第21話 恋

 そんな暮らしの中で、だんだんと小夜の様子がおかしくなった。あんなに元気だったのに黙りがちになり、俺とは視線も合わせず、時おり全身が真っ赤になる。

 四週間を待たず急いで医者に連れて行くが、いつも通りに悪いだけ、特段の変化は無い。心配なら入院を、と言われたけれど、小夜だけは「病気じゃないんだ」と言い張っていた。俺は医師との面談で「第二次反抗期が来たのでは?」という嬉しい話を聞く。俺自身の反抗期は覚えていないが、育児書辺りで「小夜にもこんなのが来るのかなぁ」などと知識だけは揃えていた。

 小夜の萎縮しつつある脳で起こっている反抗期。とても上手く行っている証拠なので、機嫌よくそのまま教会に帰った。小夜には現在の気持ちが『反抗期』だと伝え、誰もが通過する自立の準備で――などなどを教える。しかし小夜はそれこそ反抗的に「違う」と言いそっぽを向いていた。俺としては、このまま反抗させておいてもいいのだが、こんな状態でずっと教会に篭っていても気詰まりだろうと考える。


 そこで生まれたアイディアが海外旅行だ。もう国内はだいぶあちこちに行って俺も二百年後に慣れたし、小夜に反抗期も来た事だし、そろそろ見聞を広めてもいいだろう。俺ならどこの国の言葉でも多分OK。ツアーを組む必要も無くなった。

 俺はちょっと考え、最初は小夜が疲れないようじっくり滞在し、出先からは病院に間に合うよう帰ればいいかなと決めた。この時代の飛行機は有能だから、空港のカートチェックさえ抜ければ数分で日本に帰れる。そこでロスする時間が心配ならば、行く場所を日本と同等の医療レベルにある国に限定、緊急時の対応なんかを共有して貰えば良かった。

 俺はその辺を考慮し、まずは北米かヨーロッパへ行く事に決める。しかし小夜は乗り気でないようだ。俺の話はきちんと聞いているので、反抗期とも違う感じがした。

「……もしかして、言いたい事でもあるのか?」

「私、旅行じゃなくて、健治と二人でどこかに住みたい」

「教会で同じ部屋だろ」

「そういうんじゃなくて、私が洗濯したり、ご飯作ったりするの……」

 小夜が、かぁっと頬を染める。この下りは記憶にあった。二百年前の小夜が俺に同棲の提案をした時と同じだ。

「私、健治が好き」

「……運命ってのは、こうなんのかねぇ。俺も二百年前から小夜が好きだぞ」

「に、二百年前!? じゃあ一緒に住んでくれる!?」

「きちんと病院に行くなら構わねぇ。ただし、洗濯や料理で無理はしないのが条件だぞ」

 小夜がぶんぶんと首を縦に振る。それで俺は理解したのだが、小夜の最近のアレコレは『反抗期』なんかじゃない。単なる『恋』だ。ちょっとガッカリしたような、くすぐったいような気分が俺を包む。こういった感情を思い出したから、例え身長が百五十センチに満たない小夜相手にも性欲を感じるが――フラッシュバックさせないよう小夜に接したいし、性的な物への連想を与えたくないので抱き締めもしなかった。多分だが小夜も俺が触れて来るとは思っていない。今まで細心の注意を払っていたのだから。

 俺がこんな感情でぼーっとしていると、小夜の顔が視界に入ってきた。

「ねぇ健治、話の続きは?」

「……ああ、すまねぇ。うーん、まずは住む場所を決めねぇとな。小夜はどういう所に住みたいんだ?」

「えっと、えっと、あの島がいい!」

 あの島。そう聞いて俺が思い起こす場所は一箇所しかない。

「俺が洗礼とかやってやった島な」

「そうそう! あそこなら病院にもすぐ着くし! 飛行機の時間だって、いっつも乗れるよ!」

 確かに国内便は二十四時間営業で、幾ら離島とはいえ本島まで数秒、本島から埼玉近くの空港まで数十秒。国内なのでパスポートや荷物検査をするカートが要らず、小夜の言う通り本当にすぐだ。

 俺は小夜の気が向くまま、あの離島を選択した。

「旅行と住むのは違うかもしれねぇが、その場合は教会に戻ればいいな」

「うん!」

 俺は教会の人間に事情を話し、寂しがるお付きの信者には「時たま顔を出す」という話で許してもらった。


 そして、離島で暮らすための準備を行う。

 まずは住む物件探し。このご時勢にエレベータ付きのマンションが無かったので、平屋の一戸建てを選ぶしかない。でないと階段で小夜が疲れてしまう。タンスなどの家具は普通に購入したが、ベッドはセミダブルを一つずつ。布団の上げ下ろしが小夜に負担だ。電化製品は本島でしっかりした物を購入。洗濯は乾燥までやってくれるし、掃除機は適当に走り回ってゴミ収集、食器はサイズさえ合っていればポイポイと突っ込むだけでピカピカに洗ってくれる。料理も小夜には悪いが自動調理が出来る物を購入させて貰った。まぁ皿に載って出て来る物を並べるだけでも、ちょっとした料理気分は味わえるだろう。あと、自動調理器に対応する冷蔵庫も買った。

 これで買い物や、大物の洗濯などなどを俺が中心にやってやれば小夜の負担は少ないはずだ。


 こんな感じで楽しい事ばかりの新生活なのに、小夜は毎夜ガバッと起き、はぁはぁ息切れして俺の名を呼んだ。そんな時は決まって「悪い夢でも見たな、そりゃあ夢だからな」と慰め、二人でお祈りしてまた眠らせる。その後は安眠。カミサマも結構役に立った。

 ちなみにお祈りは悪夢を見てからと決めている。どうせ寝たら一回は悪夢の世話になるので、入眠前に祈ってしまうと「祈ったのに見た」と心の置き場が無くなり厄介だ。

 悪夢の癖はなかなか治らず、これに関しては病院もお手上げ。ただ小夜がすくすくと育っているので、悪夢は気にしなくていいとアドバイスされた。問題は育ってしまった身体の方だ。身長が百六十センチになろうとしている。医師の言動から、そろそろ人工臓器に挑戦する時期が近いと感じた。

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