第14話 この夢がいつまでも覚めないように

◇◆◇◆


「じゃあ、今日はこの辺で」

「あっ、もうこんな時間なんだ……」


 楽しい遊園地デートも終わり、僕は女の子を駅まで送るために付き添いをしていた。

 車のテールランプが眩しいほどに輝き、その裏付けとして、もう辺りは真っ暗だ。

 彼女を守る男として、こんな夜更けに女の子一人で帰らすわけにはいかない。


「今日も楽しかったよ。また二週間後で」

「うん。またね。シキちゃん」


 駅前の交差点で女の子と手を振って別れを告げる。

 明日もまた学生としての暮らしに戻るんだ。


 今の学校を頑張って卒業し、いい所に進学して学歴を重ね、将来が安定した一流の会社員となろう。

 そして、彼女を生涯のパートナーとして受け入れ、一緒に人生を謳歌するんだ。


「あれ?」

「どうかしたの?」

「あっ、あんな所に子猫が!?」


 僕が決意を胸に秘めた時、女の子が路上を彷徨っている子猫を発見する。


 いや、正確には彷徨ってなんかいない。

 車という鉄の箱の存在に怖くて身をすくめてるようだ。


「ちょっと、危ないって!」

「大丈夫。私だって子供じゃないんだよ。通行にさえ気をつければ」


 女の子が道路の真ん中にいる子猫を助けようと車道に身を乗り出す。


『プップッー!!』


 突然の通行人に大型トラックのクラクションが大きく鳴り響く。

 ライトに照らされた怯える女の子と腕に抱かれた子猫に対し、急ブレーキで横滑りをしながら、迫りくるトラック。


 それは一瞬の出来事だった──。


****


「──あっ、やっと見つけたよ」

「もう折角せっかくの花火大会なのに……」


 僕らが林道を歩いてると偶然にも秋星あきほと並んで花火を見ていた春子はるこたちと再会する。


「もうじゃないよ。君たちが用事があるって言って勝手に消えたんだよね!?」


 僕は心の底から怒っていた。

 こっちが美冬みふゆと必死になって行方を捜してたのに、自然消滅して、こんな所でのんびりとくつろいでるんだ。

 それで、そちらも捜してたなんて自己中もいい所だよ。


「えっ、用事って何なの。ハル?」

「いやあ、何のことでしょう。食卓にある爪楊枝つまようじが切らしてたみたいな」


 都合良い答えを出したハルが明らかに困った様子で秋星に問い詰められてる。

 その爪楊枝でカツ丼に乗せられた豚カツでも摘むかな?

 それともこれは何かの冗談かと頬でも餅のように摘むのかな? 


