悪役令嬢を名乗るキミが愛おしい
緋色の雨
きっかけ
「わたくしは悪役令嬢。あなたに振られて破滅するのが運命です。だから、だから――婚約者になったからって、あなたを好きになったりしないんだからっ!」
モーヴシルバーの髪をなびかせた令嬢が高らかに宣言した。その愛らしい声が王城の中庭に響き、辺りに植えられた植物に包まれて消えていく。
彼女の名はエレナ。
アマリリス侯爵家のご令嬢で、王太子であるアレックスの婚約者になったばかりの娘だ。
そんな彼女が叫んだのは、婚約が纏まった直後。あとは二人で――という流れで中庭へと足を運んですぐのことだった。
さすがのアレックスも、いきなりそんなことを言われるとは思わずに目を白黒させた。
意味が分からなかったからではない。彼女が、自分が悪役令嬢であることを知った。その事実に驚き、どうやって知ったのかと困惑したのだ
そして――
「そういうことですから、どうせなら早く婚約を破棄してくださいませ。わたくし、最初からその覚悟をしていますから!」
彼女は何処か恥ずかしそうな顔で宣言すると、逃げるように走り去っていった。
アレックスは無言でその背中を見送る。
エレナは王太子妃に相応しい家柄の娘だ。その容姿も申し分はなく、初めて彼女を目にした子息が、彼女の愛らしさに息を呑むのはパーティーの恒例行事となっている。
だが、彼女の性格には難が合った。
端的に言うと、他人に対してあたりがキツすぎるのだ。
侯爵令嬢。そしてゆくゆくは王太子妃からの王妃になる娘。その地位を考えれば、多少の性格のキツさは問題にならない。
けれど、アレックスがそういう娘を好むかどうかとは別問題である。ゆえに、アレックスはエレナに政略結婚以上の関係を求めるつもりはなかった。
だが――と、さきほどのエレナの姿を思い返し、アレックスは思案顔になった。
部屋に戻ったアレックスは、使用人達に退出を命じてソファに座る。そして、スキルを使って意識を異世界のネットワークに接続した。
ほどなく、自らの意識が異世界――日本のインターネットにリンクする。そこで、エレナが自分が悪役令嬢であると知った理由を検索する。
――そう。エレナが悪役令嬢であるのは事実である。ここは乙女ゲームの世界で、アレックスは攻略対象の王子であった。
アレックスはその事実を、異世界のネットワークに接続するスキルで知った。ゆえに、その事実を知るのは、アレックスだけのはずである。
にもかかわらず、エレナがその事実を知っていた。本来であればあり得ないことだが、それを言えばアレックスが知っていることもあり得ない。
ゆえに、彼女がどうやってその事実を知ったのかを調べる。そして乙女ゲームのタイトルを検索していたアレックスは一つのチャンネルを発見した。
【悪役令嬢エレナの配信チャンネル】
「これは……ようつべのチャンネルだな。彼女のまとめでも載せているのか?」
そう思ってアーカイブをアレックスは目を見張った。そのページの新しいアーカイブに映っているのは、さっきアレックスが目にしたばかりの服装のエレナだったからだ。
『悪役令嬢でも破滅を回避したい! ITuberのエレナですわ!』
アーカイブの中の彼女は、愛らしいドレス姿でポーズを取って目元でピースをしていた。
「――っ!?」
思わず吹き出しそうになって顔を背ける。それからもう一度、アーカイブの映像へと意識を戻した。彼女はさきほどまでと同様、ノリノリで話をしていた。
「あいつは……なにをやっているんだ?」
婚約者の裏の顔を知ってしまったアレックスはなんとも言えない顔をする。
そうしていたたまれない気持ちを片隅に追いやって視聴を続ける。分かったのは、さきほどのエレナの行動は、破滅を回避するための作戦だったという事実。
彼女は悪役令嬢である。
攻略対象にして婚約者のアレックスが、ヒロインに恋してエレナとの婚約を破棄してしまう。それによって嫉妬に狂った彼女が悪事を働いて破滅する。
という、自らの運命を知った結果だった。
むろん、ネットに接続するスキルを持つアレックスは、その未来を知っていた。ゆえに、彼女を破滅させるつもりはない。正確には、そういったトラブルを起こすつもりはない。
ゆえに、彼女の心配は杞憂なのだが――と、アレックスはアーカイブからライブ配信へと移動する。彼女はちょうど、どうやったら破滅しないですむかを相談しているところだった。
『惚れなければ破滅しないのは分かってますわ。でも、仕方ないじゃありませんか。幼い頃から憧れていた相手なんです! もうだいぶ惚れてしまっているんです!』
エレナの赤裸々な告白を聞き、アレックスは思わず口元を押さえる。
「なんだ? この可愛い生き物は……」
エレナは、アレックスが配信を観ているとは夢にも思っていないだろう。だが、だからこそ、エレナの本心を知ってしまったアレックスは思わず彼女を可愛いと思ってしまう。
そして――
『だからこそ、わたくしが破滅を回避するには、振られて嫉妬に狂うほど惚れるより先に、アレックス王太子殿下から婚約を破棄していただかなければならないんですわ』
――と、おかしな結論に至る彼女に対し、なぜか苛立ちを抱いた。
だから――
『……振られて破滅するなら、振られないように相手を惚れさせればいいのでは?』
思わずそんなコメントを書き込んでしまった。
「俺はなにをやっているんだ」
思わず後悔するが、コメントは多く流れている。自分のコメントが拾われることはないだろうと思い、コメントをなかったことにしようとした。
なのに――
『アレックス王太子殿下を惚れさせればいい? ……それですわ!』
配信画面に映るエレナはそう言い放った。
マジか――と、アレックスは思わず目を見張った。
それからの配信は、なんというか……とてもハイテンションだった。
エレナが乙女ゲームの住人と言うこともあり、リスナーは女性が多いらしい。そういう訳で、アレックスを口説くことに賛成したリスナー達が様々なアイディアを並べている。
本気で王子を口説かせると言うよりも、エレナをその気にさせて遊んでいるという印象。
そのやりとりを見ていたアレックスは、好き勝手を口にしてエレナをおもちゃにするリスナー達に対し、少しだけ腹を立てた。
だが、すぐに気付く。
自分が一番、美味しい立ち位置にいることに。
「ふむ。次の顔合わせが楽しみだ」
アレックスは攻略対象らしからぬ悪い顔をした。
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