文化祭
@k_motoharu
第1話
「はぁ~~~……」
文化祭の雰囲気とは合わない大きな溜め息をつく。
じゃんけんに負けたせいで回ってきた受付の仕事があるからだ。
「じゃあ明己!頑張ってね~!」
「また後でー!」
「はーい」
『受付』と書かれた机にある椅子に座り、入場者に配布するパンフレットを見渡す。
「(こんなに用意があるってことはそれだけの人が来るってことだよね?絶対混むじゃん~)」
机の下にある段ボールにも、まだ沢山のパンフレットが敷き詰められている。
各クラスから2人ずつ出される受付係。数週間前にクラスで行われたじゃんけん大会で負けなければ、今頃は友人達と楽しくお店を回っていただろうに。
あの時グーを出さなければ、と後悔の念に苛まれていると、隣の席にもう一人の受付係が座った。
「…あ」
十門寺サガミ。私のクラスメイトだ。
教室でもこんな近い距離で座ることがなかった為、思わず声が出てしまった。
「あー…えっと、そういえばサガミも受付だったね!」
「…。」
「確かあれか!じゃんけん大会の時いなかったから、強制的に担当になったんだっけ?」
「…。」
「そうだそうだ!だから最後の一人になるまでじゃんけんしたんだった!」
「…。」
「ほんと嫌になっちゃうよね、せっかくの文化祭なのにさ。こういうのって普通生徒会の仕事なんじゃないの?」
「…。」
「でも意外だなぁ。強制とはいえちゃんと来るんだね、こういうの。てっきり来ないかと思ってた」
「…。」
全く反応がない。
聞こえていないのかとも思ったが、この距離で聞こえていないはずがなかった。
「そういえば、私達あんまり話したことなかったよね?ちょっとの間だけどよろしくね!」
「…。」
受付時間は30分。クラスごとに交代して行っていく。
『ちょっとの間』とは言ったものの、会話のキャッチボールが続かない今、その時間はとても長く感じた。
「圭介から話はよく聞いてるよ。色々面倒見てくれてるみたいでありがとね。迷惑かけてないか心配だけど」
「…。」
「あいつ本当にしつこいから、うざかったらビシッと言ってやっていいからね!」
「…。」
少し間を開けて、彼はようやく口を開いた。
「…姉弟そっくりだな」
「えっ?」
「一人でずっと喋ってる」
「あんたに話してるの!!」
何を言い出すかと思えば、と深い溜め息をつく。
会話を繋げようと頑張っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
話す話題も底をつき、楽しそうに校舎を回る生徒達を眺める。
ふと、隣に座っているクラスメイトの方へ視線を向ける。
何を考えているのか全く分からない目で、真っ直ぐ前を見つめていた。
「(結構整った顔してるんだなぁ…こんなに近くで見るの初めて)」
ぼんやりと眺めながらそんなことを考えていた。
「…俺の顔に何か付いてるか?」
「えっ?!」
「…。」
「あっ、いや別に!…ごめん」
バレていた。
再び気まずい空気が流れる。
それを壊したのは、あいつだった。
「あれっ?姉ちゃんこんなとこで何してんの?!『受付』…?うわっ、似合わねー!!!」
弟の圭介だ。
「うっさいなぁもう!あんたにだけは見られたくなかったのに!」
「え!サガミさんもいるじゃん!ちわっす!」
「…おう」
当然のように挨拶を返すサガミ。
「にしても意外な組み合わせだなー!写真撮ってもいい?」
「いいわけないでしょ!!」
すると、サガミは突然席を立った。
「どうしたの?」
「…トイレ」
「えぇ?!今から一般の受付始まるのに~!」
お構いなしにその場から去っていく。
「自由すぎでしょあの人…」
「まぁ…この時間ならまだそんなにお客さん来ないだろうし大丈夫じゃね?」
「だといいんだけど…。…ねぇ、サガミっていつもあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「私何話しても無視されるんだけど」
「嫌われてんじゃね?」
「ちゃんと話したの今日が初めてなんだけど?!」
「同じクラスなんじゃねぇの?」
「そうだけど…あの人神出鬼没でほとんど教室にいないんだもん。話そうにも話せないし、喋りかけてほしくなさそうな雰囲気あるし…」
すると、圭介はニヤニヤしながら答える。
「それはただの思い込みだぜ、姉ちゃん」
