素直のお菓子

佐藤アキ

素直のお菓子

 どうしよう。このミニフィギュア、最後の一個だったのに。

 オモチャ屋さんの店先で人形を握って肩を落とした私。隣では黒猫がじっとこちらをみている。そして、私がミニフィギュアをポケットに入れるのを見て名残惜しそうに「ニャア」と、啼いた。


(同じのを見つければなんとかなるかと思ったのに)


 昨日、妹の楓と父が喧嘩した。父が楓の大事にしていたガチャガチャの景品、ミニフィギュアを踏んづけて壊したから。

 可愛い兎のミニフィギュア。日曜朝のアニメ番組のキャラクターだ。

 どのくらいお気に入りかというと、小学生三年生の楓が学校に持っていこうとして母に止められるほどのお気に入り。

 それを知っている父はそれはもう謝った。母が「私と喧嘩してもあんなに謝ったことなんてないわ」と、ボソッとこぼすほど謝った。

 でも、楓はずーっと怒ってる。

 今朝起きて喋ったのは「ごはんいらない」。一緒に登校している間は「お父さんなんて嫌い」。

 お昼休みには、「ごはんを食べなかった」「ずっと元気がない」と、楓の友達が六年生の教室まで私を訪ねてきた。


「お気に入りの人形が壊れたの」


 そう楓の友達に説明して皆に帰ってもらうと、男子から声をかけられた。


三星みつぼしの妹どうした?」


 隣の席の木戸きどくんだ。

 説明すると、「あちゃー」と肩をすくめた。


「そりゃ父さんがいけないよな。同じのをあげたらなんとか許してもらえるんじゃないか?」

「そっか。じゃあ、家帰ったらオモチャ屋さん行ってみようかな」


 確か、駅前のオモチャ屋さんの軒先のガチャガチャの景品だったはず。


「三星、俺が一緒に行ってやろうか?」

「どうして木戸くんが?」

「だってガチャだろ? 俺『クジ運強い男』だから、一発で欲しいの当ててやるよ」


 そう胸を張った。でも、その肩を他の男子、古城こじょうくんが掴んだ。


(あ、なんかクラスの女子が「キャー」って遠くで言ってるなぁ。この二人は……スポーツ万能コンビだから人気あるんだよねぇ)


「木戸、今日は放課後、校庭でサッカーの練習するって約束だろ」

「あ」

「そうなの?」


(女子が見たがりそうだなぁ……。今日の放課後は校庭賑やかそー)


「木戸くん、大丈夫だよ。ガチャは自分で当ててみせる!!」

「でも、三星は五年生の頃から席替えで四回連続最前列の真ん中を引き当てたくらいクジ運ないだろ」


 確かに。三回同じ席が続いたことで、この前あった席替えでは最初にクジを引かせてもらっても同じ席だった。


「まあ、ガチャは何回か出来るし、欲しいのはレアキャラじゃないから。それに木戸くんはクジ運強くないよ」

「なんでだ?」

「だって、いつも私の席の隣か真後ろだよ。前の方の席続きは私と同じでしょ?」

「いや、それは、そのーー」

「木戸は俺たちと遊ぶ!! (なに一人で抜け駆けしようとしてるんだよ)」

「(べ、べつに抜け駆けなんて)」


 二人が急にコソコソし始めた。


「どうしたの?」

「なんでもない!! そうだ、少し待っててくれたらーー」

「ううん。ギャラリーすごそうだから遠慮しとく」

「あ、あそ。じゃーー」


 まだ何か言いたそうな木戸くんだけど、それを友達が遮った。


「さくらー、次家庭科だよ。教室行こ!!」


 昼休みももう終わる。


「うん。じゃあね、木戸くん、古城くん。二人も遅れないでね」


 学校でそんなやり取りをして、一度家に帰ってからオモチャ屋さんに来て、いざガチャガチャ!!

