第3話
「ひさしぶりだな、元気だったか?」
思わぬ再会を果たしたのは、それから二週間後のことだった。
朝早く、校門の前でおれに立ちはだかった男を見て、おれは懐かしさに大きな声をあげてしまった。そしてその日の授業が終わるまで待つと言い張るこいつの要望通り、三限の授業の後、こうして二人で学食で向かい合わせに座っている。
阿久津丈。おれの高校時代のバレー部の後輩だ。年下ながらエースとしてチームを引っ張った、うちの部の扇の要だった。まあまあ仲は良かったと思う。そんな奴はいま、ブスっとした表情を崩さず、学食にある無料サービスのお茶をすすっている。
「ふつう」
まあ、悪くはないのだろう。こいつが口下手であることはじゅうぶん承知していたので、おれはそのまま続ける。
「で、なんかあったの?」
「用があるから来たんだろ」
「なんだよ。じゃあ連絡くれればいいのに。わざわざ大学まで来なくても」
その言葉に、不貞腐れたように顔を反らしていた男がやっと、湿度八十パーセントくらいのジトっとした目をおれに向ける。
「……あんたが返信よこさないからだろ!」
「え、そうだっけ?」
あわててスマホを見る。溜まりに溜まったSNSの通知の中に、確かにこいつの――阿久津丈のメッセージが紛れ込んでいた。開いてみると、『相談があるんですけど、いつ空いてますか』というシンプルな文面。ああ、やっちまった。おれは頭の中で頭を抱える。返信は後回しにする悪いクセ。自覚はある。おれは阿久津の目の前で手を合わせて、「気づかなかったわ、ごめん!」と素直に謝罪する。それを見た阿久津は堂々と舌打ちし、治安の悪い顔を作って言った。
「センパイさ、悪いと思ってるんなら協力しろよ」
「え、何に?」
「いいから、協力するって言え」
用件は話さず、阿久津はずいっとおれの方に顔を近づける。こうなったら「うん」というまで離してくれないことはわかっていたし、未読無視していたことの負い目もあったから、おれはやつの望む言葉をかけてやることにした。
「わかったよ」
そうしたら少し満足げな顔をして、阿久津は残りのお茶を飲み干した。やっぱりおれはこいつに甘い。なんだかんだ、いつも言うことを聞いてあげてきた。だからこそ、こいつはおれのことをなんでも屋だと思っている節がある。
だが基本的に誰にもなつかない猫が、自分にだけはなついてくるときみたいに、それがちょっと嬉しかったりもする。
「じゃあ、いまからついて来て」
「はあ? どこへ」
「……」
阿久津が無言で立ち上がったので、おれは慌てて後を追う。すると昼過ぎということもあり、そこそこ混み合っていた学食内で、阿久津の前だけ道ができる。人の視線を集めるのはこいつの顔が嫌味なくらい整っているからだけではない。もともと一八五は超えていたと思うが、一年ぶりに会って、おそらく一九〇に到達したようだった。おれだって四捨五入すれば(ギリ)一八〇なのに、それをゆうに上回るこいつが憎らしい。
「わかった、どこにでもついてくから、どこに行くのかだけ教えてくれよ」
「ガッコ」
「学校?」
阿久津は前を向いたまま、その長い足でずんずんと歩いて行く。敬語も遠慮もないこの後輩の背中を見、こいつが少しも変わっていないことに、おれはちょっとだけ安心した。
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