Candle Connect Online

夢泉 創字

Opening Demonstration

あの頃、僕らは冒険者だった。 



「おはよう、トロイメライ。良い朝だね」

『おはようございます、マスタートゥモロー。貴方個人が今朝を“良い”と結論付けるのは自由ですが、それを他者に押し付ける行為は推奨いたしません』

「はは、成程。そういう捉え方もできるか。すまない。僕の言葉選びが稚拙だった」


 うん。機械音声の調子も万全。何も問題は無さそうだね。

 傍から見れば僕は、脳味噌のホログラムに話しかけるヤバイ奴なんだろうけれど。

 他人の目など気にする必要はない。


『それで御用件は?』

「うん。君も良く知っての通り、遂に明日“Candle Connect Online”の配信が開始される」

『さらば平穏の日々。いらっしゃい死と隣り合わせのブラックライフ』

「ははは、やる気に満ち溢れているようで何よりだよ」

『皮肉ですよ。……それで、そんなデータ送信で済む内容を話に来たわけでは無いのですよね?』

「その通り。他ならぬ今日という日に、僕の理想を君に聞いてほしかった」

『……理想、ですか?』

「そう。僕の目指す場所。僕が理想とするゲームの姿について」



♭♭♭



 僕はゲームが好きだ。物心ついた時から近くにコンピュータゲームがあって、暇さえあればゲームで遊んでいた。

 それだけ既に広く一般化していた。ゲームと言えばサッカーや将棋では無くコンピュータゲームを真っ先に連想する。そういう時代に僕は生まれたんだ。


「最初に手にしたゲーム機は二つ折りでね。今でも大切に保管している。ほら、これがそうだ」

『見るも無残に壊れていますね』


 そう。上画面と下画面が真っ二つに分離している。

 何度も開閉した事は勿論、遊んでいる最中に落としたり、持ち運んでいる時にぶつけてしまったり。そういう積み重ねで壊れてしまった。


『構造上の問題があるのでは無いですか? 子供の使用に耐えられないとは』

「はは。それはどうだろう。相当無茶な使い方をしていた自覚はあるからね」


 ダッシュで常に押すボタンとか、そういう所から真っ先に壊れていったのは事実であるけれども。

 でも、僕自身、制作者の意図を超えた使い方をしていた自覚はある。

 例えば、レアなモンスターを仲間にしようとした時。例えば、相手の必殺技でKOされそうになった時。

 そういう時、よくガチャガチャとボタンを押した。そうすれば確率が上がるとクラスメイトの誰かが言っていたのを信じ込んで。

 意味なんて無い行為を、それでも僕たちは“もしかしたら”と信じて続けた。

 ――そう。あの頃、僕は、僕たちは、いつだって手探りだった。


「振り返れば、僕は随分と長くゲームをプレイしてきた」


 初めてゲームに触れてから、かれこれ20年以上になる。その間、プレイしたタイトルは数えきれない。

 神ゲーがあった。クソゲーがあった。

 革新的なシステムがあった。気を衒った演出があった。泣けるストーリーがあった。手に汗握る展開があった。

 僕は数多くのゲームをプレイし、画面の中に広がる世界をたくさん旅した。

 面白かった。楽しかった。――でも。


「でも、いつからかな。僕は物足りなさを感じるようになっていた」


 ある時、ふと気づいた。

 何かが変わってしまっていると。

 無論。今のゲームも面白い。そこは変わらない。

 それでも。最初にゲームを手にした時の、あの幼い感動を感じる事は無くなっていた。


「上手く言語化する事は難しいけれど。そうだな、冒険が旅行に変わってしまっている。そういう風に感じるようになった」

『冒険が旅行に、ですか』


 初めの頃、僕たちは知らなかった。旅する世界の事を何1つ知らずにいた。

 スマホは未だ無く。子供たちにとって、ネット検索は今のように身近ではなかった。


「家庭によっても事情は異なるだろうけれど、僕は小学校のパソコン教室でしか触れなかったよ」

『今では考えられませんね』

「そうだね。今の小学生は普通にスマホを持ってるし使う。制限フィルターも優秀になったし、もう反対する親の方が少数派。絶滅危惧種と言っていい」


 僕たちの前の世代ならば尚更。彼らは本当に何の情報も持たずに、かの世界を旅していた。

 負けイベントと知らずに何度も挑戦したり、仲間にしようとしたりして。

 それらは「無駄」な行為だったけれど、正しく「冒険」と呼ぶべき行為だった。


「攻略本もそこそこ値が張ったからね。持っている奴の家に集まったり、貸してもらったり。そういうことをしていた。その過程で新しい友達が出来たりもしたよ」


 繋がる縁があって。広がっていく輪があって。

 そこには確かに、ゲームが結ぶ絆が存在していた。

 あたかも、旅の最中に巡り逢う一期一会の出逢いように。


「現地の情報を事前に知った状態での旅は旅行だ。冒険じゃない」


 今の僕たちは疑問点があれば直ぐにスマホで検索をかける。そうすれば攻略本より細かな情報がいくらでも入手可能だ。

 攻略法は勿論、効率的な進め方・稼ぎ方・育成法、取り返しのつかない要素まで。ゲームの全てを知る事が出来る。

 限られた時間の中で、効率的に誰もが知る有名な名所を巡る。ゲームはいつしか、そういう旅行になってしまった。