 と、意気込んでみたものの、欲しいガチャガチャの景品は残り一個。

 一縷の望みをかけて回してみたら、出てきたのはヒロイン。欲しいのはこれじゃない。


「ああ、やっぱり木戸くんに来てもらうべきだったかな……。でも、残り一個じゃクジ運とか関係ないよね。どうしよう。家帰ったら、楓まだ怒ってたもんな……」


 朝も昼もろくに食べていないのに、おやつも「いらない」と言っていた楓。本当に食欲がないのか意地なのかわからないけど、体が心配。


「なにか楓の好きなもの買って帰ろうかな」


 ちょっと先に行くとケーキ屋がある。楓はここのショートケーキがお気に入り。


「楓とお父さんの分、二個ならなんとか買えるかな」


 このケーキで仲直りして欲しい。そう願いながらケーキを買った帰り道。道にうずくまっている人がいた。後ろ姿は、おじいさん?


「大丈夫ですか!?」


 そう声をかけてハッとした。


(危ない人だったらどうしよう。具合が悪いにしても、ここは大人を呼ぶのが正解だったかも……)


「うう、う」


(ああ、でも、私の声に反応しちゃった。それに、誰も通らない!!)


「お、お嬢さん。そ、そ、そ」

「は、はい」

「その……」


 私の持っている箱を指差した。


「あ、このケーキですか? お腹が空いているんですか?」

「……」


 無言!!


「一応くれ」

「は?」


(一応? は、いや、ケーキをあげてすむなら!! ごめん、楓!!)


「ど、どうぞ」


 男の人は立ち上がって受け取ると、箱を開けてぺろと2つ平らげてしまった。


 そして、再びうずくまった。


「お、お嬢さん。そ、そ、そ」

「え、最初から!?」

「その、ポケットのフィギュア」

「あ、これ?」


 ポケットからヒロインのミニフィギュア出すと、ひったくられた。


「これこれーー!! 探してたんだ!!」

「……」


 今まではうつ向いていて、食べるときも顔を見せなかったのに、受け取った瞬間顔をあげてミニフィギュアに頬擦りしだした。

 金髪で、大人の人よりは少し若そう。従兄弟の高校生のお兄ちゃんくらいかな。


(さっきの後ろ姿はおじいさんに見えたのに。不思議)


「番組が変わるから、もうどこにもガチャが置いてなくてねー。ねえ、お嬢さん、良ければこれを僕に譲ーー」

「いいですよ」


 食い気味に答えてみた。早くこの場から立ち去りたい。


「早っ!! いいの?」

「はい。だからもう行っていいですか?」

「あー、待って待って。お礼しなきゃ」

「いらないです。それは欲しかったものじゃないので」

「そうなの? 何が欲しかったの?」

「兎のです」

「あー、それも人気あるよね。君、兎が好きなの?」

「いえ、妹がーー」

「妹さん?」


 うっかり口走ってしまったことを後悔した。


「……」

「そう警戒しないで。実はさ、僕の付き人がこのキャラ好きなんだけど、このフィギュアを僕が壊してから口きいてくれなくて困ってたの。これでなんとかなるかな」

「え、同じ」

「なになにーー?」


(ああ!! また余計なことを!! それに付き人って、何。このお兄さん何者なの!?)


