19.意外と強い?

 翌日、俺は騎士団の制服を着用して入団の挨拶に向かった。

 制服は、もう当然というかランデールさんのシャナン・ファクトリー製。先日、採寸に来てくれたランデールさんが「筋肉が付きましたねえ」と目を丸くしていたな。この一ヶ月、無駄ではなかったようだ。


「既に話は聞いているな。本日より、アルタートンの次男セオドール様が我が騎士団の一員となられる」


 団長であるダンテさんが、俺のことを紹介してくれた。

 次期当主やその配偶者が騎士団に所属するのはハーヴェイでは当然のことなので、そこらへんの経緯はまるっとスルーされる。……義母上も、所属していたときは主に魔術系で大暴れしたとか何とか楽しそうにおっしゃってたなあ。


「セオドール様はわたくしの婚約者ですが、その立場を気にする者は騎士団にはいないでしょうね。わたくしと同じく、良くしてくださいましね」


 ダンテさん……団長はいいとしてヴィー、眼力で圧力かけるのはやめようね。仕方がないので、自己紹介して終わらせよう。


「紹介に預かりました、セオドール・アルタートンです。単なる新人団員ですので、気にしないでください」


 そう言って、これもやり方をヴィーに教わった敬礼をしたら全員から返礼をもらった。一糸乱れぬ、というのはこういう事を言うんだなってくらいにきれいに揃っていて、さすがだと思ったよ。

 その次にさすがだ、と思ったのは早速、俺のところにやってきた人がいるってことかな。黒っぽい赤毛の、やんちゃな感じの男。身長は俺より少し高いけれど、タレ目で睨んできてもあまり怖くはない。……父上や兄上の冷たい目の方が怖いからね、なんでか。


「そうか、お前さんか。上手いことお嬢様の懐に入った軟弱息子ってのは」


「否定はしないよ」


 お嬢様、ということはハーヴェイに近い家の出身者。言われ方はアレだけど、外から見たらそうなんだろうなと納得はする。

 とは言え初対面にこれは、ちょっとなあ。騎士団の一員なんだから、これから一緒にやっていく相手なのにさ。


「だけど、開口一番がそのセリフではね。俺に嫌ってくれ、と言ってるようなものだろ」


「お前さんなんぞに好かれる必要はないんでね」


 いやだから、どうしてそういうセリフはわざわざ顔を近づけてきて言うのかね。兄上とか、兄上の部下とかがよくやってたことなんだけど。

 はあ、と大きなため息が聞こえた。ちらりと視線だけ向けると、そこには呆れ顔のヴィーがいる。


「セオドール様、お気になさらないで。プファルはわたくしに負けたことを、未だに根に持っておられるだけですから」


「ということは、分家の子息ってことか」


 ヴィーはさっくりと、事情を教えてくれた。途端、あちこちからぷぷっと吹き出す音やらくすくす笑う声が聞こえてくる。あーあ。

 プファル、というのが黒っぽい赤毛のこいつの名前らしい。分家だから、髪の色も似ているわけか。ハーヴェイの赤い髪は、戦場では目立ったろうな……あ、いや、兜被ってるから見えないか?


「ハーベスト子爵家の長男、プファルだ。お嬢様の婿になるのは俺のはずなのによ、ざっけんな」


 で、その当人は未だにそうおっしゃるわけだ。ハーベスト子爵家、ハーヴェイ辺境伯家の分家の一つに間違いはない。

 ……長男なら、まず実家を継ぐのが基本じゃないか? 本家継がせるのが、実家の念願だったのかもしれないな。で、今も主張している、と。

 俺を受け入れるためとはいえ、ヴィーもこういうやつの相手をしたのか。大変だな、と思って顔を向けたらもう、満面の笑み。ただし、アレは多分怒っている。俺にではなく、プファルに。

 こういう場合の解決方法は……まあ、血の気が多いやつのようだから、手っ取り早いのでいいか。


「何なら、対戦してみるか? 俺は実戦したことないから、自分の実力がわからないんだ」


「はぁ!? ガチでざけんな、てめえなんざお嬢様には似合わねえんだよ」


 俺は本音で打ち明けたのに、何故かプファルは怒って拳を振り上げてきた、んだが。


「っと」


 突っ込んできた拳を、俺は軽く首を傾げて避ける。顔を狙ってきたんだけれど正面からだし、正直に言うと兄上のパンチよりすごく遅い。なので、よく兄上に殴られてた俺には避けるのは容易いというか、えーと。

 で、ついでなのでその手首を掴んでみる。あ、掴めた。


「こうか」


「がっ!」


 伸ばしてきた勢いに乗せて、その手首を引っ張ってプファルの身体を地面に放り投げる。うまくうつ伏せにぶっ倒れたので、手首をひねり上げた上で背中に座らせてもらおう。

 これも、兄上が時々やった技だ。他の部下とかにもやっていたことがあるから、見て覚えたことになるのかな。


「て、てめえ、騎士のせなかに、のるなっ」


「と言っても、攻撃されたんで制圧しただけだしなあ」


 じたばたもがいているプファルだけど、俺を外すことはできない。俺相手でこう何だから、ヴィーと戦ったときなんてきっと瞬殺だったんだろうな。大丈夫かな、彼の実家。ちゃんと後継げるといいんだけど。


「セオドール様。ご感想は?」


「兄上よりは動きが遅くて、見やすいね。まっすぐに来るから避けるのも簡単だし、反撃もし易い」


 平然と見ていたヴィーに尋ねられたので、素直にお答えしよう。これで、プファルが自分の欠点を理解して修行し直してくれれば、騎士団も彼の実家もきっと助かる、と思うんだ。


「ふふ、騎士の皆様。セオドール様のお力は、ご覧になりましたわよね?」


「うがあ! 俺のほうが強いんだっ」


「いやお前負けてるじゃん」


「だよなー。せめてパンチ食らわせてから言えよ、そのくらい」


 上機嫌すぎるヴィーに吠えかかろうとしたプファルだけれど、そこに被せるように先輩各位が楽しそうにツッコミを入れてきた。ぐぬぬ、と歯噛みしてるのがよく分かるよ……もうしばらく、この状態でいておこうかな。

 それにしても、プファルが兄上より弱いのはわかる。ヴィーより弱いのも……俺より弱いらしい、のも。

 では本来、俺の強さはどれくらいなのだろうか。アルタートンにいたときは兄上には全く敵わなかったけれど、それはちゃんとした訓練を受けていなかったから、みたいだし。

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