95.戻ったんじゃなくて増えた

 精霊が消えた。僕がそう声に出したら、メリクとシアラが慌て始めた。精霊は世界を支える礎なんだって。いしずえって何だろう。


「せいれい、きて」


 僕のところへ来て。いっぱい、たくさん、僕が大事にするから。一緒にいてよ。前に僕を守ってくれたから、今度は僕が助ける順番だよ。心でお願いしたら、メリクが困った顔で僕の頭を撫でた。


「精霊は……その」


 いなくなった。そう伝わって涙がこぼれた。いなくなったの? 怖い場所へ閉じ込められたのかな、それとも痛い思いをしている? ずずっと鼻を啜った僕に、シアラが声をあげた。


「あ! 精霊です」


 シアラの声はメリクより高い。僕やルミエルの声に似ているの。叫んだシアラが見つめる先で、ぴかぴかと精霊が光った。数は少ないけど、精霊だよ。


「せいれい!」


 両手を伸ばして、ここに逃げてきてと願う。痛いなら僕が代わりになるし、怖いなら抱っこするから。僕のそばにいて。


 まだメリクもいなかった頃、ずっと僕を助けてくれた。お礼がしたいの。そう願う指先に、精霊がふわりと降りてくる。ひとつが触れると、他の精霊も近づいた。


 僕の手は精霊でいっぱいになる。頬を寄せて「だいすき」と伝えたら、もっと増えた。びっくりしたよ。僕の手の中にある光がいきなり明るくなった。


「そんなこと……あるのか?」


 メリクが不思議そうに首を傾げるけど、精霊と僕は仲良しなんだよ。怖いことがあって隠れても、僕が守るから出てきたんだ。そう思うよ。


 にこにこしながら精霊を撫でると、また増える。どこから出てくるんだろう。いっぱい増えていく。嬉しくなった僕はぺたんと床に座り、いっぱい撫でた。精霊が増えて、お部屋の至る所で光ってる。


 黒い僕の髪の毛を引っ張ったり、滑ってみたり、楽しそうだった。驚いて動きを止めたシアラが「うそ」と呟いた。


「メリク、せいれい、いっぱい!」


 僕のお友達だから一緒に守って。怖いところから逃げてきたんだよ。皆がそう言ってる。メリクは笑いながら僕を抱っこした。膝の上にいた精霊が転がる。でもすぐに飛び始めた。


 僕の両手は見えないくらい光ってる。すごい数の精霊がいるんだって。数えようとしても、僕が数えられるのは両手まで。手を広げてそれ以上いたら、もう「いっぱい」しか言えなくなっちゃう。


「かわいいね」


「イルの方が可愛いよ」


 メリクが笑って、シアラも目を丸くして見開いたけど笑った。精霊は顔が見えないけど、楽しそう。


「メリク様、神々が……え?」


 シュハザが現れて、きょとんとした顔で固まった。目を大きく見開いて、近くの精霊を指でつつく。


「シュー、なでて」


 つついたらびっくりするよ。撫でたら増えるの。僕が教えてあげるなんて、いつもはない。ちょっとだけ嬉しかった。僕の方が精霊と仲良しなのかな。


「精霊が……戻ったのですか」


「戻ったんじゃない。イルが生み出した」


「そんな話、聞いたことがありません」


 シュハザが精霊に何かを話して、頭を下げた。よくわからないけど、連れて行ってしまう。


「せいれい、いいの?」


 シュハザとお出かけでいいの? そう尋ねたら「嫌なら帰ってくるさ」とメリクが笑った。そうだよね、シュハザはいい人だから、怖いことしないし。


 僕は安心してまた精霊を撫でる。どんどん増えた精霊は、お家の窓から外へ飛んでいく。お家が光っちゃうくらい、いっぱい! 僕の大事なお友達、消えなくてよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る