第6話:謝罪
「はいこれ」
隣の席に座った明彦が数冊のノートを渡してきた。
「衛ちゃんしばらく休んでたからノート取っておいたよ」
「ありがとう、助かるよ」
明彦のノートを手に取ってペラペラをめくってみる。
見たこともない数式や文字がびっしり書き込まれているが不思議なことにまるで砂に水が吸い込まれるように頭に入っていく。
森田 衛人の元の頭脳が優秀なのだろうか、それとも俺の魂が入ったことで何らかの変化が起きたのだろうか。
ともかく予鈴が鳴るころにはノートの内容をすっかり記憶していた。
◆
「よ~し、この文を誰かに読んでもらうか……森田ぁ!久しぶりの登校だけどやってみるか!ついでに訳してみてくれ」
にやついた顔の英語教師に指名されるがままに立ち上がる。
黒板に書かれているのはこの国の言語と全く違う言語だったが先ほどノートを見た時と同じように意味が自然に脳の中に流れ込んできた。
「By the time she arrived at the station, the train had already departed. 彼女が駅に着いた時には既に列車は出発していた」
教室の中に静かなざわめきが起こる。
なんだ?ひょっとして間違いだったのか?
「そ、その通りだ。よくわかったな。休んでいる間に勉強していたのか?」
教師が上ずった声でこちらを見ている。
ひょっとして間違うことを期待して俺を指名していたのか?
そういえば記憶の中でもこの教師はいつも森田 衛人を指名してはミスをあげつらっていたようだ。
見返すと教師は気まずそうに目を背けると黒板に向き直った。
「い、いいか、みんなも覚えておくんだぞ、このBy the timeというのは……」
(驚きました。あんな言語は初めて目にしましたよ。いつの間に覚えたんですか?)
(さあな、見てたら理解できたんだ)
エレンシアが驚くのも無理はない、なんでスラスラ読めるのか本人にもわかってないのだから。
「衛ちゃんどうしたのさ?普段は目立ちたくないから正解しないと言ってたじゃん」
隣の席の明彦が小声で話しかけてきた。
そうだったのか。
そういえば森田 衛人は学校に良い思い出を持っていなかった、ということは隠れるようにひっそりと学校生活を送っていたのだろう。
だったら目立つ行動は控えた方が良いのかもしれない。
「も……森田」
昼休みが終わろうかという時に呼び止める声があった。
見上げるとそこに立っていたのは佐古だった。
怯えたように顔を背けながら何かを言いたそうにしている。
「森田……くんさあ、ちょっと時間あるかな」
「何の用かな?」
「……いや……ちょっとここでは……少しでいいから顔貸してくんな……くれないかな……」
佐古は言いにくそうにもごもごと口の中で言葉をこねくり回している。
「ふうん……いいよ別に」
「え、衛ちゃん……大丈夫なの……?」
「大丈夫、すぐに戻るから」
心配そうな顔をする明彦に笑いかけると佐古について教室を出た。
「こ、この前のことを謝りたいんだよ。でもちょっと人目につきたくなくて……ほんとごめん、時間を取らせちゃって」
佐古は謝りながら校舎の奥、化学室などがある専門教室等へと進んでいくととあるドアの前に着いた。
生徒数減少で今は使われなくなった教室の1つだ。
「こ、ここで謝らせてくれ。今から他の仲間も呼んでくるから、俺たちの誠意を受け取ってくれ……ください」
佐古が教室のドアを指さす。
上目遣いの媚びた笑みがその顔に張り付いている。
(自ら謝罪を申し出るなんて立派な心掛けじゃないですか!自分の行いを反省したのですね!)
エレンシアが嬉しそうな声をあげる。
(ほんとにそう思ってるのか?……いや、まあいい。そう思うのも1つの選択肢ではあるか)
軽くため息をつくと佐古へと振り向いた。
「わかった。君たちの謝罪を受け入れるよ。この部屋で待っていたらいいんだね?」
「あ、ああ!そうなんだ!今すぐ呼んでくるからちょっと待ってて……」
「いや、その必要には及ばないよ」
俺は佐古の首を掴むと教室のドアを開け、その頭を部屋の中に突っ込んだ。
バガン!
強烈な衝撃と共に箒が佐古の顔面に叩きつけられた。
「ハガガガガガアアアアアッ!!!」
鼻血を流して跪く佐古を教室に蹴り入れると俺はその後に続いた。
「なんだよ、佐古じゃねえか。うっかりやっちまったじゃねえかよ」
「……ったく、お使いも満足にできねえのかよ」
カーテンで締め切られた教室は昼だというのに薄闇に包まれている。
薄闇の中に人影が見える。
部屋の中にいるのは10人と言ったところか。
「お前が森田か」
闇の中で影が立ち上がった。
耳と鼻に付けたピアスが闇の中で煌めく。
「お前は確か……肥田と言ったか」
(な、なんですかこの方たちは!?ハッ、まさか待ち伏せしていたのですか!?何と卑怯な!)
(今さら気付いたのかよ……)
「肥田”さん”だろうがぁっ!」
声を荒らげる別の生徒を手で制しながら肥田がのそりと近寄ってきた。
「森田ぁ、佐古たちを可愛がってくれたそうじゃねえか。可哀そうに茅平の奴は膝を砕かれて入院だとよ。他の2人も怖がって学校を休んでいやがる」
そう言うと息がかかりそうなくらい顔を近づけてきた。
「おかげでこいつらの上納金がまだ未達なんだわ。お前肩代わりしろや」
そういうことか。
佐古たちも森田 衛人から奪った金を自由に使えたわけではなく、更に強い者に奪われていたというわけだ。
「断る」
踵を返す俺の肩を肥田が捕まえた。
万力のように肩を締め上げてくる。
「断れる立場だと思ってんのか。周りを見てみろや」
振り向くと周囲を男たちが取り囲んでいた。
中には木刀や格闘技用のオープンフィンガーグローブを身に付けている者もいる。
「佐古たちをやったくらいで調子に乗ってんじゃねえぞ?こっちは10人いるんだからな」
スピーカーから予鈴が聞こえてきた。
次の授業は確か……音楽だったか。
「……仕方がない、早く終わらせるとするか」
「ふざけたこと言ってじゃねえ!」
肥田の声と共に男たちが飛びかかってきた。
「あれ、衛ちゃん、どうしたのこんなところで?」
ドアを開けたら明彦がいた。
そういえば音楽室はこの棟の奥だったか。
「何でもないよ、この教室の窓が開いてたみたいだから閉めていたんだ。それよりも早く行こう。チャイムが鳴っちゃうよ」
「う、うん……」
不思議そうな顔の明彦を促しながら教室のドアを閉めて一緒に廊下を歩いていく。
どうやら中で折り重なるように倒れる肥田たちには気付かなかったようだ。
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