「え?」
「サガミさんはああ見えてすっげー優しい人なんだぜ!」
「ほんとにー?」
「おうよ!」
「あはは、圭介が何か言ってる~」
横から聞き慣れない声が聞こえてきた。
「圭介だってこの前まで『サガミさん怖い~』って言ってたのに~」
「ちょ、おい島津!!余計なこと言うなって!!」
“島津”と呼ばれるその子は、クスクスと笑いながら受付の前に立つ。
「初めまして~圭介のクラスメイトの島津都古です~」
「あぁ!あなたが都古ちゃんね!初めまして、圭介の姉の明己です。圭介から話はよく聞いてるよ」
「そうなんですね~!会えて嬉しいです~!圭介からどんな話を聞いてるんですか~?」
「わあああ!!別に何だっていいだろ!!」
弟は都古ちゃんに絶賛片思い中なのだ。
「あはは、何そんなに焦ってるの~」
「別に焦ってねぇし!!」
「そういえば何でさっきサガミの話題になってたの~?」
「サガミさんも姉ちゃんと同じ受付係なんだよ」
「えっ?サガミが~?!ちゃんと来たの~?」
「おう!さっきまでここに座ってたぜ」
「トイレに行くって言って、ついさっき向こう行っちゃったけど」
そう言いながら、私は男子トイレのある方へ指をさす。
「もう~サガミったら~」
「でも男のトイレなんてチャッチャッチャッだからすぐ戻ってくるって!」
「やめなさい女の子の前で!!」
そんな話をしていると、サガミが向こうから歩いてくるのが見えた。
「お、噂をすれば」
「やっほ~サガミ~!」
「…なんか随分賑やかになってるな」
「偶然通りかかっただけだよ~。にしてもサガミ本当に受付係なんだね~!ちゃんと来て偉いじゃん~」
「…ボスに言われたから来ただけだ」
「え?ボスって…あの数学のボス先生?吉岡じゃないの?」
吉岡とは、私のクラス担任だ。
「自分が言っても無駄だって早々に諦めたんじゃね?」
「え?」
「サガミってボスさんの言うことしか聞かないもんね~」
「俺ら2年にもナメられてるしな、吉岡」
唐突に吉岡の愚痴大会が始まる。
「あ、そうだ。はいこれ、サガミの分」
「…俺の?」
「そう。配布用のパンフレット」
「パンフレット?」
何を言ってるんだと言わんばかりの目でこちらを見ている。
「あれ?ボス先生から聞いてない?」
「…何の話だ」
「受付の仕事!これを一般のお客さんに配るんだよ」
「…一般?」
全く理解していない様子だった。
3年生なら大体の流れは分かると思ったのだが。
「ほら、生徒は生徒で事前にパンフレットもらってるでしょ?ちょうど今圭介が持ってるやつ」
そう言うと、圭介は片手に持っていたパンフレットをヒラヒラと振って見せた。
「学校の関係者じゃない人…つまり、外部のお客さんは一般枠で、まだパンフレットをもらってないから受付で配るんだよ。それが私達の仕事」
「…。」
理解してもらえただろうか。再び反応がなくなった。
「早くお客さん来ねぇかなー!二人が受付してるところ見てみてぇ!」
「そんなところに立ってたら邪魔になるでしょ!早くどっか行って!見なくていいから!」
「私もサガミのパンフレット欲しい~」
「…お前はもうもらってるんだろ」
「え~サガミのがいい~」
「…別に俺のじゃねぇし」
そんな話をしていると、受付にお客さんが二人来た。
圭介と都古ちゃんはそそくさと離れた場所に移動した。
「すみませ~ん、パンフレット二つください」
お客さんはサガミの前に立った。
…が、彼は微動だにしない。
「ちょっと、サガミ!」
「…。」
「パンフレット!」
「…。」
小声で伝えるも、相変わらず反応がない。
「あ、あのー…」
「あーすみません!すみません!二つですよね!こちらどうぞ!」
私は慌てて二人にパンフレットを渡す。
受け取ると、お客さんは満足そうに去っていった。
「ちょっと!どういうつもり?!」
思わず声を荒げる。
「さっき仕事内容伝えたわよね?!」
「パンフレットはお前が配れ。少なくなったら補充する」
そう言うと、サガミは自分の分のパンフレットを私の方に移動させ、足元にある在庫の何冊かを机の上に置いた。
「待って、これ全部私に配らせる気?!」
「…ほら来たぞ」
「えっ?!」
次は三人グループのお客さんが来た。
私は慌てて笑顔を作り、人数分のパンフレットを渡す。
「……はぁ。ま、あんたの柄じゃなさそうだしね」
人には得意不得意がある。
