アイン救出
「大丈夫か!?」
助けを求めるように掲げ挙げられた手を掴みアインを覗き込むと、その目がスッと開かれた。
「エリィ……良かった。無事だった――ぁね……」
俺をエリィ・アルムクヴィストと勘違いしたアインは、再び目を閉じると全身の力が抜けた。
慌てて口元に手をやると、定期的に小さく呼吸をしているので眠っているだけということが分かった。
「お兄ちゃん、早く行こ」
「分かった。ちょっと待ってろ」
訳が分からないままエリィ・アルムクヴィストに頼まれたアインを背負い、展示室まで走った。
「何だか外が騒がしい気がするよ。どうしよう……」
暗い通路の先に聞こえる人の声に、美優は怯えた様子で俺に聞いた。
さっきまで訳の分からない魔法使いと怖がらずに話していたのに、生きた人間も怖いというのだろうか。
ちなみに俺はどちらも怖がっている。
「この博物館は何かおかしい。魔女裁判の絵が平気で飾ってあったところとか、特にな」
「でも、博物館なんだから普通なんじゃないの?」
「その奥に魔法使いが居るなんてシャレにならんぞ。博物館の奴は、
魔法使いが居る部屋へ通じる通路の入り口に、笑えない魔女裁判の絵画をかけていたのだ。
博物館の関係者が知らないなんてことは絶対にない。
展示室が見えてくると俺は一旦止まり、展示室の様子を見た。
誰も居ない事を確認すると廊下につながるドアまで走った。
「それに、頼まれた手前、放っておくのも悪いからな」
「うん」
廊下へつながるドアに耳をつけて、外の物音に意識を集中した。
通路まで響いていた複数の足音も今は聞こえず、とても静かになっていた。
アインを背負いなおして、なるべく音を立てないようにドアを開け廊下へ出た。
展示室を出ると同時に、別室から出てきた男とはちあわせた。
全くもって運が悪い。
「いたぞ、コッチだ!」
一目見て確実に警備員で無いことが分かった。
外套にグローブにゴーグルにマスク……、昔の錬金術師の装備品だ。
「お兄ちゃん、どいて!」
俺の横を走りぬけた美優は、錬金術師の前に立った。
それと同時にフードから筒状の物を取り出して、それを錬金術師に向けた。
攻撃と判断した錬金術師の行動は素早く、手で顔を隠しながらバックステップを踏み、美優と距離をとった。
人間の弱点でもある顔を、グローブを着けた手で庇い万全のように思えたが、美優の使った武器は直接的なダメージを相手に与える物ではなかった。
ぷしゅー、という噴射音と共に筒から白煙が噴出し男を包んだ。
「お兄ちゃん、早く」
「おうっ」
叫ぶと同時に、美優は持っていた筒を錬金術師が居た場所の近くに投げる。
白煙を未だ出し続ける筒は床に当たると、カンッと軽い音を出した。
「そこか!」
筒が落ちた音がしたのと同時に、蹴りでも放ったのか大きな打撃音が響いた。
煙で全く目が見えない中、物音だけを頼りに相手に攻撃を仕掛ける奴とは勝負にならないだろう。
いやもとから勝負などしないけど。
俺たちは錬金術師が居た方向とは反対方向の、博物館の奥へ向かい駆け出した。
これだけ広い博物館なのだから、何処かに非常口でも設置されているだろうという考えだ。
「こっちから音かしたぞ!」
さきほどの打撃音が意外と響いていたのか、錬金術師の仲間がこちらに走ってくるのが聞こえた。
通路は一本道、後ろには美優の放った煙とその中にはあの男が一人。
「逃げ場なし、か」
なるべく広い所に出ようと先を急ぎ、博物館の休憩スペースでもある小ホールへ飛び出した。
「あいつらだ!」
「キサマ等、何をやっている!」
小ホールへ飛び出すと二つの人影が見えた。
こちらも先ほどの錬金術師と同様の、昔の錬金術師の格好をしていた。
駆けてくる二人が手に持っているのは物騒な真剣。
あの格好が本物だとしたら多分、切られただけでえらいことになる。
「だい、じょうぶ……」
耳元で聞こえた消えそうなほど小さな声。
すると、右肩にかけられていた女の子の腕が持ち上がり、錬金術師に向けられた。
