第23話 死神ちゃん、まだまだ戦うよ
「
黒い刃から発する冷気の魔法は空間を凍てつかせる。
「少し冷えない?
対する如月が放つのは黒い爆炎である。
対極に位置する二つの魔法は相殺されて、水蒸気でこの部屋を真っ白に埋め尽くす。
「視えるぞ!」
「それは僕も一緒さ!」
交差する大鎌の二閃。
「ほらほら、そんなスピードじゃ僕の攻撃を躱せないよ!」
「ぬかせ!」
如月は体術にも優れているようで、死神ちゃんの攻撃を防ぎながら、蹴りでのカウンターを仕掛ける。
確かに早いが、一度受けているので死神ちゃんはしっかりと対応する。
「死を与える、⋯⋯デス」
黒い刃から黒い霧がおもむろに出て来る。
「は? そんなゆっくりとした攻撃、当たるはず無いだろ」
近距離で放っているが、遅く出て来た霧に当たる程如月はナマケモノじゃない。
当然距離を離す。
相手が着地と同時、そのギリギリのタイミングをわたしが確認して測る。
今!
わたしの脳内合図により、死神ちゃんが邪気を操作する。
「何っ!」
加速する霧は如月を包み込む為に動き出す。
「ケホケホ、タバコの煙かよ! 煙いんだよ!」
予想していた通りか。
吸ったら即死させる、邪気濃度百パーセントの霧を完璧に吸っているのに、如月は少し咳き込むだけだ。
身体の中にしっかりと邪気が存在する。
だけど相手はそれを自覚していない。
「お前、もしかして洗脳されているんじゃないか?」
死神ちゃんがわたしの意図を汲み取って話してくれる。
「僕が洗脳されている? そんな訳無いだろ」
「本当か? お前は本当に殺しが救済になるって思っているのか?」
「もう良いよ。お前の
如月が先程よりも速いスピードで肉薄し、貫く勢いの蹴りを繰り出した。
鎌の中心部で防ぐが、一気に吹き飛ぶ。
当然わたしは引き寄せられるように、座っていたのでその状態で移動させられる。
とても滑稽な動きだ。
「どうだった?」
うん。
わたし的には洗脳ってよりも思い込みに近い感じかな?
本当はわかっているけど、何らかのきっかけでそれが正義だと信じている。
誤認ではなく信じているんだ。
自分の中の何かが変わらない為に。
「人間の本能的な感じか。心が壊れないために、間違った事でも正しいと思い込ませる」
さっきから救済だの救いだの、言い過ぎだ。
それはわたし達に言っているようで実は違う。
実際は、自分に思い込ませる為に言い聞かせているのだ。
『死は救済、苦からの解放、自分の行いは正しい、正義の行い』
とにかく自分を正当化させる。
「ある種の現実逃避。それだけであそこまでの力を出せるのか?」
利用された⋯⋯のかもしれないね。
如月の過去に触れないとそこはわからないけどさ、利用された可能性は高いよ。
邪気を利用して、感情を増幅させる。
それが可能なんだろう。
「ふむ。我的には純粋なサイコパスに見えるが⋯⋯お主から見たら違う答えなんじゃな」
うん。そうだよ。
「さっきから何独り言言ってるのさ! それとも電話かな! 寂しいじゃんか、もっと僕と遊ぼうよ!」
「救済はどうした?」
「遊んで助ける、幸福感は最高のスパイスだ!」
何を言ってるのやら。
死神ちゃんは白い刃メインでの攻撃に切り替える。
「
「意味無いって、地獄の業火!」
蒼い炎と黒い炎が衝突し、互いに呑み込もうとする。
反発するのでもなく、衝突する訳でもない。
互いに呑み込もうとする動きでぶつかり合っている。
相反する属性の邪気での魔法だと言うのに、吸収しようとする。
これが魔力とは違う邪気の性質の一つ。
魔力だと普通に反発する。しかも同じ身体では混ぜる事もできない。
「はっ!」
「今度は攻めて来るね! 少しは強くても、そんな少しじゃ、僕は全然本気を出さないよ!」
煽り口調のように如月が呟き、地面に魔法陣が浮かぶ。
魔力の気配だ。
「大地の剣!」
地面から尖った岩が伸びる。
そんな魔法だ。
「くだらん!」
しかし、魔法が発動される前に魔法陣を踏みつけて、砕いてみせた。
「魔法に干渉できるのか?」
「どうじゃろうな!」
鎌を振るい、同じような魔法を邪気で包み込んだ状態で再現した。
