55.お菓子作りは甘い香りがするね

 焼くのは熱いから、メリクに預けた。ぺたぺたと両手で捏ねたお菓子の素は、いろんな形になったんだ。美味しく食べられるといいな。


 お座りして道具の片付けを始める。用意した樽で、道具を洗うんだよ。水が溢れたり泡がいっぱいになったけど、道具は全部綺麗になった。僕とルミエルは汚れちゃって、お風呂に入るの。


「二人とも、綺麗になったら呼ぶんだぞ」


「はい」


「うん」


 夜に入るより熱くないお湯だよ。でもお水より温かいの。僕より体の大きいルミエルの背中を洗ったら、お返しに僕も洗ってもらった。それから並んで体を泡だらけにする。


 くんと手を匂ったら、甘い香りがした。


「いい匂い、する」


「そうね、甘い香りだわ」


 甘い香り……僕も次はそう言おう。泡を流してお湯に入った。ぬるいという温度を覚えたよ。熱くも冷たくもない、今のお風呂の温度だって。


 お風呂を出てタオルを巻いたところで、メリクが丁寧に拭いてくれた。ルミエルは自分で着替えてるから、僕もしたいと言ったら「大人になってから」と返された。


「大人になってもやるくせに」


 ぼそっとルミエルが呟く。今の声、小さかったけど……メリクには聞こえたみたい。


「大人になる頃、決めればいいさ」


 そう言い返した。意味がわからないけど、大人になったら僕が選ぶのかな。今はパンツを履いたら手を上に上げる。すぽんと服を着せてもらい、乾かした髪を梳かして結んだ。


 さっき着ていた赤い服は洗ってるから、今度は青い服だよ。リボンは黄色だった。ルミエルも着替えたので、手を繋いでお部屋に戻る。部屋は甘い匂いがしていた。


「甘い、かおり?」


「そう。イルちゃんは覚えるのが早いわね」


 いっぱい褒めて、頭を撫でてくれる。僕をバカだって言わない。やっぱりルミエルはいい人だった。嬉しくて抱きついた。


「おっと……抱きつくなら俺だろ」


 後ろからメリクに抱き上げられたので、ぎゅっと首に手を回した。なんか悲しそうな感じがしたの。すぐに温かくて嬉しい気持ちが伝わって、僕はほっとする。


「お菓子が焼けたぞ。でもその前に、お昼ご飯だ」


 ぱらぱらした小さな粒がいっぱいのご飯だった。お米という食べ物で、ルミエルは喜んでいる。匂いは美味しそう。


「肉と卵、それから野菜も入ってるぞ」


「これ?」


 よく見ると、お米と違う形や色が入ってる。スプーンを手に、頑張ってみた。ルミエルを見ながら持ち方を変えて、上手に載せるメリクの真似をする。僕にも出来た! 初めて載せたお米を、メリクに差し出す。


「あーん」


「うん、美味しい。ありがとうな、イル」


 笑顔のメリクに、僕も笑った。もう一度載せて、ルミエルへ差し出そうとしたけど、先にメリクがぱくり。びっくりしていると、ルミエルが「私は自分でやるわ」と笑った。


 怒ってないからいいのかな。僕もメリクのスプーンから食べた。ご飯が終わるとお昼寝して、それから焼いたお菓子をおやつにする。


 甘いお菓子を食べながら、僕は自分が作ったお菓子をメリクに差し出す。三つ尖った形なの。にゃーにもあげたいけど、まだ帰ってこない。


「夜には帰ってくるさ」


「うん」


 ルミエルはお日様が赤くなる頃、手を振って帰った。明日は無理だけど、その次の日は来てくれる。約束だよ。いっぱい手を振って扉を閉めようとしたら、にゃーが帰ってきた。


「にゃー、おかし」


 駆け込んだにゃーの毛皮は、初めての匂いがした。

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