第19話 依頼はまだ終わってないから
「ひひゃ!」
依頼人が地黒さんの血を軽く飲んでしまい、吸血鬼の本能が目覚めた。
力を御する事ができずに現在は暴走状態である。
暴走した吸血鬼の特徴は『血に飢える』事だ。
目の前に美味しそうな若々しい身体をした餌があれば飛び付くだろう。
そう、だから依頼人はわた⋯⋯地黒さんを攻撃した。
紅き閃光を右手の裏拳で地黒さんが防いだ。
わたしじゃなくて、四十そこらの地黒さんの方が吸血鬼的には美味しそうに見えるんか?
「仕方ないだろ。我の邪気が強く外に出てるからな。ゆえに、邪気を嫌うアンデッドは力寄らない」
これも死神ちゃんの力の一端か。
イエティ戦よりも加速した斬撃を全て地黒さんは受け止めて⋯⋯いなかった。
全力じゃない地黒さんとは言え、かすり傷を与えるだけでも十分強い。
しかも、腐食属性の魔力は触れたモノを腐敗させる力がある。
吸血鬼は血に敏感と言うか精通しており、血を腐らせる事を得意とするだろう。
傷口から腐食の魔力は侵入し、内部から腐らせる。
対策としては、体内の魔力で侵入して来た魔力を防ぐ事であり、地黒さんならそれが可能だ。
暴走が収まるまで、地黒さんは防ぎ切るつもりだろう。
「我が出ようか?」
そうだね。
助けてあげて。
「しかたあるまい」
死神ちゃんが動く瞬間、目の前に依頼人が移動して来た。
油断していた、わたしと死神ちゃん。
宙にわたしの腕と鮮血が舞、腕の切断面からダラダラと血が流れる。
斬られた腕の血を飲む依頼人。
前の狂犬とは違い、すぐには再生できない。
腐っているからね。
だけど、跡は残らずに再生すると思う。
「貴様⋯⋯死にたいのか!」
「悪善は俺にとって娘のような存在だ。許さん」
地黒さんからかなりの魔力を感じる。
やばいっす。
ブチキレた。
死神ちゃんもブチキレてるし。
前はこっちが悪だったから、多少のダメージは仕方ないと思っていたのかもしれない。
だけど、今回は別にそれらしい事はしていない。
だけど腕が斬られ、しかもすぐには再生しない。
死神ちゃんはそれが許さないようだ。
依頼人は強いけど⋯⋯この二人が全力出したら手も足も出ない、一方的な蹂躙が始まる。
悪いね。
「何をっ!」
わたしは無理やり自分の身体を取り戻し、地黒さんに向かって走った。
「ダメっ、殺しちゃ、ダメ」
「だが悪善、腕が」
「この程度造作もない。すぐに再生する。今回の依頼人はクズじゃない。外道じゃない。死に値する存在じゃない」
死んで良い命なんて本来は無い。
ただ、その中で死に値する存在が居るだけだ。
そんな奴は死ぬしかない。
でも、彼女は違うんだ。
別に外道じゃない。
わたしの腕を斬った程度で死んで良い存在じゃないんだ。
「死神ちゃん、あの人を助けるよ」
『嫌じゃ。自分の力を制御できないで暴走し、挙句に悪善の腕を斬ったんじゃぞ? そんな奴を助けたいとは思わん』
過保護め。
お願いだよ死神ちゃん。
君の力じゃないとあの人を助ける事はできない。
『なぜそこまでアイツを助けようとする! 報酬は貰っているんだぞ!』
「だからだよ。いや、だからこそだよ。わたし達が貰える六十万。それ以上の額を支払っているんだよ? 見捨てる訳にはいかない」
『じゃが⋯⋯』
「義理果たさないでどうするの、まだ案内は終わってない」
手が出せる範囲で救えるなら、救いたいんだ。
この世から一人でも悲しむ人を減らしたい。
このまま暴走したら彼女は⋯⋯魔力切れで死ぬ。
彼女の命は魔力でできている。
このまま暴れたら魔力切れで簡単に死んでしまうんた。
「悪善! どうした!」
「ひひゃ!」
依頼人の攻撃を地黒さんが受止めている。
お願い死神ちゃん、決断して。
『⋯⋯我はお主が生きていればそれで良い。お主が幸せなら、我は他は望まん。別に、この日が終われば赤の他人だ。なのに、なんで助ける必要があるんじゃ』
その通りかもしれない。
だけど、助けられるなら助けたいんだよ。