 僕の妄想の中でのつまみ癖が止まらない。

 摘むなら、お腹に収まる物より、いっそ可憐な一輪の花でもいいじゃないか。


「うん? 爪楊枝なら、この前、私が買っておいたけど?」

流石さすがだね、秋星お姉ちゃん。帰ったらある場所教えてね」

「何なに、青のりでも歯に挟まった?」

「うん、そんなとこ」


 抜け目のない秋星、パーフェクトレディーな秋星には一ミリの隙もないみたい。

 ハルは何とか誤魔化そうと言葉を選んでたけど、歯には青のりの存在すらないし、お姉ちゃんの目も誤魔化せない。


「私、マイ爪楊枝持ってるから良かったら使う?」

「いや、いいよ。何か悪いもん」


「そうそう。春子は意外にも地球環境に優しいのだ!!」


 秋星が手持ちのバッグから爪楊枝を取り出そうとするのを何とか止めるハル。

 いくらエコでも夏希なつきの失言には参るよ。


「でもまあ、こうして約束の場所の公園で四姉妹が揃って良かったわ。一時はどうなることかと」

「そういう秋星お姉ちゃんが真っ先にいなくなったよね」

「まあまあ、お腹がペコペコだったからしょうがないじゃん」


 花火が次々と夜空に放たれる中、四人は仲良く肩を並べて花火の演出に見入っている。


 そうか、秋星は屋台に誘われたのか。

 悪い男にさらわれたじゃなくて何よりだよ。


「食べ歩きなら夏希もやりたかったなー」

「じゃあ、帰りにコンビニで何か買おうか」

「やったぁー!!」


 確かにコンビニ飯もいいけど、屋台に行った方が安上がりでお腹は満たされそうだけど。

 女の子の考えることは分からないね。


「それよりもどうして急に居なくなったの?」

「それは秋星お姉ちゃんから追求されてて……その、その……」


「本当に好きなら一直線だっけ」

「ちょっと夏希、今ここで言うの!?」

「えっ、だってシキノンのこと好きなんだよね?」


「「なっ、夏希ー!!」」


 何か僕の前で色々と騒がしい姉妹だね。

 そんなに僕の服装が変なのかな。

 後、夏希、人前でシキノンって呼ばないで。


「何、姉妹揃って僕を見て?」

「しっ、志貴野しきのくん、ひょっとして今の話聞いてた?」

「んっ? 花火の音でよく聞こえなかったけど?」


 実際、花火は間近だと迫力はあるけど、その分、音の弾けっぷりも大きい。

 この音にびっくりして幼子やワンちゃんが泣いたり鳴いたりと色々と忙しいよ。


「よっ、良かったあああー!!」

「何が良かったよ。アンタたち趣味悪いわよ」

「まだお子様な美冬には分からないわよ」

「誰がお子様よっ! アタシだって恋の一つや二つくらい!!」

「ちょ、ちょっと、美冬やめてよね!!」


 さっきから何なのかな、姉妹勢ぞろいでこっちの顔色を伺って。

 美冬もいつになくキレてるのも謎だし。


「アンタもよ。別に顔色なんかにビビってないわよ。アタシたちのことナメすぎ」

「そんなことより美冬、あっちで花火を見ようよ」

「ええ、分かったわよ」


 僕の姉妹たちは意外にも神経が図太いことを知った。

 まさに有刺鉄線を張り巡らせたバリケードな塀に囲まれたような。

 ヤベエ、脱出出来ない離れ島、美少女姉妹監察による鉄壁な監獄かよ。


「何さ?」

「キモオタ、そんなとこでボケーと突っ立てたら通行の邪魔なんだけど」

「あっ、ごっ、ごめん!?」


 花火は終盤のナイアカラの滝模様となり、四姉妹はスマホで映えそうな写真を撮るため、移動を再開するが、そのためには僕が邪魔な存在みたいだ。


「それよりもさ、来年には離れ離れになるってどういう意味なの?」

「言葉通りの意味だよ。お兄ちゃん」


 ずっと気になっていた質問にハルが花火が立ち上る大空へ両手を拡げて、無数の星を掴む仕草をする。

 もし掴めたとなれば全国の天文学者が黙っていない。


 鑑定家も黙ってはないだろうね。

 本物か詳しい調べもせず、月の石くらいで高値をつけてテンション上がるくらいだし。


「ハルたちは親と離れて暮らすの」


「そのためには期末テストで赤点を回避しないといけないけどね」


 そんなに勉強に関してもポンコツなのかな、この姉妹は? という返事をグッと抑え込む。


「親と離れて暮らすなら親の面倒がかからないくらいの学力があるのを証明しろってさ」

「いかにも僕の親が良いそうな言葉だね」

「そうよ。アンタのお父様って、たまに怖いくらい真面目だよね。血は争えないっていうか……」

「うんうん、DNAって厄介だよね」


 それは言えてる。

 交友関係はルーズだが、好きな人が出来たくらいで国際通話してくるくらいだからね。


 ──いつの間にか花火は終わっていたけど、僕と姉妹との話は続いていた。

 この夢がいつまでも覚めないように──。

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