46.僕こんな顔だったんだね
綺麗な服を着て、赤い爪でいい匂いがする女の人。お屋敷の奥様と同じだった。僕のお母さんだと思ったけど、あんたなんか嫌いといつも叫んだ。あの人に似ている。
「イル、リボンを選ぼうか」
言葉に重なって、抱っこしている間は平気だ、大丈夫と聞こえた。今のはメリクの声? 見上げる僕の髪を撫でる手に、大きく息を吐いた。硬くなった体から力が抜ける。
メリクの腕の中は安心、前も連れて行かれたけど助けてくれた。いつも僕を撫でて大事にするメリクなら、きっと大丈夫だね。僕をこの人に渡したり殴ったりしない。
頬を擦り寄せるメリクに、笑い返す余裕ができた。その間に女の人はいっぱいの輪を持ってくる。覗くと、輪に模様が描かれていた。
「こちらは普段使いで人気があります。あとは、レースや刺繍の入ったリボンもございますわ。可愛いお嬢さんにお似合いですよ」
差し出されたリボンは、輪から伸びてきた。女の人の顔を見て、メリクの様子を確認して、そっと指で触れる。つるつるした手触りだ。変なの。これで髪を結んだら取れちゃうと思う。
「髪質を確認しても?」
「ちょっと待ってくれ。人見知りするんだ」
メリクが僕を抱っこし直した。向かい合って抱っこだから、女の人に背中を向ける。ちょっとだけ引っ張られた感じがして、また抱っこが元に戻った。
「さらさらですね、いわゆる猫っ毛と呼ばれる髪質なので、リボンの下にこちらを巻いてはいかがでしょう」
黒い輪がいくつか差し出され、メリクが拾い上げる。僕の黒髪を摘んで先っぽに輪をつけた。
「これなら見えるだろ」
「うん」
毛を結んだ先に、赤いリボンを巻いた。すごい、手を離しても落ちない。黒い輪のお陰かな。次から次へとリボンを試して、メリクは全部買った。なんで試したんだろう。
いっぱい買ったリボンから、女の人が今日の服に合わせて赤いリボンを手に取る。近づいたので、メリクにぎゅっとしがみ付いた。僕、離れないから。
「あらあら、仲がよろしいのですね」
女の人の温かい指先が首に触れて、髪を軽く引っ張る。目を閉じてしがみついている間に、何かしたみたい。後ろに髪が引っ張られる感じは、女の人が離れても変わらなかった。
「髪を結ってもらったんだ、ほら」
キラキラする板を差し出された。これ、何? 覗いた板に、黒髪でリボンをつけた女の子がいる。僕が右へ動くと真似して、手を振っても真似をした。びっくりした僕はメリクに抱きつく。
「鏡だ、今映ったのはイルだから安心して」
鏡……今のが僕? でも可愛い女の子だったよ。ぼんやりした窓ガラスより綺麗に見えるんだね。びっくりしちゃった。もう一度振り返って鏡を覗く。
腕がついてるところより下まで黒い髪があって、先端にリボンが付いてる。手で触ると、ぼこぼこしていた。三つ編みという髪型だって、女の人が教えてくれた。
もしかしたら、似てるだけで奥様と違うかも。僕にいろいろ教えてくれるのは、メリクやにゃーで。いい人ばかりだから。
「あり、がとう」
何かしてもらったらお礼を言う。嬉しくても言う。女の人はにっこり笑った。赤い唇がまだ怖いけど、嫌なこと言われていない。
鏡をもう一度よく見た。赤い服を着た女の子は、三つ編みの先と頭の上に赤いリボンがついている。目が大きくて、真っ白じゃない肌だった。僕、こんな顔だったんだ。
前にお屋敷の窓ガラスで見たときは、もっとぼさぼさで汚かったけど。見上げる僕の額にキスをした、メリクが「とても可愛いよ」と笑った。
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