第22話 なんてこたぁねーよ

 俺の予感は当たっていて、次の通院で手術の話が出てくる。小夜は心臓と肺、肝臓と腎臓が悪いらしい。「覚悟を決めてください」と伝えられた。また、医師によれば小夜に拒否反応が起こらないよう、一番馴染むポータブルの人工臓器を選んでくれたそうだ。その適合率、なんと98.2%。かなり高いと言える。ここまでの数値は中々出ないそうで、医師も安心していた。そのせいか「四週後に入院して手術をしてしまわないか?」と意見される。

「人工臓器になると良い事尽くめか?」

「というより、人工臓器にしないと小夜さんが生きていられません。手術しなければ数ヶ月で死亡します」

 ずっと小夜を診ていた医師にこう言われ、俺に『断る』という選択肢があるだろうか。


 面談が終わると、とりあえず俺は小夜と一緒に離島へ戻った。小夜はまだ何も知らない。人工臓器や手術の話は医師から言って貰っても良かったが、ぜひ俺が伝えたかった。理由は何だろう。こっ恥ずかしいが愛というやつだろうか。

「おい、小夜」

 俺は居間で小夜を呼ぶ。小夜は洗濯物を畳む手を止めて俺の傍に座った。

「どうしたの、健治?」

「身体、すごく疲れるだろ? 四週間後に手術しよう」

「ええっ、怖いよ……」

「でもな、成功率はめちゃくちゃ高いし、手術しないと死んじまうんだ」

「……それだと健治に会えなくなっちゃう。解った、手術を受ける」

 小夜は頷いたあと、洗濯物を畳む作業に戻った。手術を考えるだけあって、よくよく見ればフラついている。家事なんかをやってる場合じゃない。俺はベッドに小夜を寝かせる。

「苦しいか?」

「うん、ちょっと。でも慣れてるから平気」

「そんなモンに慣れるな。人工臓器になるまでの辛抱だから、大人しくしとけ」

「手術が終わったら、また帰って来られる?」

「当たり前だ。ここが俺たちの家なんだから」

「へへっ、嬉しい」

 照れ隠しか、小夜が布団に潜った。俺は小夜がやり残した家事を片付け、明日から次の通院、いや入院まで、これ等を続行しようと決める。小夜は申し訳無さそうにしつつも、俺に甘えられて嬉しいようだ。しかしただでさえ細い食が日に日に衰え、顔色も悪くなってきたので「四週を待たない方が良いのでは」と医師に連絡してみる。それに対しては医師も同意見で、急激な悪化という扱いを受け入院させて貰った。小夜は懐かしの透明カプセルに入り、本人は覚えていないのか物珍しそうにしている。

「なぁに、これ?」

「すげーカプセル型ベッド。痛み止めや薬の空気が出て来て、手術前後にはピッタリなんだぜ」

「へー! えっ、ちょっと待って!」

 小夜は看護師にカプセルの蓋を閉められ焦っていたが、俺と会話可能なので安心したようだ。

「なんで蓋をするんだろう……」

「馬鹿野郎、蓋をしないと薬の空気が逃げちまうだろ」

「あっ、そうか!」

 小夜はその後、すぐに眠ってしまった。催眠効果のある薬が流れているに違いない。

 その後、俺は医師と面談。既に手術の日取りが四日後と決まっていた。俺は成功するのを祈るだけだ。


 さて、俺は本来なら教会で四日間、いや術後の色々があるだろうから、かなり教会の世話になる筈だった。しかし俺は特別扱いを受け、小夜の傍にずっと居させて貰える事となる。手術までという条件だが充分だ。小夜は特殊な幼少期を過ごしているので、術後は面会謝絶になる可能性もあった。

 まぁ先の事を考えても仕方ない。とりあえず俺に今出来る事は、手術前の小夜を安心させ、励ましてやる以外に無かった。小夜は一度手術を決めたものの、心がゆらゆらと揺れている。

「……やっぱ怖いなー」

「奇跡の俺がついてんだ、安心しとけ」

「そうだよね、でもさ、でも……!」

「平気だ」

「うん……」

 これに似たやり取りは、日に数回存在した。大抵は小夜がトイレに行く時、俺の傍に寄って来て行われる。俺はわざと「なんてこたぁねーよ」という雰囲気で答えるのだが、実際の心臓は手術が心配でバクバクしていた。小夜に気取られないようにするのは大変な苦労だ。

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