82.愛し子は不可侵だ(絶対神SIDE)
「イル、目を閉じられるか?」
「目に砂が入っちゃうから、ぎゅっとしてね」
俺とルミエルに言われ、イルは強く目を閉じる。口に砂が入って気持ち悪いのだろう。時々ぺっと吐き出した。拘束された体に巻き付く蛇が鬱陶しい。イルに見えていないのが幸いだった。
もし蛇が巻き付いたと知ったら、もっと泣くだろう。これ以上泣かせないために、短期決戦を指示した。頷く四人は数こそ少ないが、上位実力者ばかりだ。忌々しいフラウロスを倒すのに問題はなかった。
「この子がいなければ、世界のバランスは保たれていた」
「イルの存在で崩れる程度のバランスなら、さっさと崩壊させてやるさ」
フラウロスが叫んだ言葉は、神々が使う言語だ。プライドの高い彼女は、この古代語をメインに使う。俺に言わせれば化石のような存在だった。自分の価値観を押し付け、他の神々を支配する。その意味では、リザベルの方がマシだった。
絶対神は三柱、そう決めつけるフラウロスにとって、ここにいるゼルク達は脅威だろう。俺の下で力をつけ、管理する世界を増やしていく。それでも破綻しないのだから。
要はバランスだの、愛し子がどうのと騒いだところで、自分の地位が脅かされて慌てる年寄りの嫉妬に過ぎない。こんな騒動にイルを巻き込んだことを、後悔させてやろう。
リザベルを滅ぼした時と同じ呪文を組み上げるサフィの前で、盾の能力を誇るルミエルが防衛陣を敷く。シュハザは剣を、ゼルクは槍を武器に選んだ。俺の両手には炎と氷の魔法が渦巻く。
封じられるのも屈辱だろうが、その前に消えない恐怖を植え付けてやる。イルに当たらないようにしないと。そんな余裕が、一瞬で消えた。プライドの高いフラウロスには無理だと……決めつけた己の愚かさを呪う。
奴は、イルの喉元へ長い爪を突きつけた。わずかに動かせば刺さる距離だ。咄嗟に魔法を打ち消し、全員に下がるよう合図した。
「下がれ、命令だ」
「ちっ! ろくなことしねえ」
「プライドはないようですね」
部下達の煽りも無視し、フラウロスは低い声で命じた。
「あの建物に入れ、全員だ」
「断ると言ったら?」
「この子の命はない」
イルは絶対神の中で最強の俺が守護を与えた。だが同じ絶対神の攻撃を、完全に防ぎ切ることは難しい。一瞬だけ視線が三角の建物に向かう。建造物と呼んだ方が近い。強大な力が内側に溜め込まれた建造物の中に入れば、簡単に抜け出せないだろう。
にやりと笑う。
「殺せるのか? 愛し子を……俺達が消えても他の神々はお前を排除する。愛し子は、どの神の対であっても愛される。お前とは違う」
恐怖で支配するお前に、他の神々が追従するとでも? 愛し子を殺した神に、誰が従うのか。言葉を駆使して時間を稼ぐ。サフィは額に汗を浮かべて、別の呪文を構築していた。表向きは封印を作りながら、裏でまったく別の効果を持つ呪文を描く。その精神力の強さに、絶対神に並ぶ才能が発現し始めていた。
「これでも食らえ!」
美女に化けているのに、台無しにするような叫びを放ったサフィの、渾身の一撃が走る。爪を動かすより早く、フラウロスが倒れた。全身を縛り上げられ、芋虫のように転がるフラウロスを無視し、俺はイルを抱き上げる。
絡みついた拘束用の蛇を消し、砂のついた頬や口元を水で拭った。
「イル、もう大丈夫だ」
心を通じて訴えると、恐る恐る目を開けたイルの瞳が、きらきらと光を弾いた。じわりと涙が浮かび、金色の瞳が潤む。その涙を唇で拭い、俺は安堵の笑みで頬を寄せた。
「無事で……よかった、イル」
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