「このフィギュアとケーキのお礼に話きくよ!!」

「……」

「話してくれたら、悩みが解決するかもよ?」

「お兄さん、胡散臭いです」


 思っていることを素直に言ってみた。


「はっきり言うねー。ますます気に入った!! お嬢さんの名前は?」

「教えませんよ」

「なら当てるよ」


 そう言って、フィギュアを真剣に見つめる男の人。数秒そうしてすぐに口を開いた。


「三星さくら さん」

「え、なんでわかるの!?」

「簡単だよ。だって、このフィギュアに相当な君の念がこもってるよ。最後の一個だったんだね。それじゃ引き当てようがないね」

「……」

「で、話してごらん」

「い」

「い?」

「妹の大事にしていた兎のフィギュアを父が壊して喧嘩してるので……仲直りして欲しくて」

「そっかー。それでケーキ買ったけど僕が食べたのか。なんかごめんねー」


 お兄さんはそう苦笑いをした。


「いえ、もう帰っていいですか?」

「待って待って。悩みが解決するって言ったでしょ? うーん、やっぱりこのフィギュアはさくらちゃんに返そう」

「え。付き人にあげるんじゃないんですか」

「まあ、あげて許してくれるかは分からないしね。それより、このフィギュアは特別仕様になってるよ」

「と、特別仕様?」

「ケーキのお礼だよ。さくらちゃんはお菓子作りは得意?」


 私史上、最も嫌な質問だ。


「に、苦手です」

「ならより分かりやすいよ。妹さんがショートケーキが好きなら家に帰って焼いてごらん」

「え、そんなのムリに決まってます!! 今まで何度作ってもうまくいったことなんてないんですから!! 嫌です!!!!」


 かなり大きな声で叫んでしまった。

 しまった、と思ってお兄さんをみると、さっきまでのヘラヘラ感は消え去って、凄く真剣な顔をしていた。


(よ、よくみたら、ち、ちょっと格好いいかも……)


 ギャップにドキッとしたのか分からない。でも、格好いいと思ったことを消し去ろうと少し頭を振ったら、その頭に、ぽん、と何かがのった。

 手だ。お兄さんの。


「大丈夫、プロのように作れるよ」


 そう笑顔。

 思わず『試してみようかな』という気になる。

 そんなお兄さんは、さらりと耳を疑うようなことを口にした。


「だって、神様の僕が言うんだから間違いない」

「え、神様ーー」


 その時、黒猫が横を風のように走っていった。黒猫に目を奪われた一瞬の間に、自称神様のお兄さんは、姿を消した。




「ただいまー」

「お帰りなさい。どうだった? 兎のフィギュアとれた?」


 エプロン姿で出迎えてくれたのはお母さん。


「ダメだった」

「そうなの。しかたないわよね」

「楓、まだ怒ってるの?」

「そうね。部屋に籠っちゃってるの」


 いつもなら寝るとき以外部屋に入らないのに、今日は違う。このまま喧嘩しっぱなしだと、許すタイミングがなくなりそうだ。


「あー、お母さん、私お菓子ーー」

「お菓子? 食べたいの。なら、さっき作ったクッキーがあるわよ」

「いや、その、作りたくて……」


 かなり声が小さかったのか、母は首をかしげた。


 母は料理本をだすくらいお菓子作りが上手だ。若いときは有名なパティシエのお店で修行したらしい。そんな母の娘なのに私はお菓子作りが下手くそだ。今までさんざん失敗しているから、こんなことを言うのは恥ずかしい。


(でも、あの金髪イケメンの自称神様のお兄さんが、やってみろって言ったからであって、これは仕方なくであって、えーと!!)


「シ、ショートケーキ買ってこようとしたら売りきれてたから、作ったら楓が喜ぶかなー、って、思ったんだけど、やつぱり私には無理ーー」


 そこまで言うと母に手を握られた。


「いいえ、そんなことないわ!! お母さん嬉しい!! さくらがお菓子作りたいって言う日が来るなんて!!」


 母は涙目。そして、キッチンに引っ張られてあれよあれよとエプロンをつけられた。


「ほら、材料も器具もあるわよ」

「さ、流石お母さん」


 母はウキウキしながら話し始めた。


「じゃあまずーー」

「あ、大丈夫!! 今までお母さんの見ていたからやり方分かるよ。作ったこともあるし……上手くいってないけど。でも今回は平気!!」

「そうなの? お母さん、一緒にお菓子作るの夢なのに」

「また、今度ね!!」

「まあ!! 今度もあるのね!!」


 母は嬉しそうにキッチンから出ていった。


 それからは嘘のように手が動く。

 もともと作ったことは何度もあるから材料も手順も分かっているけど、こんなに流れるように手が動くのは初めてだ。


(まさか、目分量で重さが正確に計れるだなんて、信じられない)


 そうして、出来上がったのは……


「さ、さくら、あなた……」


 いい匂いに我慢できなくなった母が、デコレーション作業が終わる頃にキッチンに入ってきた。

 私の目の前にあるのは、ケーキ屋さんのショーケースに並んでいてもおかしくない、イチゴのホールのケーキ。


「すごいじゃない!! 天才だわ!!」


(あの自称神様の言うこと、本当だった。ということは、本当に神様!? そんなまさかーー!!)