相手は砕く事はできず、普通に回避する。
回避した先に潜り込むように死神ちゃんは瞬時に移動した。
「もっと自分の心と見つめあえ、本当にお主は殺しを良しとしているのか? 本気で救いだと思っているのか!」
「ああうるさいな! この遊びにもっと全力で楽しめよ! そうじゃないと、僕も楽しめないだろ!」
まるで子供のかんしゃくのように騒ぎ立てて、荒く鎌を振り下ろす。
それを回し蹴りで弾いて、鎌で横腹を攻撃する。
「しぃ!」
屈んで回避した如月の頭上に死神ちゃんの踵が舞い上がる。
地面を砕く程の強い勢いで叩き落とす。
「ぐっ」
「どうした? 我は本気じゃないぞ」
その攻撃のコンボに防ぐ事しかできず、床にクレーターを作り出した。
押し上げようとしても、上がらない。
見た目からは想像もできないだろう重さで死神ちゃんは如月を潰している。
「侮るなよ、この僕をて⋯⋯」
「侮ってなどおらんのじゃ。如月、お主の本音を聞かせるのじゃ」
「本音だって、言ってるだろうが、メスガキがっ!」
「むっ?」
あ、少しだけ死神ちゃんが怒った。
「誰がメスガキじゃ!」
邪気を外側に纏い、内側では魔力による身体強化。
如月を蹴り上げて、鎌の斬撃を飛来させる。
飛翔した斬撃を空中で身体を捻り、その勢いを利用した振りで弾く。
そんな動作一つの間に死神ちゃんは同じ高さで並び、再び踵落としを命中させる。
防御姿勢を取ったとしても、かなりのダメージになるだろう。
「我にはお主が苦しんでいるように見えるのじゃ」
本当は思ってないだろうが、わたしの思いを汲み取って、そう発言している。
まずは揺さぶりをかける必要がある。
「僕が苦しむ? なんでさ。僕はこんなに生きている喜びを感じた事はないよ。この世と言う地獄に苦しんでいる人を解放させてあげているんだから」
「⋯⋯嘘を言うな。それは自分に言い聞かせているだけだろ。客観的に把握しろ。相手の絶望に歪む顔、助けを懇願する叫びを。思い出せ、そして見つめ合え、自分のしている事はただの殺しだとな」
「そんな訳⋯⋯ないって言ってるだろ!」
如月が再び激昂して飛びかかって来る。
既に力の差は歴然だった。
如月に勝てる要素は既に残されていないのだ。
「僕のやっている事は殺しじゃない、救済なんだ!」
スピード重視のアタッカー、自慢のスピードで同じ土俵に立てられると相手にならない。
技術もクソもない、ただ叫び声に合わせて力強く振るっいるだけ。
そんな攻撃に価値や意味はない。
ただ無意味に虚しい時間を過ごすだけだ。
「僕のやっている事は正しいんだ! これは救いなんだ! 何も分からない、知らない奴が、我が物顔で語るな!」
「⋯⋯じゃあ教えてみせろじゃ! 死は苦から逃げれる、そんなやっすい言葉だけで、死の直前に与えられる絶望や苦しみが帳消しになると思うなよ!」
如月の攻撃の手が止む。
考えているのか、ただ俯いて何も言わないし動かない。
「ほら、ないのじゃろ」
死が救済になる事はない。
苦しんで苦しんで、抱え込んで爆発し、自殺する人は沢山いるだろう。
相談して、何かが変わるならまだ耐えられるかもしれない。もしかしたら変わらないかもしれないし、悪い方に変わるかもしれない。
だから誰もが抱え込んでしまう。
そこで笑い話にできるようなメンタルが強く、忘れ去る事ができるなら問題ないだろう。
しかし、多くの人ができずに最悪の結果になっている。
自殺する時、その人は多分恐怖感よりも解放されると言う喜びを得るだろう。
でも、本当にそれは解放なのだろうか。
死は単なる終わりだ。その先には転生して新たな人生しかない。当然、それはもう自分では無い誰かだ。
だから死は解放なんかじゃない。終点に向かっただけだ。
苦しみから逃げた結果、幸せが掴めなくなるんだ。
どんなに足掻いたって言い、最後に笑って居られれば、勝ちなのに⋯⋯。
「強制的に死を与えておいて、救いもクソも無い。自殺志願者だろうが、殺人だ!」
それは法でもモラルでもマナーでもない。
単なる事実だ。
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