花の花粉の影響は受けない。
名曲は、少女が指さす“くまさん”が現れた方角を調べると、花咲く森の道から外れて進み続けると白い花の比率が多くなっていった。
そのまま“くまさん”が現れた方角へ進み続けると、白い花が辺り一面を覆っている場所に出た。
そこでは、周りの木々に引っかき傷のようなモノが何か所にもわたって付けられていた。
さらに、その場で確認出来る足跡は少なくて2種類以上はあるだろう。
(もしかしたら、ここで“くまさん”は誰かに襲われたのだろうか。
これだけの傷跡。残っている傷跡も一匹じゃありえない付き方をしている。
少なくとも数種類の形跡があるように見える。
誰かと争ったという事だろうか。)
「これ・・・何ですか?!」
「君は来ちゃダメだ!」
「え・・・・何か、私しちゃいましたか?
こんな奥深くまで、入ったことなくて・・・
本当にすみません、ごめんなさいごめんなさい・・・」
少女がこれ以上近づかないようにと、名曲はつい大声で少女の歩みを止めた。
しかし、驚いたことに少女は先ほどの怯えた様子から変化がない。
花子(仮)が少女を近くで観察するが、幻聴や幻覚の症状があるようにも見えない。
この“もりのくまさん”の登場人物の中でも主人公的な少女に影響が無さすぎる事はあからさまに可笑しい。
少女の周りに何かがあるのではないかと思った名曲は、辺りを見渡し木々の隙間から湖を発見した。
3人は木々を抜けたその湖に向かった。
湖に近づく名曲の足元に、何かが転がっている。
手に取ると、それは小さな白い貝殻だった。
どこかで見覚えがあるようなと、手に持つ白い貝殻をじっと見つめる名曲を、不安な表情で少女が見つめている。
「それだ!!」
「さっきから急に大声出さないでよ!
この子がもっと怯えちゃうじゃない!!」
「お前も十分大きな声出しているぞ。
そんなことはどうでもいいんだ。
この白い貝殻って、君が“くまさん”から受け取ったというイヤリングと同じものじゃないか?」
「・・・いわれてみれば・・・」
名曲は、少女に“くまさん”からイヤリングを受け取ってから何か変化がないかと尋ねた。
すると、少女は以前からあった頭痛や耳鳴りがなくなったらしい。
しかし、そのイヤリングはあの“くまさん”からもらったモノで気味が悪くなって外そうとしたが、なぜが外れない。
その事にも恐怖を感じていると語った。
「ちょっとよく見せてくれないか。」
名曲は、タブレットで白い花と白い貝殻について調べる
調べるサイトには、くまさんの症状そのものが書かれていた。
そして、その対象方法も。
「どうやら、この貝殻は白い花の効果を打ち消す効果があるようだ。
白い花の影響で、くまさんは狂ストーカー化してしまっているんだよ。
心優しいもりのくまさんは、君に白い花の影響が及ばないようこの白い貝殻のイヤリングを渡してくれたんだろう。」
「じゃぁ、あの変態くまの口にこの貝殻をぶち込めばいいんでしょ?
だったら、わたしの出番じゃん!
ちょっといってく」
「待てって!!
さすがにバーサーカー化して、しかも分別がつかないほぼ野生の熊を相手にするには、いくら花子(仮)でも無事では済まないかもしれない。」
「じゃぁ、どうすんの?」
「くまと言えば?」
「ん~・・・マサカリかついだ金太郎!
そうか!金太郎をこの世界に呼んでくればいいんだ!」
「んなわけあるか!
くまといえば、ハチミツだろ。」
「いやいや。
某夢の国の本の中でトラとか豚とかといっしょに暮している熊とは違うでしょう。」
「そうでもないさ。
本物の熊だってハチミツくらい・・・どうだっけ。
とにかく、昔話にメルヘンはつきものだろ?
だから、ここはハチミツ大作戦だ!」
「そうなの?」
名曲は、湖の周りに散らばっている貝殻を集めて粉々に砕いた。
それを、どこからともなく用意してきたハチミツに混ぜている。
「話の中の事だからこその、ご都合主義万歳!
現実じゃぁ大量のハチミツなんで簡単に手に入らないからね。
ありがたいね~。」
名曲は、満足げな顔で白い貝殻の粉を混ぜた蜜ツボを眺めている。
「で?
この妖しい白い粉を混ぜたハチミツをどうやってあの凶暴なバーサーカー化して分別もついてない野生の熊以上のくまさんの口に入れるの?」
「え~っと・・・それは・・・
そうだ!少女の玄関前に置いておこう!」
「マジ・・・」
3人は、ハチミツを担いで少女がいた小屋に戻った。
一斗は、玄関前に白い貝殻の粉を混ぜこんだ蜜ツボを設置。
花子(仮)は、不安げな表情で名曲を見つめる。
1時間くらい経過したころ、くまさんが現れた。
「・・・・?・・・!」
玄関前で足を止めたくまさんが何か言っているようだが、3人のいる場所からは聞こえない。
蜜ツボをじっと見つめていたくまさんは、突然蜜ツボを一気飲みしだしたのである。
「マジ!?」
「ふふっん!マジ。
やっぱり、もりのくまさんだって某夢の国の本の中にいるくまさんだって、同じハチミツ好きな食いしん坊のくまさんなんだよ。」
蜜ツボを飲み干したくまさんは、その場に蜜ツボを落とし、そのまま倒れこんでしまった。
名曲が恐る恐るくまさんに近づくと、くまさんは急に立ち上がり、そのまま森へ戻っていった。
「これで事件は解決したんじゃないかな。
一応、念のため数日はこの世界に留まる事にしよう。」
「えーーー!
明日、いつも買ってる漫画の発売曜日じゃん!」
「時間の流れが違うんだから、いつ帰ったって明日は明日だろ?」
「リアタイ主義者は気持ちの問題なの!気持ちが大事なの!
これだからかずとは、ぜんっぜん!わかってない!」
その後、名曲と花子(仮)は“もりのくまさん”の世界に数日滞在したが事件らしい事件は起こらず、蜜ツボを食べてからくまさんが少女の家を訪れる事もなくなった。
依頼として、少女の事件は解決したが、名曲には引っかかっていることがある。
誰が、くまさんに白い花の毒を与えたのか。
くまさんは、なぜ少女を庇うように白い貝殻のイヤリングを渡したのか。
そして、湖の畔でくまさんと争ったであろう人物は誰だったのか。
なぞは深まるばかりではあるが、ひとまず今回の報酬は・・・・
「花子(仮)。何もらってきた?」
「はちみつ・・・あと、ハチミツ。
それから・・・蜂蜜・・・」
「マジ?」
「・・・マジ。」
「今回の報酬は、肉じゃなかったのが残念だ。」
「熊肉はさすがに食べられないでしょ。」
結局、くまさんの暴走はよくある物語の端にあるバグが原因だったのかもしれない。
そして、歌詞の通りやさしいくまさんは少女を白い花の闇から守ったのだろう。
そんなお話の顛末、信じるか信じないかはあなた次第ですけどね。
異世界探偵なまがり 風見☆渚 @kazami_nagisa
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