92.敬称をつける価値(シュハザSIDE)
ルミエル、ゼルク、サフィと続いたので、当然次は私の番だ。幼いイルは絵を描きながら待っていた。任せると言い置いたメリク様を見送り、イルの隣に座る。
「何を書いているのですか」
「うんとね、みんな」
どう見ても棒だ。なぜか全部色が違う。じっと見つめる私に、イルは説明を始めた。
「メリク」
指さした棒は黒い。隣の赤を示してゼルク、私は青赤、ルミエルは黄色、緑がサフィだった。偶然ではないのだろう。にこにこしながら、黒い短い棒を足した。
「これ、僕」
「とてもよく描けています」
褒めると嬉しそうだ。それから四つ足が生えた丸を二つ作った。おそらくシアラ神とお気に入りの虎だ。同じような絵が、壁に数枚飾られていた。
正直、いくら愛し子が可愛いからといっても、親バカなのでは? と思う。メリク様の行動なので、指摘はしない。さすがに私も命が惜しかった。
「メリクのここ」
痛いんだよ。そう言いながら棒の先端を指さした。驚いて目を見開く。この子は何を感じとっているのか。勘がいいなどという偶然ではなかった。
愛し子が現れるまで、メリク様はひどい有様だった。狂いそうだと周囲を遮断し、閉じこもって何かを作る。あの方の管理する世界は五つだが、作った数だけなら数十に及ぶだろう。
作っては壊し、壊しては組み立てる。狂人のような言動を繰り返し、気に入らなければ世界の核まで壊した。その強大な力に驚いたが、この人は壊れてしまうと残念に思った時期もある。
今の穏やかな姿が嘘のようだ。荒れた頃を知らない幼子が、無邪気にメリク神の不調を指摘する。癒すように棒を撫でて、黒く汚れた指先で笑った。
ふと悟る。この子がいればメリク様は狂わない。そして、この子もメリク様がいれば満ちているのだ。我々に出来るのは、二人を引き裂こうとする変革を止めることだけ。
「イル様、メリク様に捧げる忠誠の一部をあなたにも……」
尊敬と忠誠を捧げるに相応しい。絶対神アドラメリク様の対に選ばれるのも当然だった。私が敬称をつける価値がある人だ。
きょとんとした顔で見上げたイル様は、青い色を手に取って差し出した。分からないけど、嬉しいと伝えてくる。まだ足りない言葉以上に雄弁な表情と感情に、ふっと笑みが浮かんだ。
「メリクは?」
「まだお仕事ですね。先にご飯を食べますか」
「ううん」
待ってる。そう伝えてくるのに、お腹が空いたと素直な心情も同時に聞こえてしまい。思わず笑った。声を立てて笑うなど、久しぶりだ。
「しゅは、ざ! たべる?」
シュハザは先に食べたい? 尋ねるイルに頷いた。抱き上げて、家の中に運び込む。椅子の上にクッションを重ねて座らせた。
「メリク様を呼んで食べましょうね。我慢は良くないですから」
「うん」
シュハザの名は、この子には呼びづらいようだ。迷ったのは僅かだった。
「シューと呼んでいいですよ」
「シュー!」
嬉しそうに呼んだイル様を撫でていると、後ろで不穏な気配がした。
「愛称で呼ばせるとは、消されたいのか?」
「遠慮します」
皆から聞いていた以上に嫉妬深いですね。でも知っていますよ、あなたの弱点はイル様です。だから怖くはありません。
「シュハザと発音できないようです。イル様を守るための札は手放せないのでは?」
自らを札として売り込む。渋いお顔をしながら、メリク様は妥協した。以前ならありえない。だから驚くより笑みが溢れた。
「お前が笑うとは、イルはすごいな」
「そんなに言われるほど笑ってませんでしたかね」
むっとして返した私に、メリク様はイル様を抱き上げながら指を折った。見せつけるように数えるあたり、いい性格ですね。
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