「エリィの行く道をふさぐ奴は――死ね……」
「くそっ! やはり、魔法使いか!」
錬金術師に向けられたアインの手には魔法陣が浮かび上がった。
それに対抗するように、錬金術師の一人がグローブ同士を叩きつけると、魔法陣とは異なる式が空間に浮かび上がった。
アインから放たれる目に見えない攻撃。
ドォン!という重い音が館内に響くと同時に、錬金術師が浮かびあげた式に一気にヒビが入った。
隣立つ錬金術師もアインの攻撃を防ぐために加勢するが、それでもアインの攻撃を止めるに至らず押され始める。
さらに、ダメ押しと言わんばかりにアインが腕を振るうと、2人の錬金術師はその一撃で吹き飛び、館内から屋外芸術を見るための大きなガラス張りの壁をぶち破り外へ飛んだ。
アインが放った見えない攻撃に思考が停止しかけたが、博物館の奥から聞こえる足音で現実に引き戻された。
急いで今、ぶち破られた壁を抜けて外に出る。
作品の間を通り抜け、ギリギリ上れそうな塀を見つけた。
「おい、美優。先に上って、この子を引き上げてくれ」
「うん、分かった」
美優は壁を一蹴りして塀を登った。
塀の上から俺が背負うアインを引き上げようと美優は奮闘するも、基本的な腕力が足りないため、引き上げるどころか耐えているだけでも辛そうだった。
「もう少し辛抱しろ。すぐに代わる」
すぐに塀に登り美優と一緒にアインを引き上げた。
再びアインを背負い直した亜樹は、背負ったまま塀から飛び降りた。
「づぁッ!」
低いとは言え、自分の身長より高い塀から人を背負ったまま飛び降りると、かなりの衝撃が足に来る。
背負っているアインは大丈夫かと見ると再び気絶したのか、力なく俺の背中に寄りかかるだけだった。
痺れを取りながら周囲を伺うと、博物館の塀沿いに一定の間隔で植樹された木の下に見覚えのある牛乳瓶があった。
それは小さくカタカタと震えていて、すぐに誰か分かった。砂月だ。
あいつのことだから、コンビニにでも行っている途中で博物館から聞こえた窓ガラスの割れる音に驚き、木の陰に隠れたのだろう。
「とりあえずこのまま家に帰るぞ」
林の中で震える砂月に同情しつつ、追っ手から逃れるために家に帰ることを提案した。
「うん。分かった」
一緒に走り出す美優はスカートの中から、博物館の中で出した物とは違う筒を取り出し、さらにその筒の先端を地面にこすりつけると博物館へ向かって力いっぱい投げた。
「なに投げた?」
「すぐに分かるよ」
決して後ろを振返る事なく、背負うアインに負担がかからないように駆け足で走る。
美優が投げた物が気になったが、それを確かめようにも美優にははぐらかされてしまったので今は走ることに集中した。
そして、博物館からやや走った所で背後から真っ赤な光が上がった。
「なッ!?」
驚き振返ると、美優が筒を投げ込んだ博物館の庭園から、博物館の屋根を越えるのではないかというくらい大きな炎の柱ができていた。
「さっ、サラマンダー!?」
その炎の柱の中に見え隠れする大トカゲ。
炎の化身でもあるサラマンダーが全てを焼き尽くそうと暴れまわっていた。
「ちょっと、アレはさすがにマズいだろ!」
「大丈夫だって。魔力はそこまで多くないし、大きさだけで攻撃力は全く無いに等しいよ」
とは言うものの、博物館から離れているここまで炎の暴れる音が聞こえてくる。
しかし、美優の言うとおり攻撃力は無く目くらまし程度だったのか、虚サラマンダーは勢いを無くして、すぐに消えた。
「さっ、早くかえろっ」
ニコリ、と笑う美優に引っ張られるような形で俺は家路を急いだ。
今日ほど疲れる一日を今まで体験した事があるだろうか?
アインを見つけたあの部屋でエリィ・アルムクヴィストに言われた「今まで見たことの無い世界を垣間見るだろう」という言葉を生々しく思い出してしまった。
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