陽だまりのシルエット

衣草薫

ダンデライオンの約束

第1話

「これじゃあちょっと、話にならないかな」

 推定四十代と思しき男は、右側の口角だけを上げてそう言った。

 トカゲのようにつり上がった眉毛の下で、妙にぎょろついた目が、おれにねばっこい視線を送っている。

「ていうかさ、きみ、募集要項ちゃんと読んだ? そもそもきみ学生だよね」

「はい、そうですけど……」

 おれは声を詰まらせながら、冷たく光るメガネから目を離さずに言った。

「募集要項には、その、学生歓迎とあったので」

「それはそうだけど、ちょっと考えればわかるじゃん」

 いよいよおかしい、というふうに男が笑った。

「ウチらが求めてるのは、そこらへんの大学生じゃなくて、優秀な大学生なわけ。一か月くらいエクセル勉強しました、とかのレベルの人間じゃないのよ」

「……」

「それくらい察してよ。こっちは業務の間を縫って、きみの対応してるんだからさ」

 大きくなった鼻の穴から、ふん、とこらえる気のない失笑が漏れる。そこでやっとおれは、自分が歓迎されていないどころか、時間の無駄扱いされていることに気づいた。

 おれ、もしかしなくても場違い? とんでもない勘違い野郎なのか? いっちょ前にスーツを着て乗り込んだはいいものの、とんだ恥さらしになっているのではないか?

 不安と恥ずかしさで俯きかけたのを、く、と唇を噛んで耐える。

「相沢くんさあ、飲食とかがいいと思うよ。前職と同じでさ、その方が経験生かせるじゃん」

「そう、ですかね……」

「ご実家もスナックやられてるんでしょ。ほら、適材適所っていうじゃない」

「……」

「きみにはそれがお似合いだよ」

 話はこれでおしまいだ。そう言いたげに、男が立ち上がる。机の上の履歴書を雑に拾い上げたから、掴んだところがくしゃ、としわになったのが見えた。

「それじゃ、今日はどうも。結果は追って連絡します」

 ドアを開け、ニヤニヤしながら男が言う。おれは自分より少し低い位置にある男の頭に向かって礼をした。

「……お時間いただいて、ありがとうございました。失礼します」

「はいはい」

 もう、目は見れなかった。灰色のタイルカーペットに視線を落としたまま、一直線に出口に向かう。最後、受付の女性が機械的に頭を下げたのが視界の隅で見えたので、最後の気力を振り絞って顔を上げる。

「今日はありがとうございました」

 そのとき、奥の方から、ガガっ、という音が聞こえた。思わず自分が歩いてきた方を見ると、さっきの面接官が、シュレッダーをいじっているのが見えた。

「失礼します」

 おれはもう一度頭を下げた。


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