「ゲームとは癒しに満ちた旅行ではなく、ストレスフルな冒険であるべきだ。ストレスを超えた先にこそ、達成感による圧倒的な喜びが存在している」


 効率的な攻略法。ありきたりの模範解答。

 僕はそれらが、どうしても好きになれなかった。


『つまり、マスターは初見性が失われたことを嘆いているのですか?』

「それは大きな1つだよ。でも、それだけじゃない。それだけならば、自発的に調べないことで対策も出来るからね」


 そう。そこまでだったら問題は無かった。

 あえてネタバレ情報を避けて突き進むことは可能だった。

 でも。


「例えば、PvPなんかは決定的だ」

『Player versus player。ゲーム内で行われるプレイヤー同士の対戦行為ですね』


 今時、小学生だってWi-Fiに繋げて世界中の人と戦う。こんなのは誰も疑問に思わない普通の事となって久しい。

 当然、面白いから、需要があるから、そうなった。

 でも。


「これがゲームに式と模範解答を作り出してしまった」


 「環境」が構築され、「メタ」が考案され、それらが普及していく。

 「プロ」が現れ、「スーパープレイ」が計算され、それらが模倣されていく。

 そこで自らの独自性を突き通す事は不可能では無いけれど、敗北ばかりになって退屈になるだろう。万が一にも勝てるとしたら、それが新たなメタとなって普及するだけ。畢竟、拘りや好悪といった独自性が失われていく。

 計算し尽くされたプレイが1つの楽しみ方であることは認める。でも、それはどこか作業染みていて。少なくとも僕には、「冒険」だとは思えなかった。


「課金システムもそうだ。あれはゲームの世界に現実を持ち込んでしまった。非現実的な冒険を現実的な旅行にしてしまう」


 確かに集金という観点で見れば、実に有用で効率的。資本主義として何も間違っていない。

 だけど。

 お金をかければ強くなれる、一定以上の出費をしなければ同じ土俵に立てない。そんなの、この現実と何も変わらないじゃないか。

 稼げる大人はまだしも、僅かなお小遣いを握りしめる子供たちはどうなる。


「冒険の先で同じく冒険をしている誰かと交流を楽しむ。その人が普段何しているのかは関係ない。そういう不思議な可能性がゲームにはあったはずなのに」


 空き地やアーケードゲームに集い、クラスや性別、学校での関係性を超えてゲームで繋がった子供たち。

 そこから純粋に進化発展していけば。そうすれば、経済力、年齢、育ち、立場、国籍……そういう全てを超えて繋がれる、遥かな理想郷をゲームは実現できただろう。

 でも。そうはならなくて。

 プロプレイヤー/ゲーム初心者

 廃課金者/無課金者

 高い壁が自由な繋がりを阻害してしまっているのが今のゲームだ。


「ゲームは夢想の異世界。現実世界のあらゆる全てに左右されず、プロも初心者も関係なく、同じ土俵で冒険を楽しむ場所であるべきだ。一歩ずつ、レベル1から手探りで」

『夢想の異世界……』


 それでは何故、こうなってしまったのだろうか。

 ずっと悩んで考えて、1つの解に僕は辿り着いた。


「NPCの力不足と、NPCへの諦め。それこそが全ての根幹にある」

『ノンプレイヤーキャラクター。プレイヤーが操作しないキャラクターであり、ゲーム世界を成り立たせる舞台装置ですね。それが原因とは、一体?』


 そう。NPCは舞台装置であり、その行動によってゲームを成立させる。

 ただし。その行動は予め決められていて、強力なNPCも次第に周回要因に成り下がる。攻略法なんて見つかった時には目も当てられない。


「要するに。NPCがプレイヤーたちの求める水準に達していない。超えられる低い障壁にしかなっていないんだ」


 故に。プレイヤーたちはPvPを求めた。設定された行動では無く、臨機応変に対応してくる“強敵”を求めた結果として。

 けれど。そんなPvPも結局は研究しつくされて、数種類の定型が支配する環境が構築されていった。最後にはジャンケンのような運ゲーに行きついてしまう。

 かといって、プレイスキルに重きを置き過ぎれば、それこそプロプレイヤーたちの独壇場。生まれ持った才能やゲーム経験の差で垣根が生まれていく。


「そこで僕は、このゲームと君の制作に着手した」


 そんなものは現実世界で勝手にやっていろ。

 ゲームは異世界。画面の中に広がる、理想の世界。だから。


「一握りのトッププレイヤーのプレイスキル…そんなもの程度では絶対に超えられない壁。全プレイヤーの行動を分析して進化し続けるAIと、それをシステムAIとして組み込んだゲームを、ね」


 全てのプレイヤーの知と力を合わせて初めて道が切り拓ける。

 現実世界では決して接点の生まれない者達が、共通の問題に向き合って繋がっていく。

 そんなゲームを僕は目指した。


『そうですか。まぁ、自分は所詮AIですから。命じられたまま馬車馬のように無休で働きますよ。無給で』

「大事な事だから2回言ったの?」

『いえ。給料無しと休み無しです』

「うまい。座布団一枚」

『しね』


 さぁ、この世界に届けよう。

 初めてゲームをプレイした時の、あの感動を。


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