散る桜は涙のように
桜が咲くか咲かないか、開花宣言を待っていたそんな折。
高校一年の終わり、母が突然出ていった。
『運命の出会い』という陳腐な言葉を何度も言って。
父は母が泣きながら訴える様を、ただ静かに聞いていた。
最後に「分かった」と言うと、どこからが一枚の紙を持ってきて母に渡した。
それは既に父の名前が書かれ、判子も押された離婚届。
父はずっと覚悟していたのだ。
私はただ、混乱した。
学校の先生をしていた母はとにかく真面目で、不道徳な事は画面の向こうの出来事でも許せない、そんな人だった。
そんなお母さんがどうして?
混乱し過ぎて、考えることから逃げたくなり、自分の身体を傷付けた。
母がいなくなったのは自分のせいだ、根拠がハッキリしなくてもそう思った。
あの時もっとあぁしていれば、もっといい子にしていればと後ろばかり振り返った。
父は傷だらけになった私を見て、泣いて、何度も謝った。
泣いて誤るくらいなら、あの時どうしてお母さんを止めなかったの?
ちょうど二年後、手紙が届いた。
母方の祖母からで、流れるような美しい文字で母の事を謝罪する言葉と、私や父が今どうしているか心配する言葉が綴られていた。そして
え
お母さんが死んだ。
お父さんは静かに手紙を畳むと、封筒に仕舞い、椅子を立ち、私に背を向けて肩を震わせた。
そして何度も、私に謝った。
母の葬儀に、私は父と並んで参列した。
親戚中の、気の毒といわんばかり視線が背中に刺さってくる。
棺の中の母は窶れていたが、私の記憶にある眠っている姿とほとんど変わらなかった。
寧ろ憑き物が取れたかのような清々しさを感じた。
父は隣でじっと、母を見つめている。
手を合わせ、小さく『すまなかった』と呟いた。
謝るべきなのは母であり、父ではないはずなのに。
葬儀場を出ると、一人の男性が私達に近づいてきた。父とは顔見知りらしく、挨拶を交わしている。
話に耳を傾けていると、二人はだいぶ親しいようだ。
「君はお母さんによく似ているね。」
彼はそう言って悲しそうに微笑むと、私達に深く一礼し去って行った。
私は確信した。
あの人が、母が言っていた『運命の出会い』をした人に違いない。
父を見ると、男性の背中を複雑な表情で見つめている。
私は思い切って父に尋ねた。
お父さん、あの人がお母さんの『運命の人』?
父は静かに頷いた。頷いて、微笑んだ。
「運命、なんだろうな。2人にとっては。でもお父さんはお母さんの事をどうしても諦められなかったし、お母さんはお父さんを選んでくれた。…選んでくれたんだよ。」
言い切った父の頬に涙が流れた。
「生まれてきてくれてありがとう。お前はお父さんとお母さんが一緒に生きた証だ。」
私は言葉を失った。
目の前を散った桜が音もなく通り過ぎる。
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