88.純粋な幼子の予知(絶対神SIDE)

 赤子のように指をしゃぶって泣きそうな顔をする。そんな顔されて、逆らえるわけがない。今や唯一の絶対神である俺の意思を曲げられるのは、イルだけだろう。


「イルはにゃーが好きか?」


「うん……」


 迷いなく頷く。妬ける部分もあるが、恋愛感情はない幼子だ。俺の方が好かれている自覚もあるから、眉尻を下げて苦笑いした。妥協点を探るしかない。


「この世界を多少弄れば……」


「それは流石に失礼でしょう」


 シュハザが首を横に振る。わかっているのだ。自分が作った世界に誰かが介入してかき回す。その改変が許せず、世界を愛せなくなる神も多かった。だから手を出すのはマナー違反だ。


「それなら、この世界の持ち主の神格をあげればいいのよ」


 サフィがぽんと手を叩いて「いいこと思いついた」と口にした。神格を上げる。簡単ではないが、無理でもない。実際シアラには素質がある上、俺達と過ごしたことで影響も受けていた。


 足元でじっと見上げる三毛猫を眺める。サイズは虎より小ぶりだが、猫の大きさではない。中途半端なシアラは、縦に首を振った。イルのためなら受け入れる、と承諾が伝わる。


「イル、ここに住めるよう整えるから、にゃーが数日お出かけしても平気か?」


「ずっと?」


「いいや。皆が遊んでくれる順番がぐるっと回るくらいの時間だ」


 五人、片手を広げて数を目で確認した後、イルは「うん」と頷いた。


「いいよ」


 猫姿のシアラは、他の四人に連れられて家を出た。ルミエルがいるから、危険は少ないだろう。


「僕……わるい?」


 悪い子なのかな。不安そうに揺れる心ごと、幼い体を抱きしめた。食べても大きくならない体は、出会った頃よりふっくらした程度だ。変革の言葉が頭に浮かび、否定するように首を横に振った。


「イルはいい子だ」


 イルを抱き上げ、いつも遊んでいるラグの上に下ろした。お絵描きを始めるイルは、一つずつ色を塗っていく。五本の棒の横に小さな丸、これは俺達か? それから丸に棒が生えたコテツとシアラのようだ。全員を描き終えて、五本の棒の上に大きな丸を足した。


「この丸はなんだ?」


「うんとね、ひかるの」


 太陽のことか、そう納得しかけて止まった。この子はバカではない。言葉を知らないだけだ。その意図は俺が汲み取ってやる必要があった。


 太陽なら、お日様と表現する。これは別の何かだ。イルが知っている光るもので、太陽以外……精霊?


「もしかして精霊達?」


「うん、どーんて」


 どーん、と降ってくる。そう表現するイルの言葉は、ひとつの予言だった。何も汚れていない純粋な魂だから、精霊も受け入れる。ならば、これは……。


 神々の変革を意味しているのか。綺麗に塗られた五本の柱と自分を示す小さな丸。柱の形で己を示さないのは、神と違う存在であると無意識で判断しているとして……いや、無理に理由をこじ付ける必要はない。


 イルを守るのは俺の権利で、守られるのはイルの義務だ。そこに介入する変革など、消してしまえばいい。幼子が描いた絵を「上手だな」と褒めながら、額に入れて飾った。得意げなイルはまた絵を描き始める。


 この子が幸せに笑って生きていける。それだけが願いだった。

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