そう自分に言い聞かせて、私は渋々引き受けることにした。
しばらくラッシュが続いたが、手伝う気配はなく、様子を見ながらサガミは私の近くにパンフレットを追加していた。
圭介と都古ちゃんは、未だに受付から少し離れた所で談笑を楽しんでいる。
列がようやく無くなり、一息つく。
「はぁ……。…ねぇサガミ、やっぱりあんたも配りなさいよ」
「…。」
「何のための二人配置よ。絶対効率悪いって」
「…。」
「やり方ももう分かったでしょ?受付なんて毎年やってるし、見たことくらいあるでしょ」
「…文化祭に出るのは今日が初めてだ」
「…えっ?サガミって編入生とかだっけ?」
「…。」
「いやでも、そんな話聞いたことないし…文化祭来たことないの?」
「…。」
「なんで?」
「…お前には関係ない」
すっぱりと言い切られてしまった。
確かに、関係はない。
何も言えなくなった私は黙り込んでしまった。
再び沈黙が続く。
ふと、圭介の方に目を向ける。
私のSOS信号が届いたのか、視線に気付くとニヤニヤしながら近付いてきた。
「おーっす、捗ってるかー?」
「見ての通りよ…」
「わっ、パンフレット結構減ってますね~!」
「さっき凄い列できてたもんなー」
そう言って机の上に並んでいるパンフレットを眺める二人。
「そういえば圭介、こんなところでのんびりしてて大丈夫~?」
「何が?」
「出し物でバンドやるとか言ってなかった~?リハとかあるんじゃないの~?」
「あー……おう!なんかドラムの奴が見たいものがあるって言って、始める時間30分遅らせることにしたんだよ」
「えっ、間に合うの~?」
「平気だって!曲はもう完璧だし、俺ら本番に強いから!」
「またまた~」
すると、圭介は思い立ったように配布用のパンフレットを机の上に開いた。
「サガミさん!サガミさんも良かったらバンド見に来てください!」
「…バンド?」
「はい!2年の奴ら何人かかき集めてバンドやるんです!あ、これですこれ!」
そう言ってバンドの詳細が記されているページを指差し、机に置いてあったペンで印を付けた。
「ちょっと!それ配布用なんだけど!」
「一冊くらい無くなっても分かんねぇって!」
「…俺はいい」
「えっ!!!」
圭介は驚いた表情を見せる。
どうやら来てくれると思っていたようだ。
「何でですかサガミさん!!歌も流行りのものばかりなので絶対知ってる曲ありますって!!」
「…応援はしといてやる」
「俺は見に来てほしいんですよ~!!」
「あはは、まぁライブを見に来るサガミも想像つかないけどね~」
「姉ちゃん!サガミさん連れてきてよ!」
「はぁ?!なんで私が!!」
「サガミさんと一緒に俺の歌聞きに来てくれよー!どうせ暇だろー?」
「暇じゃないし、あんたの歌は耳にタコができるほど聞いたわよ」
そんなやり取りをしていると、他の生徒がこちらに近付いてきた。
「お疲れ様です!交代の時間なのでここ代わりますね!」
「えっ、もうそんな時間?」
時計を見ると、私の受付担当時間は終わっていた。
「じゃあ私もこれで失礼します~。圭介、後でライブ見に来るね~?」
「ほんとか島津!!さんきゅー!!」
都古ちゃんはその場を後にした。
受付交代の話を聞くと、サガミも早々と椅子から立ち上がった。
「…、…サガミ!最後の文化祭くらい、ちゃんと楽しみなさいよ!」
今にも直帰しそうな勢いのサガミに慌てて声をかける。
一瞬ちらりと目を合わせたが、特に返事はなかった。
受付付近には、私と圭介だけが残った。
「…ありがと。助かった」
「ま、サガミさん初心者には俺みたいなスーパームードメーカーか不可欠だからな~」
「何よそれ…」
「お礼はジュース一本でいいぜ!」
「…。…ライブの皆は大丈夫なの?」
「なにが?」
「リハの話もどうせ嘘なんでしょ?30分の大遅刻じゃない」
「まぁ…何とかなんだろ!本番に強いってのは本当だし!」
そう言って満面の笑みを見せる。
私のせいで練習に遅れることに関しては、本当に気にしていない様子だった。
困っている人を放っておけない性格は相変わらずのようだ。
何気なく校門の方を見る。
私の目に映ったのは、学生鞄を持ってそそくさと学校から出ていくサガミの姿だった。
文化祭 @k_motoharu
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