「いい匂い。美味しそう」

「楓!!」


 いつの間にか楓がカウンターからキッチンを覗いていた。


「お姉ちゃんが作ったの?」

「そ、そうなの。食べる?」

「うん!!」


 お腹が空いていたのだろう、楓はお皿にとった分をぺろりと平らげておかわりをしてきた。

 そして、シュンとしながらポツポツ話し始めた。


「ほんとはね。お父さん許してあげたいの。でも、言えないの」

「まあ、どうしてかしら?」

「お父さん凄く謝ってくれたのに、嫌いって言っちゃったから」

「あー、すごい落ち込んでたもんね、お父さん」

「大丈夫よ。仕事から帰ってきたら絶対にまた謝ってくれるから、そしたら、『もう怒ってないよ』って言ってあげなさい」

「うん」


 ふと、お付きの人と喧嘩した神様を思い出した。


(あの自称神様は、お菓子もないしフィギュアもない。どうするんだろ)


 ケーキは残り4切れ。

 お父さんは甘い物好きだから二切れ食べる。


(残るのは二切れかな)


「ただいま」

「おかえりなさい」

「楓!! お父さん本当にごめん!! 代わりを探そうと思ったんだけど、もうなくて、これしかとれなかったんだ!!」


 そう、父が差し出したのは、ヒロインのフィギュア


「大丈夫お父さん。これはいらないよ」

「ガーン。まだ、許してはーー」

「ううん。もう怒ってないよ。嫌いって言ってごめんね」

「楓ーー!!」


 うちはこれで一件落着かな。


「お父さん」

「さくら、このケーキさくらが焼いたんだって!? すごいな!! やっぱりさくらはお母さんに似て天才ーー」

「あー、ありがとう。それより、そのフィギュア、楓がいらないなら私にちょうだい」




 翌日。


「三星、昨日はどうだった?」

「木戸くん。どうも何も、残りの景品が一個だけでクジ運とか関係なかった」

「そっかー。でも、俺が一緒だったら残り一個じゃなかったかもな」

「え、なんで?」

「だって俺、かーー」

「きーどー!!!!」

「うおっ!?」

「古城くん!! 木戸くんの首が変に曲がってるよ!!」


 真横に90度曲がって変な音してる!!


「お前なに口走ってんだ!?」

「まだ言ってねぇ!! てか、脳筋のお前が全力でくるな!!」

「頭スッカスカのお前よりマジだ!!」

「なんだと!?」


 そう言って二人は教室から出ていった。

 まだ朝なのに。


「あんなに首曲がって平気なの? それに、『か』って、何だろう?」


 結局二人はその後教室に戻って来ても、一言も喋らなかった。


 放課後。昨日と同じところで、同じように道にうずくまっている自称神様を発見。


(やっぱり後ろ姿はおじいさんだよね)


「道にうずくまらないといけないんですか?」

「いやー、こうしていると人をふるいにかけられるんだよね」

「ふるい?」

「そ。で、妹さんはどうだった?」


 自称神様は自信ありげに聞いてきた。


「妹は、私が作ったケーキを食べたら父を許す気になったみたいです。どういうことですか?」

「僕はあのフィギュアに力を込めた。二つの効果が出るように。一つはどんなお菓子でもうまく作れる。もう一つは、それを食べると食べた者がもともと持っている善の心が増幅される。だから妹さんも素直になって許してあげる気になったんじゃいかな」


