90.面倒見はいい方だ(ゼルクSIDE)

 シアラの神格をあげるのに使える時間は、わずか五日間だ。昨日はルミエルがイルの相手をした。ならば、次は俺か。


「ちょっくら行ってくる」


 あとは任せた。その一言を省略した俺はひらひら手を振って、ルミエルと交代した。シアラの作った世界は、調和が取れている。花が咲き、豊かに実る森が広がった。その森を彩る動物が歩き回り、危険な魔物は存在せず、人々は豊かさを享受する。


 一見すると完璧だった。だからこそ、肩をすくめてしまう。これはどの神も通る道なのだ。人族を世界に入れた時点で、崩壊が始まっている。進化の方向をどう導いても、彼らは世界を壊す害虫となった。


 数百の神々が挑戦し、誰も成し遂げていない。そう、あのボスでさえ若い頃に失敗したと聞いた。噂を聞いて挑戦した俺も、しっかり失敗したっけ。最終的に病を流行らせて、人族だけ消し去ったのだ。


 ここまで失敗が繰り返されながらも、神々はどうしても人族の繁殖に手を出す。その理由のひとつが、愛し子の存在だった。人族の胎を借りねば、愛し子は生まれてこない。あれほど愚かな種族からしか、神々の祈りと願いの結晶は現れなかった。


 絶対神アドラメリクの愛し子を生み出した。その功績だけで、シアラの神格を引き上げられるほどに……愛し子の存在価値は大きい。


「っと、イルちゃんは何をしてたのかな?」


「これ、しまうの」


 服をくしゃりと丸めて、片付けようとしているらしい。入れ替わりでボスは、シアラの様子を見にいった。よたよたと不安定な歩き方をするイルが転ばないよう、後ろについて歩きながら頬が緩む。


 ボスの愛し子がこんなに可愛いなら、自分に愛し子が出来たら離さないだろうな。片時も離れず、愛情を注ぎ、どんな願いでも叶える。そう確信があった。実際、愛し子に溺れて世界の管理を怠った神も多い。


「服はどこへ片付けるんだ?」


 手伝ってやるつもりで声をかけると、イルは足元にどさっと置いた。


「ここ、にゃー寝るから」


 お布団の代わりにするんだよ。そう訴えるイルの頬に手を触れた。頭にいきなり手を伸ばすと、この子は怯えるのだ。過去の傷はまだ癒えていなかった。だから見える頬に触れて、ゆっくり触れたまま頭へ移動して撫でる。


「優しいな。そうだ、一緒に籠を作ろうか」


「かご!」


 物を知らない子だが、イルは頭がいい。以前に見た籠を覚えており、すぐに思い浮かべた。シアラは三毛猫のはずだが、サイズが虎より一回り小さい程度か。そういや、コテツと名付けた虎とも仲が良かったな。


「道具を揃えて、二つ作ろう」


「うん」


 手をケガしないよう、しっかり確認した竹籤を持たせる。手元を見せながら編んだ。すぐに真似をしてイルも編み始める。顔や手足に傷を作らないため、薄い結界を纏わせた。それでも心配で、ちらちらと見てしまう。


「ここが、こう」


 押し込んだ竹が弾けそうになり、慌てて力を使った。本当は別の神の領域では好ましくないが、イルがケガするよりマシだ。我慢してもらおう。半分くらいは俺の力で編んだ。


「どう?」


「上出来だ」


 力を使ってズルをしたが、俺もイルも立派な籠を仕上げた。もちろん虎が入れるサイズではない。二つ並べて、魔法で数倍の大きさに拡大する。


「うわぁ! すごいね」


 素直に褒めるイルに気をよくして、俺は籠にクッションを詰めた。寝心地を確認するために入ったイルを揺らし、そのまま寝かしつける。


「ゼルクって、意外と面倒見いいのよね」


 複雑そうな声はルミエルだ。ボスと一緒に戻ったらしい。部屋に現れた二人に、にやりと笑った。ははっ、羨ましいだろ!

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