これはわたしのわがままだよ。
でも、それを突き通したい。
『⋯⋯なんでそこまで。わかったのじゃ。それをお主が望むなら』
「ありがとう」
『別に感謝は要らん。何も分からぬ暗がりの世界で生まれ、外の世界、世界の美しさを教えてくれた感謝に比べたら、今回の事はあまりにも小さい。それでもどうしてもと言うなら、前のパフェにもっかい行こう』
久しぶりに死神ちゃんと対立しそうだったけど、最終的には折れる。
だけど、すぐに死神ちゃんに代わってダメだ。
相手が邪気の増したわたしに警戒して、さっきのように不意打ちをしかけて来るだろうから。
狙いは反撃の一手。
不意打ちなんぞ受けてしまったら、その反撃が上手くいかなくなるかもしれん。
だから、まずはわたしのまま行く。
「悪善、何をしている!」
「地黒さん、ヘイトをわたしに向けてください」
「何を⋯⋯」
切り傷の増えた地黒さんに対してわたしは口にした。
未だに衰えの見えない斬撃を防ぎながら、地黒さんは考える。
長く感じる考える時間だが、実際には僅か二秒程度である。
「分かった」
「⋯⋯ありがとっ!」
地黒さんがタイミングを見て、地面をぶん殴る。
その攻撃は地黒さんを中心に波紋上の衝撃波を生み出した。
攻撃を躱す為に後ろに下がる依頼人に向かってわたしは火の魔法で攻撃する。
「ヘルフレア!」
黒き炎は簡単に避けられる。
吹雪が一層強みを増して、二メートル以上先が見えなくなる⋯⋯だが、それでもわたしなら見える。
体内を巡る魔力は吹雪程度では隠せない。
攻撃して来るタイミングがわかっているなら、反撃はできる。
合わせろ。
「ひひゃ!」
嫌な笑みを浮かべて吹雪の中から現れた依頼人の目は、真っ赤に染まっていた。
今、正気を取り戻しますね。
「今!」
わたしは腕をさらけ出して、敢えて斬らせて血を出す。
くっ、少しだけ遅かったのでめっちゃ痛かった。
「くっそがああああ!」
死神ちゃんは叫びながら邪気を自分の血に染み込ませていく。
邪気を濃く詰め込んだ血を出す腕の切断面を、依頼人の口に押し付ける。
飲め。
「飲め!」
「くぷっ」
ゴクリ、何かを飲み込む音が耳を掠める。
同時に赤い瞳は消えて、真っ白な目玉だけが残る。
生まれながらの盲目。
「うくっ」
気を失った依頼人を地黒さんが抱えて、安全地帯を作る事にした。
「死神ちゃんの怒りゲージマックスヒートのパーンチ!」
地面にクレーターを作ります。
「死神ちゃんフルスピード!」
氷でドーム状でクレーターを覆います。その上に雪を被せる。
「死神ちゃん使いが荒い」
わたしの身体なので問題ないね。
むしろわたしが動いたと言っても過言では無い。
この中で吹雪が終わるのを待つことにする。
「ん、んん〜」
「起きたか」
「私は⋯⋯あぁそうか。暴走してしまったのだな。ありがとう。良く持ってくれた」
耐えるどころか殺しそうな存在が二つ程あったけど、黙っておこう。
これが優しさ。
「でも、それにしては元気なんだよな。前の暴走から戻った時はヘトヘトだったのに」
「我の血を飲んだからじゃな。感謝しろ」
「我?」
そのヘトヘトから良く回復したモノだな。
それ、死にかけてる。
「体力があるなら何よりじゃ。主の師匠と対面させる」
「え⋯⋯」
邪気を流し込んで可視化させる。
『久しいのアヤメ』
「し、師匠⋯⋯」
『まさかお主が吸血鬼だったとわな。全然日の下を歩いてたから気づかんかったわ!』
「先祖返りなんです。そうか。師匠はあのイエティに負けていたのだな」
『人には限界がある』
その限界を超えるのが魔力なんですが?
「師匠。私に奥義を教えてください」
『ああ。俺の最期の置き土産として、今ここで会得しろ』
二時間程練習して、それっぽいのを使えるようになった。
ちなみにわたしは地黒さんと一緒に暖を取って、ゆっくり観察していた。
正直、退屈だった。
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