彼女が俺を枕に選んだ理由 ∼気付いたら見知らぬ美女が電車の中でグイグイ来る∼

YUKI

 彼女が俺を枕に選んだ理由

 『新宿〜、新宿〜、終点です。

 お荷物のお忘れ物をなさいません様〜…』


 俺は電車内の座席の隅で寝ていた事を思い出し、アナウンスを遠くに感じながら暗闇を解消するべく目を開けようとすると、自分が座っていた座席の左隣から人の温もりと左肩に何かが乗っている重み、それからシャンプーの良い香りがしたのでゆっくりと目を開けた。


 左側を見ると、艶のあるチョコレートブラウンのロングヘアが目に入るが、顔は髪の毛で見えない。

 人の頭が俺の左肩に乗っている様だ。

 それから左下の方に目を移すと、その人物は紺色スカートのレディーススーツを着ていて、チラリと見えるストッキングを穿いた太腿が色気を醸し出している。


 どうやら女性の様だが…なんだ、この人も寝てるのか…?

 この女性はまるで俺が彼氏であるかの様に、べったりと寄り掛かっており全く動く気配が無い。

 そして更に首だけを動かして電車内を見回すと、俺とこの女性以外、他に誰も居なかった。

 んー…?どういう状況だ?

 寝起きで頭が回らない…こんな広い車両内なのに、何で俺の真横に…?

 まぁいい…イヤイヤ、良くはないけども、駅に着いたから取り敢えず降りないと。


 俺に寄り掛かっていた女性が倒れて来ない様に気遣いながらそっと立ち上がると、まだ彼女は寝ていた。

 20代前半の色白で睫毛が長い見目麗しい女性だ…

 安心しきった寝顔で若干ニヤニヤしている様に見受けられる。


 …うん?確かこの女性…何で俺の横に座ってるんだ!?





 話は少し遡る。

 


 俺はひいらぎ朝日あさひ、現在27歳の会社員で、特に波瀾万丈の人生を歩んで来た訳では無く、普通に大学を卒業し、聞けば誰もが知っている東京の一流企業に何とか就職する事が出来た。

 入社時は大田区にある営業所に勤めていたが、この間新宿の営業所に配置換えとなったため、現在は京帝線を利用して自宅のある府中から新宿まで通勤している。

 別に仕事でヘマをやらかして配置換えをさせられた訳では無い。

 うちの会社は各地域で特色が異なり、様々な経験を社員にさせるため、5年程で都内にある各営業所を転々と移動させるのだ。

 新宿の営業所は規模が大きくてとても忙しく、まだ人間関係も上手くいっていなかった俺は体調を崩してしまったため、午前中は病院に行って薬を貰って来た。

 コロナであったなら会社を休むところだが、ただの風邪の様で倒れ込む程酷い症状では無かったため、午後には出勤しようと昼近くに府中駅のホームで電車を待った。


 

 丁度ホームに減速して入って来たのは各駅停車だった。

 急行や特急に乗ると直ぐに新宿に着いてしまうので、少しでも寝て体調を戻そうと各駅停車に乗り込んだが混雑状況は無く、客はまばらで同じ車両内には数人程しかいなかった。

 良かった、座れる。そう思いながら先頭車両寄りの長い座席の隅に座って周囲を見回したところ、自分の座った座席から10メートルくらい離れた所に、男ならつい目線が何度も行ってしまう様な一際注目を集める妙齢のロングヘアで紺色スカートのレディーススーツを着た美しい女性がつり革に掴まって外の景色を見ていた。

 綺麗な人だなぁ…とは思ったが、女性を見てはいつもそう思うだけだ。

 俺は身の程を知っているため、お近付きになりたいとか、付き合いたいとは思わない。

 

 そう、俺は彼女いない歴イコール年齢の極々一般的なフツメン…だと自分では思う様にしている。

 まぁ他人から見れば俺はきっとブサメンの類なのだろう…。

 なので、女性には自ら関わり合いになろうとしたり、声を掛けたりはしない様にしている。

 今朝もスマホのニュースを確認していたら、『カワイイところあるじゃないか、と会社員女性に言った同僚男性がセクハラで罰金33万円!』という内容を読んで、改めて業務連絡以外は同僚女性と話すのは止めようと心に誓ったばかりだ。

 

 …話が逸れた。

 俺は女性から興味を無くし、新宿まで寝るため目を閉じていたところ、暫くして目が覚めた。



 どうやら少しは寝ることが出来た様だが、今どの辺を走っているのか気になり外の景色と車両内を見回したところ、乗客は俺を含めて3名に減っていた。

 昼とはいえ乗車人数が少ないな、各駅停車ってこんなものか…


 …ん?さっき10メートル程離れて立っていた女性が、俺が座っている長い座席の俺とは反対側の隅に座って寝ている。

 距離にして5メートルといったところか。

 こんなに広くて人が居ないのに、俺との距離が縮まっている気がするが…まぁ俺の完全な思い込みだな、キモい。

 …寝よう。



 ……そして現在……



 どうしてこうなった!?

 何故こんな美女が俺にベッタリ寄り掛かって寝ていた!?

 しかもあれだけ車両内がガラガラであったのにも拘わらず…!?

 ダルマさんが転んだじゃねーんだぞ!?

 寝て起きる度に近付いてるって、おかしくねーか!?

 何なんだ、この女!?俺をからかってるのか!?

 実は寝た振りして俺を嘲笑ってんのか!?

 …もしかして俺の財布を盗もうとして真横に座ったスリ犯人!?

 財布財布…俺は財布やスマホ、貴重品を急いで確認したが、全て異常無かった。


 ……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……


 俺は美人に擦り寄られたにも拘わらず、嬉しいとか思うより先に何故か恐怖が襲って来てパニックになってしまい、兎に角この電車から降りないと!!と考えて急いでホームに降り会社に向かった。




 その後、この女とは会っていないので、何故この様な奇行に及んだのかは今も解らずにいる……。

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