第4話:魔王は森田 衛人の仇を取る
「は?」
「断る、と言ったんだ。お前らに金を渡す理由はない」
佐古が虚を突かれたような顔をしている。
「おいモブ田……調子こいてんじゃねえぞ」
茅平が怒気を孕んだ声と共に胸ぐらを掴んできた。
「病院帰りだから優しくしてやってんのがわかんねえのか?
本人は脅しをかけているつもりなのかもしれないが、これならゴブリンの赤ちゃんの方がまだ迫力がある。
「お前らの中にそんな感情があったとは意外だな。ならばこちらもそれに応えてやろうじゃないか。森田 衛人にしてきた数々の非道を謝って今後二度と関わらないと誓うなら今までのことは水に流してやろう」
「……お前もういいわ」
茅平の顔から表情が消えた。
「あ~あ、俺知~らね」
隣にいる佐古が愉快そうに口を抑えている。
「病院には転びました、って言っておけよ」
空手の黒帯持ちだという茅平の拳が顔に向かって飛んできた。
かつての森田 衛人ならなす術もなく喰らっていただろう。
しかし今この身体を操っているのは魔王と呼ばれたこの俺だ。
こんな大振りの拳は目をつぶってもかわせる。
左手で茅平の拳を受け止めるとそのままねじり上げた。
メギリ、という音と共に手首の骨が逆方向に折れる。
「……?ッグアアアアアアッ!!!」
何が起きたのか理解できなかったのか数瞬経ってから茅平は絶叫と共に膝から崩れ落ちた。
「て、てめっ何しやがっ!」
突っ込んできた玖珠の膝に足刀を合わせる。
「~~~~~~~!」
膝頭を砕かれた玖珠が悶絶して地面を転げまわる。
「!」
この時点でようやく佐古は事態の異常さに気付いたようだ。
逃げようと慌てて踵を返したが既に遅い。
数秒後には4人全員が地面を這いつくばっていた。
「こんなものか……想像以上に大したことなかったな。まったく森田 衛人もふがいないものだ。とはいえここまでやれば満足だろう」
結局のところどれほど虚勢を張っていても所詮は人間の子供、攻撃力などたかが知れたものだ。
おそらく体力や筋力も森田 衛人とそうは変わらないはずだ。
しかし魔法を使えないこの世界ではその僅かな差が彼我の関係を決定づけているのだろう。
「て……てめえ……クソ森田ぁ、てめえこんなことしてただで済むと……」
右手を抱えて脂汗を流しながら茅平がこちらを睨み付けてきた。
その瞳には怒りの炎が燃え滾っている。
「もう許さねえからなぁ!てめえもてめえの家族も全員ぶっ殺してやる!土下座したって許さねえ!地獄を見せてやっ!」
茅平の言葉は顎を掴んだ俺の右手に阻まれた。
「それは面白いな。この世界の地獄とやらを是非とも見たいものだ」
じたばたともがく茅平を片手で掴んだまま持ち上げる。
180センチ以上ある茅平の身体が地面から浮きあがった。
「何をしてくれるんだ?血に飢えた獣が跋扈する荒野に放逐するのか?家族を魔獣の生贄にするのか?それとも呪いで醜い化け物に変えるのか?もちろんそんなありきたりな方法ではないのだよな?もっと血も凍るような、生命あることを呪いたくなるほどの行為を見せてくれるのだよな?」
茅平の顎の骨が砕ける感触が手に伝わってくる。
「~~~~~~~!」
声にならない絶叫と共に唾液の泡が掌の隙間からあふれ出てきた。
同時に鼻を突くアンモニア臭が漂ってくる。
失禁したようだな。
「も、もう勘弁してくれ……」
地面にうずくまっていた佐古が消えそうな声で訴えてきた。
「お、俺たちが悪かった……こ、この通りだ……謝るからもう許してくれ……や、約束する……二度とあんたには……あなたには関わらねえ。本当だ……です」
必死に懇願するその瞳には恐怖だけが張り付いていた。
残りの3人も地面に額をこすりつけて平伏している。
降伏の印というのはどの世界でも変わりないらしい。
手を放すと茅平が紐の切れた人形のように崩れ落ちた。
ここまで恐怖を刻み付けておけば森田 衛人の魂も満足したことだろう。
「病院には転んだと言っておくことだな」
ガタガタと震える3人を後に俺は公園を去っていった。
(なんて非道いことを!)
公園を出るなりエレンシアの声が響いてきた。
いや正確に言うとその前からひっきりなしに叫んでいたのを無視していたのだが。
(まだいたいけな少年たちになんという残酷な仕打ちを……あなたはまさに悪魔、姿かたちは変わっても魔王そのものです!)
「さっきの様子を見ておいてよくもそんなことが言えるな。言っておくが最初に手を出してきたのは向こうだぞ。これは正当防衛というものだろう」
(そ、それはそうかもしれませんが……もう少し手心というものを加えても……)
「手心?あいつらはこの森田 衛人を散々いたぶってきた奴らだぞ。なんで俺がそこまで譲歩しなくちゃならないんだ。むしろ殺さなかっただけ温情を見せたと感謝してほしいくらいだ」
(それです!)
エレンシアがひときわ声高に叫んだ。
(かつて幾万もの人々をその手にかけてきたあなたが何故あの少年たちを見逃したのですか?)
「なんだ、殺してほしかったのか?それなら今からでもやってきてろうか?」
(はぐらかさないでください!)
「別に情けをかけたわけじゃない。この世界は治安機関やら行政機関が優秀らしいからな。あの場で殺すと面倒になるからやめてやっただけだ」
空を飛びながらエレンシアに答える。
「まだこの世界の仕組みや
(……把握?まさか、あなたこの世界で人として生きていくつもりなのですか?)
「悪いか?せっかく人間の姿になったんだ、この世界を楽しんでも良いだろう」
(嘘です!邪なあなたのことです、いずれこの世界を支配しようと企んでいるに決まっています!)
「よくわかったな」
(なっ!)
俺の答えにエレンシアが絶句する。
「見たところこの世界に魔法を使う者はいないらしい。というか魔法は空想の概念だと思われているようだ。しかし俺は魔法が使える。ということはこの世界の人間に対して絶対的な
(だ、駄目です!そんなことは私が許しません!)
エレンシアが叫んでいるが無駄なことだ。
意識を向けなければこいつの声が届かなくなるのはさっきの公園で実証済みだ。
つまり俺の邪魔立てする者は文字通り誰もいないということだ。
もちろん言うほど簡単ではないのは理解している。
この世界に魔法はないが代わりに火薬を用いた武器が広まっているらしい。
軍隊の規模も大きいし、そもそも人口が元の世界と桁が違うほどに多い。
それにこの世界で広く使われている科学と呼ばれる知識体系がどれほどのものなのか確認する必要もある。
それでもやる前から諦めるつもりはなかった。
自分の力が通用するかわからない世界、だからこそやってみる価値があるというものだ。
「まあ安心しろ、今すぐどうこうするつもりはない。しばらくはこの世界を観察する必要があるからな。お前は大人しく俺のやることを見守っていることだな」
(ま、待ちなさい!あなたのやっていることはこの世界を……)
抗議するエレンシアの声を断ち切ると病室のベッドに寝転んだ。
知らずしらずのうちに顔に笑みがこぼれる。
「見知らぬ世界で人間として転生したとわかった時はどうしたものかと思ったが、なかなかどうして楽しめそうじゃあないか」
そしてその翌日、俺は退院した。
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