54.変化のない人
「セオドール! 貴様、どういうことだ! なぜ、こんなところにいる!」
部下を引き連れて、父上……あー、元父上がつかつかとやってきた。着用しているのは騎士団の制服だから、出勤してきたんだろう。何だかよれよれになってる気がするけれど、お忙しいんだろうなあ。色んな意味で。
「はあ」
そりゃ、騎士団長に呼ばれたからですけどと言う前に、元父上は次の台詞を放った。まあ、兄上……じゃねえ元兄上も大概だけど、この人も目下だと思ったら相手の話、聞かないところあるからなあ。
「家に戻ってこいと手紙を送っただろう、それを無視しおって! しかも、エルザント公爵をたぶらかしてその養子に入り込むなど、言語道断!」
「は?」
今の一言は俺ではなく、ラグラ養兄上の口から漏れたものだ。たった今、元父上が何かえらいこと言ったエルザント公爵、即ち養父上の嫡男。
もしかして元父上、ラグラ養兄上のこと見えていないのだろうか。いくら何でも養父上のことは見たことあるだろうから、同じ髪の色でわりと雰囲気が似ている養兄上をエルザント家の者だと気づかないわけは……ない、よな?
「しかも父上や、ガーリング家まで丸め込むとはな! アルタートンの恥だ!」
お祖父様や、ベルベッタ夫人のご実家であるガーリング家。俺の養子縁組に協力してくれたひとと、父上や兄上の所業をちゃっかり団長にお伝えくださった侯爵家。
それまでも元父上は、自身の職場で、大きな声で罵った。冗談抜きで、周囲が見えていないとしか思えない。
朝、それなりに早い時間ではあるけれど既に出勤してきた騎士たちもいるし、使用人とか侍従とかもいるし。
「……セオドール、これ何」
そんな仲、あっけにとられた顔で、ラグラ養兄上が俺に問うてきた。誰、じゃなくて何、と言いたくなるのはよく分かる。
正直に言えば、今でも怖いよ。怖いけど、ラグラ養兄上が一緒にいてくれるから、大丈夫だよ、ね。
「……まあご想像はつくと思いますが、誉れ高いはずのジョナス・アルタートン伯爵家当主ですね」
「うわあ」
だから俺は、精一杯の嫌味を込めて答える。養兄上は、うわあなんて言いながらそれに笑ってくれた。これでいいんだ、きっと。
「職場で朝っぱらから大声張り上げて人を怒鳴るんですか、王都守護騎士団の副団長閣下は」
「多分、ここだと上から二番目なんで怒鳴っても良い、とか思っているのではないでしょうか」
「やだなー。俺たち、今日は一番上の人に呼ばれて来てるだけの客人なのになあ」
養兄上が全力で嫌味を言っているのが分かって、俺は素直に意見を述べる。これも嫌味に聞こえるだろうしね。あ、聴衆の中からこっそり、侍従さんや騎士さんが離れていくのが見えた。どなたかにご注進に向かうところだな。
その動きに気づかないまま元父上は、さすがに俺との会話に加わったラグラ養兄上には気づいた。ただ、しばらく誰かは分からなかったようだ。
「何を、横から勝手に……ん?」
「おはようございます、アルタートン伯」
養父上譲りの銀髪をきらきらとなびかせているラグラ養兄上は、ニッコリと笑って挨拶をしてみせた。まあ、目は笑ってないけど。
「俺はエルザント公爵家次期当主のラグラですが、うちの父がたぶらかされたとはどういうことでしょうか?」
「そ、それは、この『役立たず』が口八丁でっ」
「えー」
今のえー、も養兄上。うちの父親がそんなんでたぶらかされるとか、何考えているんだお前は、くらいの意味が入ったえー、である。
というか俺の口八丁なんて、元父上は適当なことを言ってるな、まったく。
「セオドール。お前、初めて父上に会ったのっていつだっけ?」
「ハーヴェイのお屋敷に、俺に会いに来てくださったときが初対面ですね」
「だよね。父上、ハーヴェイ辺境伯閣下とかいろんな人からアルタートン家がセオドールにひどい扱いしてたって話聞いて養子縁組の仲立ち申し込んだ、って言ってたから」
義父上以外にも、様々な人からアルタートンの行いはあっちこっちに広がったらしい。だからこそ、エルザント以外にもいろいろな家が俺の養子縁組について問い合わせてきたそうだし。
大体、嫡男の結婚式周りとかその直後の模擬戦とか、わりと人前で馬鹿やってるんだから当然噂は広まるんだよな。これまでは元父上の立ち位置とか、あと騎士団長とかが表向きにはあまり動いてなかったせいで影響が見えにくかっただけで。
「仮にもご自身の次男『だった』彼に対して、酷い言い草ですね。ま、どうせ仕事にかまけて家族のことなんて見ていなかったんでしょうけれど」
「何だと! 貴様っ」
かっと爆発しかけた元父上、多分事実を言われたからだろうな。少なくとも俺のことはまるで見ていなかったし、元兄上のことだっておそらくは表面上だけ。……でなきゃ、書類に記された文字が誰のかくらい分かりそうなものだし。
「それにですね。先程の伯爵の発言で確信しましたよ……父は全く間違っておりません、とね」
「なっ」
外から見ることができた場合、元父上と元兄上の所業はかなりのものだったらしい。俺はそれが当然の扱いだと思っていて、今でも実際どうなんだろうと首をひねることがあるので自分の判断を当てにはしていない。
その上で元父上の発言まで聞いて、養父上の判断を間違っていないと養兄上は言ってくれた。俺をエルザント家の息子にしてくれたことを。
……九年前、ヴィーと出会ったことがこんな影響を及ぼしてるなんて思わなかった。いや、俺当事者だけどね。ほんと、いまいち実感なかったというか。
「ええいセオドール! 貴様、エルザント公爵家を盾にして逃げるつもりか。お前には、アルタートン家の者としてやるべきことがあるだろう!」
そうして、実感がなかったけれどあるんだなあと思わせる一端が、この元父上の変化の無さだ。元兄上のことやら何やらで、謹慎とか食らってると聞いたことがあるんだけど……反省すべきとは思っていないんだろうな、この人。
「このセオドールは、
対して毅然とした態度のラグラ養兄上にぽんと肩を叩かれて、俺は「はい、養兄上」と頷いた。
ロードリック元兄上には、一度だってされたことがなかったしな。こういうの。
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