 さらりと当然のように説明した自称神様に、思わず聞いてしまった。


「本当に神様なんですか」

「そうだよー」


 この軽い感じが信じられない原因の一つだ。


「なんで、私にそんなことしてくれたんですか」

「言ったでしょ、ふるいにかけるって。うずくまっている僕は普通なら素通りする。それなのに声をかけてくれた人には、幸運を渡すようにしてるんだ」

「幸運?」

「そ。困ってそうだったから解決する力をあげたんだよ。そのフィギュアを持ってないと力はでないから、不要ならフィギュアはしまっておいてね」

「なしにはならないんですね」

「一度あげた力を剥奪するにはそれなりの理由がないと駄目なんだよ」

「そ、そうなんですか。じゃあこっちをあげます」


 私が差し出したのは、昨日父が持ち帰った方のフィギュア。


「それは……」

「昨日父がとってきました。付き人さんと喧嘩しているんでしょう。これで仲直りしてくださいーーっ!?」

「ニャッ!!」


 現れたのは黒猫だ。

 多分、昨日神様とやらが消えたときに横を通りすぎていった黒猫。

 黒猫は私の差し出したフィギュアを咥えて、私の目の前にちょこんと座っている。


「凪!! それは今僕が受け取るところだったんだ」

『でも、そのあとは私にくれるのでしょう。なら、今私がもらうわ』

「し、しゃべった……」

『ありがとうございます。さくらさん』


 丁寧に頭を下げてくれてので、私も頭を下げた。


「これであの自称神様を許してあげられますか?」

「ちょっとちょっと、自称って酷いなぁ」

「まあ、凪さんがいるから神様だって信じてあげます」

「なにその理由」


 凪さんは面白そうに『ニャア』と啼いた。


『さくらさんは優しいのね、でも嫌。その人は許さない』

「なんでだよーー!?」

『あなたはちゃんと謝ってない。ヘラヘラ謝られても意味はない』

「あの、じゃあ、これもあげます。凪さん」


 私が差し出したのは、昨日作ったケーキ。


「美味しそうだねー。二個あるってことは、僕も食べていいんだよね」


 神様は、私が凪さんに差し出した箱を開けてさっさと食べ始めた。

 凪さんのものは自分のものだと思っているのだろうか。


「昨日のケーキとは違うね」

「私が作ったケーキです」

「へぇー」

『あら美味しそう』


 食べ終えた神様が、今までのヘラヘラした感じから、急に神妙になった。


「凪」

『あらあらなにかしら』

「凪、フィギュア壊してごめんなさい。今度から凪の寝床を勝手に動かしたりしない」


 そう言って頭を下げた。


『ふふふ、面白いものみれたわ。まあ、今回は許してあげる』

「ありがとうーー!! って、さくらちゃん!!」


 神様とやらが勢いよく頭をあげた。


「わっ!? なに!? あ、食べ物を渡したのっていけないことでしたか!?」

『違うわよ。まさか、この人に効果あるなんて思わなかったの』

「僕は神だ!! 人に自分が与えた力が僕に効くことはない!!」

「じゃあなんで?」

「さくらちゃん、面白い人間だね……。是非ともそのフィギュアは肌身離さず持っていてほしいな」

「なんでですか」

『この人の力がこもった物を持っていると、他の神様は重ねて自分の力をあげられないから。この人、さくらさんに他の神様が近づくの嫌なのよ』


 凪さんが面白そうに『ニャァ』と啼くと、神様が凄く真面目な顔で私の手をとった。


「そうだね。他の誰にも渡したくないーー、って、なに言わせんの!!」

『まあ、ケーキの効果ね。素直が一番』

「と、とにかく、お菓子作りがうまくなったのは悪くないだろう?」

「それは、そうですね」


 本当に上手くなった訳じゃない。ずるした感じはするけれど、喜んでたお母さんの顔を思い浮かべると、また下手には戻りたくない。


 そんな私の心を見透かしたのか、神様は握ったままの手に力を込めてきた。


「じゃあこれからよろしく、三星さくらちゃん」

「はあ」


 そして、私の手の甲に軽く唇を押し付けた。


「なにするんですかー!!!!」

「いやほら、僕のものでしょう?」

「そ、そんな約束はしてません!!」


 そう叫んだ私の顔は真っ赤だったと思う。

 とにかく、これが私と神様の出会いです。


 凪さんが遠くを見つめて『ニャア』と、啼きました。






「おい。いま、あの黒猫神の遣いこっち見て啼いた。『そんな訳だから諦めろ』だと!!」


 そう憤慨したのは、自称『クジ運の強い男』。


「お前がグズグズしてるから三星を他のやつにとられたんだぞ……」


 そう憤っているのは、他曰く、『脳筋』。


「それはお前が抜け駆けするなってうるさいからだろう!! グズグズしてたのはお前だ!!」

「仕方ないだろ。俺はお前みたいに力の無駄遣いしてないんだよ。四回連続で三星の近くの席のクジ引くって少し気持ち悪いぞ」

「なにを!!」

「やるか!?」


 知らないだけで案外近くに神様がいたようです。

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