61.狡くて結構だ(絶対神SIDE)

 視線を感じた時から、危険がないことは分かっていた。だからイルが見つけた時も、危なくないと教えたのだ。こんなに同調して悲しむなら、早くに引き離せばよかった。


 愛し子は対となる神の苦痛や穢れを祓う存在だ。世界を管理する業務は、神々の神経をすり減らす。複数の世界を同時に並行管理する能力は、かなり希少だった。故に神にとって、愛し子は欠かせない存在なのだ。


 絶対神と呼ばれる俺の愛し子であるラスイルは、人の感情に寄り添う能力が高い。神々の間では「同調」と呼ばれるが、能力が高いほど痛みや悲しみも引き受けてしまう。本来ならイルは俺の管理する世界に生まれ、育つ過程で俺の力を吸収する予定だった。


 他の管理者がいる世界へ生まれたために、その準備が整っていない。いきなり違う世界へ連れて行けば、負担になるだろう。だからこの世界に留まっている。出来るだけ距離を詰め、心を寄り添わせて、イルの同調能力で俺に染めているが。


 ただ話を聞いただけの男に、ここまで同調してしまうとは。まだ時間が掛かりそうだ。寄り道させられた分、もう一度丁寧に染め直す必要がある。まあ、こんな手間もイルのためなら構わなかった。面倒だと感じるより、愛おしさが溢れる。


「イル、もう寝る時間だ」


 まだ引き摺る幼子の額にキスをして、歌を聴かせる。子守唄は俺の世界の言語を使い、イルの中に言葉や響きを馴染ませた。この子にとってまだ見ぬ世界を、少しずつ浸透させる。


『ずるくないですか? 本当のことを説明するべきでしょう』


 猫と呼ぶよりチーターや豹のサイズで、シアラが文句を言う。随分と図々しくなったもんだが、まあイルに免じて許してやろう。面倒を掛けたのも、イルの件で助かったのも事実だ。


「この子に耐えられると思うか? ほろびに瀕した世界のために我慢しろ、そう口にできるならお前が言えばいい」


『ずるい』


 その指摘は甘んじて受けよう。実際、狡いのは承知の上だった。イルが今すぐ俺と来れば、古い世界がひとつ助かる。だが代わりに痛みや苦しみをイルが浄化するのだ。この幼い体は耐えられない痛みを浴び、愛らしい魂は泣き叫ぶだろう。そんな痛みを与えるくらいなら、俺が引き受ける。


 ひとつの世界を滅ぼした愚か者――そのレッテルくらい引き受けて当然だろ? 俺にとって自分自身より大切な幼子を守り抜くためなんだから。他の神々も同じ立場なら、己の愛し子を優先する。管理する世界の数は神格で名誉だが、愛し子は希望そのものだった。


「狡くなくては、複数の世界の管理など出来ぬさ。イルを守るためなら、俺はすべての世界を破壊しても後悔しない」


 言い切って、本当に後悔しないと実感した。腕の中ですやすやと眠るイルの指が何かを求めて動く。その指先に触れると、きゅっと握り締めてきた。ほわりと表情が和らぐ。


「愛しているよ、イル」


 シアラは聞こえないフリで丸くなった。気の利くやつだ。そういや、ゼルクは何しに来たんだ? 特に何も言ってこなかったが、イルを見に来ただけか。気まぐれな奴だから、その可能性もあるな。くすっと笑って、イルの隣で目を閉じた。

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